屋敷での一日
「銀くん!こっちこっち!!」
あれから三ヶ月。
今俺は、美幸お嬢さまと中庭で追いかけっこをしている。
「はぁはぁ、三時間ぶっ通しで鬼は流石に体力が持たん……」
追いかけながら離れた美幸お嬢さまに聞こえない程度の声を出す。
この三ヶ月で俺の生活はガラリと変わった。まともな服を着、まともな食事をし、まともな環境で日々を過ごす。
あのままなら想像もつかないような生活だ。
「タッチです」
追いかけっこは俺が勝った。
何度も追いかけるうちに、相手がいつ曲がるかやどこで加速減速するか分かるようになった。
(もしかしたら未来予知できるようになったかもしれん……いや、ないな)
それはともかく、慣れというものは脅威だ。この三ヶ月で美幸お嬢さまと遊ぶ以外にも、スーツの男、もといマティアスから殺し屋としての訓練を叩き込まれた。
っといってもまだ序盤。初歩の初歩である体力作りをしている。だから、一日中走っているなんてことは良くある。
「それでは美幸お嬢さま、今日はここまでということで」
「いやだー!!まだあそびたりない〜」
マティアスとの訓練が始まるであろう時間が来た。美幸お嬢さまも絶対離さないと言わんばかりに、俺の手を離そうとしてない。
(参ったな)
出来るなら俺も、あんなマティアスとの訓練より美幸お嬢さまと遊んでいた方が何百倍も楽しい。……だが、本質を見失ってはいけない。
俺がここにいる理由。俺がここにいて許される理由。
履き違えてはいけない。俺はあくまで美幸お嬢さまを守るための存在だ。
「美幸お嬢さまも、これからのお稽古があると聞いております。それに遅れてしまうのではありませんか?」
すると握られている腕がさらに締め付けられる。
「おこられるのはいや!!…でも銀くんとはなれるのはもっといや!!!」
「……」
多分この子は素でやっているのだろう。将来が少し心配だな。
もちろん俺は赤面しているだろう。こちらを見ている屋敷のメイドの人たちも「あらあらまーまー」などと言っているのが聞こえる。
茶化してないで、説得してもらえませんかね?
「また明日会えます」
「やー!」
真っ向から否定された。もう時間が無い。
どうすればいいのかと考えたが、いつもの手段を使うのが有効だろう。
「私は美幸お嬢さまの素直になっている所が好きですよ」
毎度これを言うと美幸お嬢さまは素直になってくれる。
事の発端は、美幸お嬢さまが「ねぇ、銀くんはどんなおんなのこがすき?」と聞かれた時だった。その時も今と同じように離れる時に駄々をこねていたので、俺は「素直にお願いを聞いてくれる子…でしょうか」と言ったときにブツブツと美幸お嬢さまは何かを言い、数秒後にじゃあお稽古行ってくる。と言ってすんなりと離れてくれた。
あれから毎日とはいわないが、週に三回はこの方法を取らせてもらっている。
「う〜、じゃあ銀くん!おねがいきいてくれたらおけいこいく」
む、効果が薄れてきたのか?
早急に新しい手を考えないと。
「はい、なんなりと」
「じゃあね!美幸ってよんで!!」
あまりにも眩しい笑顔だ。
というかメイドの人たちの暖かい目がとても恥ずかしい。辞めて、そんな目で見ないで。
「いや、あの、流石にそれは」
あまりの同様に敬語か少し抜けてしまった。
動揺しすぎだろ俺!
「だめなの?」
「ダメと言いますか、立場的に問題があると言いますか」
「銀くんは美幸のこときらい?」
俺は美幸お嬢さまの肩を掴んだ。
メイドの人達が「キャー」などと煽っているが、今は無視しよう。
「ちょ、銀くん。それはまだはやいよ」
頬を赤くして、美幸お嬢さまは変なことを言っているがこちらも気にしないでいいだろう。
少しづつ美幸お嬢さまに顔を近づける。
すると美幸お嬢さまは何かを待つかのように、瞼を閉じた。
俺もその方がやりやすいと思い、美幸お嬢さまとの距離をだんだんと詰める。
1人メイドの人が倒れたような気がしたが、ここも無視でいいだろう。
段々と近づき、顔を通り過ぎる。
そして耳元で俺は美幸お嬢さまに呟いた。
「それじゃあ行ってくる…美幸」
そして俺は逃げるようにそそくさとその場をあとにした。柄じゃないことはすべきじゃない。恥ずかしすぎて死にそうになる。
今もてる最大限を出し尽くした。というか顔が暑すぎて頭が回りにくい。脳のオーバーヒートというのはこういうことを言うのだろうか。
チラッと後ろの美幸お嬢さまを見た時、地べたに座り込んでいたが時間も時間だったので、俺はマティアスの部屋へと早足で向かった。
◇◇◇
「カッカッカッ!銀!お前が美幸お嬢様と遊んでから面白いもんばっか見てる気がするぜ」
「茶化すなよ、俺だって必死なんだよ」
またもやマティアスは「カッカッカッ!」と笑いながら俺の肩を叩く。
「いいじゃねぇか!いい男って証拠じゃねぇか」
「うるせぇ、早く始めろ」
「そうだな、そろそろ基礎練も出来たところだろう。殺し屋は全てが一撃必殺、意味は分かるよな?」
「一撃で仕留めろってことだろ?」
「そうだ、だがお前には美幸お嬢様を守るって使命もある。だからお前には一撃必殺以外にも、体術や格闘術といった本来ならほとんど必要のない技術を磨いてもらうことになる」
言われてみればそれもそうか、と納得する。
俺がなるのは何でもできる殺し屋らしいので、それくらいは出来ないといけないか。
「ってことは何すんだ?」
その言葉と同時に、椅子に座ってたはずのマティアスは姿を消した。
「ここだ、ここここ」
首筋を指で撫でられた。
こういうことをすんなりする所はムカつくが、やはり流石というべきなのだろう。
「何したんだ?」
「視線誘導だ、俺が消えたみたいに感じただろ?あとはお前にも見せたことのある死足だ。足音を完全に消すことによって、お前からしたら瞬間移動したように見えただろ?」
原理は理解したが、それをやってのけるマティアスは超一流と呼ぶに相応しいのだろう。
「まぁ、こんなのもあるってことだ。今からお前が覚えるのはこれの初歩の初歩、歩法だ」
「歩法?」
「そうだ、足捌きとか呼び方は色々あるが要は動き方だ。じゃあ俺がお前にテキトーに攻撃するから。ホレ手ーだせ」
なぜ手を出す必要があるか分からないが、取り敢えず手をマティアスの方に出した。
カチャリ
「おいマティアス」
「なんだ馬鹿弟子」
「手錠はねぇだろ」
「うるせぇ、避ける方法は足運びだけだ。手ー使うなってことだよ」
「それじゃあスタ」
ートと言い終わる前に殴りかかってきた。
油断も隙もあったもんじゃない。いつもの事ながら理不尽だ。
「いいじゃねぇか、よく避けた」
「毎日追いかけっこしてんだからいつ来るか位勘で分かる」
「ほうほう、想い人のことは何でもわかると?」
「──な!」
「隙あり」
マティアスのパンチが油断していると飛んできた。それをもろに受けて、頬が赤くなる。いや、殴られる前から赤かった気もするが。
「ずりぃぞ」
「日本には油断大敵って言葉があるんだぜ」
「んなもん知るか!」
それから三時間ぶっ通しで、一方的なスパーリングが行われた。
マティアスは最初の一発以外は避けられる速さでしか殴ってこない、時折不意打ちの蹴りや頭突きもあったが不思議と躱すことが出来た。
これはもしかしたら美幸お嬢さまとの追いかけっこが、何らかの形で実っているのかもしれない。
知らん間に日間6位になってるという奇跡。
皆さんこれからよろしくお願いします。
今のところの目標は、ベストスリーに入ることかな(笑)