仮面の使い方
それからこれからの大まかなプランをスーツの男から聞いた。
兎にも角にも、まずはあの女の子と話さないことには始まらない。
ずっと女の子やあの子とあやふやな呼び方をしているのはあの子から名前を聞いていないからだ。大方予想はついているが。
「じゃあいってこい、二宮 銀」
「わーったよ」
美幸お嬢さまの場所のかいた紙を渡され、その部屋へと足を運ぶ。
いつもと変わらずに足を動かす。いつもと違うのは汚臭や人が道にいないってことだけだ、殺伐とした雰囲気ではなく、ただただ光り輝いているそんな光景だった。
天井にはシャンデリアがあり、日中の太陽よりも眩しい。電球の一つや二つはよく見てきたが、あれ程までに集まるとここまで眩しくなるのかと絶賛したくなる。
コンコン
部屋にノックをして声を出す。
仮面を被るように顔を手で覆う、顔が手から離れた瞬間私は自分を偽る。
「美幸お嬢さま、開けていただいてもよろしいでしょうか?」
部屋の中からすごく激しい足音がこちらに近づく。
そして勢いよくドアを開け。
「わー!!やっときたー!!!」
無垢な少女が目の前に飛び出てきた。
同世代というものは何とも不思議なものだ。住む世界が違っただけで、俺とこの子には何歳もの年の差があるように感じる。
今まで接していた相手は殆ど年上。同じ年代と話すことなど人生でも片手で数える程だ。
だからだろうか、とても新鮮な気持ちなのは。
「それで!!なにしにきたの〜?」
仕事、それは違うな。嫌々で相手しているのがバレれば、この子は機嫌を損ねること間違いない。俺の意思は関係ない、冷めた自分を端に置き演じきって見せよう。
だけれども、
(初めだけは偽りのない自分でいさせてくれ)
「お嬢さまの名前を教えて貰ってよろしいでしょうか?」
俺は多分初めて、人に寄り添うことになるだろう。
「んっとね〜、月見里 美幸だよ!!ことしで5さい!!」
元気よく、そして眩しい。
太陽のような包容感のある、そんな笑顔だ。ああ、認めよう。この笑顔に俺は惹かれた。
「それじゃあね〜、あなたのおなまえは?」
そうだ、今度こそ応えよう。
今さっきついた名前を。いつもの偽名とは訳が違う。この名前を、貴方に呼んでもらえるのだから。
「二宮 銀と申します」
「ん〜とね、じゃあ銀くんだね!!」
「いえいえ、くんなどは必要ありませんよ。銀とお呼びください」
呼び方のやり取り。いつもならつまらないの一言ですませるに違いないだろう。「いえいえ」「でもでも」のやりとりの末、「銀くん」で固定になってしまった。
すると美幸お嬢さまは少しだけ困った顔をする。怒っているようではない、戸惑っているというのが一番近い。
「あのね銀くん、わたしね、おともだちいないからどうすればいいかわからないの。だからね──」
モジモジと話し始めた美幸お嬢さま。手で顔を隠す。顔は赤くなっており、耳まで真っ赤だ。美幸お嬢さまにとって俺と話すことは、いや同じ子供と話すのはマフィアの強面と話すよりも難易度が高いのだ。
「──だからね。わたしとおともだちになって」
瞬間、色が彩る。
(まただ)
美幸お嬢さまからは色が溢れる。それはとても力強く、それはとても神々しく、そしてそれは美しい。
だが、俺と美幸お嬢さまは対等ではない。
友達になるに俺は値しない。胸が高鳴る、心臓がうるさい。だが、分かっている。俺はそれになれないことを。
たが、もういい。
(何度でも偽ろう、美幸お嬢さまのそばにいられるんだ。俺は貴方のために命を使いたい。貴方が笑顔でいられるために。その笑顔を無くさせないために)
──もういいのかい?
(ああ)
──ここで逃したら次はないかもしれないんだよ?
(…もう十分だ)
──そっか。
胸の高鳴りが静まる。
熱くなった心を冷めた何かが消火する。スーっと胸の中が涼しくなり、体の芯まで滞りなく何かが通る。
「それは出来ません」
「え…なんで……」
笑顔が消えた。
無理もない、美幸お嬢さまからすれば初めて人に寄り添った行動なのかもしれない。それが真っ向から否定された。
顔を見ればわかる、初めてなんだろうお願いが通らなかったのが。
「私は美幸お嬢さまの従者です。友達など恐れ多い」
「そんなのいやだよ、じゅうしゃなんてやだよ。おともだちになってよ」
今にも泣きそうだ。
もし、彼女がマフィアの娘なんかじゃなくてスラムに住んでいれば。
もし、俺がスラムなんかじゃなく彼女と同じような立場にいたなら。
多分全部変わらない。
全て一目惚れして、彼女の近くに何としてでもいたいと思うだろう。
柄じゃないことを思うようになった。
恋だの、愛だの、下らないものだとばかり思ってきた。5歳ではかれる好きの気持ちなどたかが知れているだろう。
一時の迷い、そう思われるかもしれない。
だから俺はこの想いは胸に秘めよう。
貴方の近くにいられるなら。
貴方のそばで守れるなら。
俺はそれだけで満足でいられる。
ただ、願いがもし叶うなら。
貴方と対等でいたかった。
「私は美幸お嬢さまの傍にいたい。私は美幸お嬢さまが困った時に手を貸してあげたい。私は美幸お嬢さまが落ち込んだ時に励ましてあげたい。一方的かも知れませんが、私は貴方のお役に立ちたいのです。それをするためには、私は美幸お嬢さまの友達になることは出来ないのです」
「……?」
話の内容がわからない。意味を察せない。そんな顔をしている。
──おい。
(なんだよ)
──悔いだけは残すなよ。
(……)
被った仮面を少しの間だけ外れる。
多分こんな気持ちになることなんて初めてだ。
何度でも言おう、何度でも思おう、何度でも問おう。
「私は美幸お嬢さまにとって特別でありたいのです」
早速命令を破ってしまったかもしれない。
従者と主人の関係を破ってしまったかもしれない。
だが、不思議と嫌な気分ではない。むしろ今までになく高揚している。
「え…う、うん。じゃあ銀くん!一緒に遊ぼ!!」
笑顔が戻る。
そうだ、貴方の表情の豊かさは俺には眩しすぎるまである。大きくて暖かい存在。俺はそんな貴方の助けになりたい。
一方的で単なる自己満足なのかもしれない。気持ち悪いと打倒されるかもしれない、そばに居るなと拒絶されるかもしれない。それでも。そう思える間だけでも、貴方に距離が置かれる日が来るまでは貴方の為に生きよう。
俺は太陽に焼かれないように、貴方のそばに居たい。ただ、それだけでいい。
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