恋愛ゲーム
「今日もお疲れさま。毎日遅くまで仕事してるんでしょ?大変ね」
彼女はいつも優しくオレのことを気づかってくれる。
お互いの家から少し離れた郊外のカフェがいつものデートスポットだ。
注文は大概店のオリジナルブレンドのホットコーヒー。
「でさ、課長ったら酷いのよ。上司の前でいいカッコするために“ハイ!期日までに必ず間に合わせます!”なんて言っちゃって。どうせあとから「おい、真実ちゃん、やっといて」なんて振ってくるんだから!」
そうやって頬を膨らませる彼女もかわいい。
彼女はひとしきりグチをオレに吐き出したあと、すっきりした顔で
「最近そっちはどう?」
なんて聞いてくるもんだから、おもしろくってオレはいつもプッと吹き出してしまう。
すると
「ゴメンごめん!あたしばっかりしゃべっちゃって!」
とあやまってくる
君の豊かな表情の変化を眺めていると、自分の悩みが吹き飛んじゃってオレは大概こう言うのだ。
「あははは!真実ちゃんの話が面白すぎてもう忘れちゃったよ」
「あなたのその豪快な笑い方が好き。」
彼女はオレの顔をしげしげと眺めながら言う。
「そっちが笑わせてるんだろ」
「哲司クンに『このネタ話そう!』と思いながら聞くと上司の嫌味も楽しく聞けるわ」
なんてコロコロ笑う。
2年前の同窓会で再会した高校時代の親友。
そして片想いだった人。
再会に意気投合し、それからというもの、どちらからともなく「会いたい」とメールをするようになった。
「最近忙しそうだけど、大丈夫?あまり無理しないでね」
「30過ぎたら急にガタがくるね。あ、いやいや大丈夫。このヤマ超えれば楽になるさ。そしたらまた飲みに行こうよ」
「うん。楽しみにしてるね」
二人はまた甘い香りのコーヒーをすする。
「あ、今度さ、仙台に出張があってさ」
「いいなあー、オフの時間もあるんでしょ。私も行きたいな」
「オレも一緒につれていきたいけどさ。って無理いうなよ」
そう、無理なのだ。二人の逢っていられる時間は少ない。
彼女が時間の制限を超えた注文をつけるとき、二人に悲しい空気が流れる。
「大丈夫。ちゃんと土産買ってくるよ」
「うん。楽しみ。いつも哲司くんのお土産ってありきたりじゃないよね。なんかさ、旅先で『私のことを考えてくれてるなー』って思う」
「おいおいハードルあげるなよ」
「ふふふ。」
お互いに笑顔がまた戻る。
「あ、いけね、もう仕事にもどんなきゃ」
「仕事がんばってね」
「うん」
「またメールするね」
「うん。待ってるさ」
会計を済ませれば、二人はそれぞれのホームへと帰る。
お互いに無言で視線を絡ませながら。
「ただいまー!」
「あ、パパお帰り~」
ドタドタと廊下の奥から音がする。
「パパね、ぼくね、今日かけっこ一番だったんだよ!」
「そうかー!そりゃスゴいな!今度の休み、公園でパパと競争しよう」
「やったー!」
「あら、あなた、おかえりなさい」
「ただいま」
「あのね、今日さとしったら幼稚園でね…」
「へー、そうなのか」
オレにはオレのホームがある。
そして彼女には彼女のホームがある。
そして夜22時30分。
スマホがブルーに点滅しメール受信を告げる。
『今日は会えて嬉しかった』
『オレも嬉しかったよ』
『出張がんばってね』
『お土産をお楽しみに!』
『つぎ会えるのを楽しみにしてる』
『オレも』
と小さなやり取りすら、胸が熱く踊る。
二人はいつか終わりを迎える恋愛ゲームを楽しんでいる。
窓辺ではススキの穂が小さく揺れていた。