7.流
「これは、まさか幻の魔物”美味芋虫”では...?」
どこかの初見殺しな死に覚え激ムズゲームの、油断させておいて唐突に殺しに来る果物のような名前に違和感しかない。
幻のってなんだ?芋虫に幻とかあるのか?
母不死鳥含む全ての不死鳥の好物でめっさくさ食っていたみたいだし、捕るのに困らないくらい決まった場所には大量にいたという記憶しかない。
「こ、こここれは、美味芋虫、なので、しょう、か...?」
フェイルのおっさんがおかしな話し方で俺に疑問を投げかける。
『はい。先代の鑑定では”美味芋虫”と出ています』
俺の鑑定にもそう出ているけど言わないけどね。
俺が”鑑定”と言ったところでカゴロフさんがビクッとした。思考にはまって油断しすぎだろ。
どっかの帝国の諜報部員で、且つ、幹部なのに。そんなんじゃ諜報できないぞ。
”帝国の諜報部員だとばれているかもしれない。どうしよう。”といった内容が、カゴロフの鑑定に表示され、結構なスピードで流れていく。カゴロフが、パッとこちらに視線を向けて目が合う。
何も気づいてないと思わせるべきかな?
”どうしたの?”とキョトンとした顔で小首をかしげてみる。
途端に、カゴロフシートは”可愛い”で埋め尽くされ、先程よりも文字が流れていくスピードが加速した。
ごまかせたかな? しかし、なにこの諜報部員。ちょろ過ぎだろう。俺が心配すべきことじゃないが、こんな諜報部員でしかも幹部だとは、心配になってくるわ。
まぁ、面倒事を回避できた...はずだ。たぶん。
それより芋虫だ。
あっ、もしかして絶滅危惧種な虫なのかな?
だったら、捕まえたのを怒ってるのか。まだ生きてるし、ごめんなさいして、元いた場所に返すべきかな?
『捕まえるとまずい絶滅危惧種だったでしょうか?もしそうなら、まだ生きてますし、すぐに元いた場所に返してきます』
「絶滅危惧種?えっと、聞いたことのない言葉ですが、そうではないのです」
絶滅危惧種じゃないと。でも、これだけ焦ってるってことはやっぱり捕るとダメな虫なんだろうか。
「この美味芋虫は、とても珍しくて、高級食材として有名です。捕獲しようにもどこにいるのか全く知られておらず、時折運よく冒険者が捕獲してくる物が出回るくらいなもので、有名とは言え、実物にお目にかかれることは一生に一度あるかどうかです。それに、名前の通りとても美味とされ、市場に出回れば貴族などの金持ちは、こぞって買い求めようとするでしょう。本当にこちらを売ってよいのでしょうか?」
え?えぇ?!
あのでっかい芋虫って高級食材なの?
いや、でも、いくら高級食材と言われても、いくら貴重だと言われても、あれを食べたいとは思わないわー。
前世でフォアグラって食材が、鳥の脂肪肝だって知った時の軽い嫌悪感を思い出す。脂肪肝食べたら、なんとなく自分も脂肪肝になりそうだと思ったんだ。たとえ美味しかろうとね。
びっくりしたけど、やっぱりいらないわー。母不死鳥には悪いけど、売って別の事に使わせてもらおう。
『はい。売却をお願いします。あ、売却した半分は手数料として、神殿や町の維持なんかに使ってください』
「それは、とてもありがたいのですが、そんなに頂いてはとても申し訳ないです」
申し訳ないと辞退しよとするフェイルに、俺の為にもなるからとか、緊急時の備えとしてとか思いつく限り適当に理由を並べて、何とか半分受け取って貰えるように話をした。
カゴロフがどこかから取り出した袋に、カゴロフとエト2人で美味芋虫を捕まえて入れていった。
鷲掴みで大きな芋虫をつかむ美少女。実にたくましい。
その後は、お金は早めにエトに持たせて渡してくれるって話で落ち着いた。
買取表なんかあったら便利だろうけど、俺、この世界の文字たぶん読めないから、読めるようになったら、用意して貰うのもいいかもしれない。
「ところで、話は変わりまして。どうしてもというわけではないのですが、もしお力をお貸しいただけるようでしたらお願いしたいのですが...」
ん?ベイビーな俺でもできる事かな?
『なんでしょうか?できる事なら協力させていただきますよ』
”なにかな?”と癖で首をかしげる。
俺の返事にフェイルさんが破顔した。
...返事にだよね?
「おぉ。ありがとうございます。実は近頃、鬼が時折町の方にやってきて困っているのです。鬼は我々人間にとっては脅威となる強い魔物で、町中に入る事態が起こってしまっては、被害がどれだけ出るかわかりません。ですので、見かけたら退治して欲しいのです」
鬼って、ゲームで有名なすごくファンタジーな名前が出てきたな。
あ、俺不死鳥だった。俺もファンタジーだわ。且つ、今はファンシーだわー。
母不死鳥の記憶で一番強かった鬼を思い出してみるが、ステータスを見る限り俺よりだいぶ弱い。人間のような体型で、ムッキムキの大柄な脳筋で、頭は悪いっぽい。
これなら問題なく駆除できるかな?それに、素材になりそうなものを持って帰れば小銭稼ぎもできる。
『わかりました。見かけたら倒しておきます』
モンスターを倒す。そのことにちょっとだけワクワクしてしまう。俺は気付かないうちに、ワクワクを体で表していた。両脇の翼は細かくパタパタし、全身の体羽は立ち上がって見た目のポワポワ度が通常の3割増しに。
「うわー。ふわふわがー。ふわふわがー。可愛い、可愛い、可愛いーーぃ」
あ、怖い人忘れてた。
エトに視線を向けると、独り言を呟くエトの鑑定はすさまじいスピードでスクロールしていた。カゴロフの比じゃない。
怖い。怖すぎる。変な寒気を感じて、膨らませていた体羽はしゅっと元にもどり、ぶるりと震えた。
「ありがとうございます。ぜひよろしくお願いいたします」
視線を再びフェイルに戻すと、フェイルの鑑定も多少加速していた。カゴロフやエトほどではないことに、少しほっとしてしまう自分はすでにおかしいかもしれない。
「おこがましいようで申し訳ないのですが、あともう1つ。翡翠鹿という魔物を狩る者が増えているようで、数が少なくなっているのではと懸念されております。この鹿の角はとても美しい緑をしており、アクセサリや小物の素材として人気があるのです。また魔物がそこそこの強さではありますが、高価で取引される為、お金欲しさに冒険者が狩ることはしばしばあるのですが、どうやらどこかの貴族がたくさん買い求めているようでさらに拍車をかけているようなのです。一応仕事斡旋所でも、狩らないように通達を出しているのですが、個人の良心の問題になりますからなかなか防ぐことができないようで...ですので、もし見かけてもなるべく狩らないようにしていただきたいのです」
異世界でもあるのか。角や牙、皮や肉欲しさに乱獲して、個体数の激減が深刻化して絶滅する。
密猟者も馬鹿だよなぁ。今いる個体が全ていなくなったら、結果、自分たちの首を絞める事になるっていうのに。
あ、そういえばいいスキルがあったな。
ここ最近の先代達は使うことがなかったみたいだけど、これを試しに使ってみてもいいかも。
『わかりました。見つけたら狩らないようにします。提案なんですが、見つけたら俺が保護するってどうでしよう?』
「いったいどうやって保護するのでしょうか?」
俺の提案に、使命と萌の狭間にいたカゴロフが、再起動できたようで疑問を投げかけた。
『具体的にというか、ざっくりなんですが、加護を与えて倒されにくくする。または、俺の結界を張った区画を山の一部に作ってそこで囲うって所ですね。両方でもいいかもしれないですね。保護区作ってそこに密猟者が来たら捕まえることも簡単だろうし』
「それは願ってもない事です。ぜひ、できましたら両方お願いしたい」
カゴロフが食い気味だ。何かあるのかな?
なになに?
”こんな事するのはあの方しかいない。せっかく貯めた軍資金を、あのドラ皇太子、また散在して敵国にお金を流してるのか。世話係の影の8番は何をしているんだ!”
皇帝の子の面倒もみるものなの?諜報部員って。
その後も、つらつらと先ほどと同じくらい早く、皇太子への文句が流れていく。
「ですが、不死鳥様のお手間となってしまうので申し訳ないですね」
『フェイル、気にしないでください。
偶然出会えたら、ですから。出会えなければ何もしようがないですし。こちらもたぶん暇だと思うので、こういう楽しそうな事は大歓迎です』
義務ではないけど、やることがあると楽しく過ごせそうだし。先代達みたいに暇を持て余すよりいいだろう。誰かの役に立つことだしね。
「そうですか。ではお言葉に甘えて。近々ある、仕事斡旋所職員を交えた会議があります。そこで保護についても話しをする事になっておりますので、決まりましたらお願いします」
それで、用事は終わった様で、3人は挨拶をし、去っていった。
3人とも凄かったなぁ。神殿の人達みんなあんなじゃないよな?俺がいくら上部でも精神的に無理だぞ。...グッズで等身大ぬいぐるみを作ってもらって、それで発散して貰うようにすべきかもしれない。
うーん。疲れた。お腹すいた。