3.雛
※グロ・虫グロ注意
誰かが近づいてくる気配に目が覚めた。
顔がふかふかしたものに埋まっている。
あれ?俺の枕って、こんなふかふかじゃなかったはず。
ゆっくりと顔を上げる。
「...っ!」
大きな炎があり、恐怖に息が詰まる。
一気に目が覚めて、思い出した。
体育倉庫で火に囲まれ、燃え盛る天井に押しつぶされ死んだこと。そして、不死鳥に生まれ変わったこと。
『おぉ。起きたかぇ?すっかり乾いてふわふらであるなぁ。愛いのぉ。なんじゃ?固まっておるのぉ。火が怖いのかぇ?』
心配そうに、愛おしそうに、そばにいた大きな鳥、親と呼ぶべきか?親が顔を近づけてくる。
今生の俺の親、蜂蜜色の不死鳥。
『火は我らを傷つけはしない。触れても焼かれることはない。安心するがよいぞ。それより、腹が減っておろう。お前が寝ている間に我は済ましたゆえ、これはお前の分じゃ』
これと言って視線を横に向ける。
そこには、俺の2倍程の大きさの大きな芋虫がいた。クワガタかカブトムシみたいな幼虫をそのまま大きくしたような色と形だ。
まだ生きていて、もぞもぞ動いている。
それを見て、ギョッとした。
...え?...これ食べるの?
...誰が?
...俺が?
いやいやいやいや。芋虫て。芋虫て!
芋虫食うとか、どんな奥地の部族だよ。
俺確かに鳥になったけども。
芋虫って食い物じゃないだろ。
しかも、でかいし生きてるし。
『今、食べやすく潰してやるからのぉ』
固まってる俺に気づかず、その芋虫を脚で押さえ、嘴を突き立て、引き千切り、を繰り返して潰していく。
あまりのに壮絶な光景に、声を発することもできず、ただただそのおぞましい様を見ているしかできない。
グチャグチャという音が、静かな空間に響く。
10回ほど潰すと、それを口に咥えてこちらに差し出してきた。
嘴に挟まれた白い肉片に絡む、緑と黄色と茶色の何処から出たか考えたくもない液体。ミックスされつつ、たらーっと垂れて、俺のあと数センチ手前の床に滴った。
『さあ、これで食べやすいぞ。ほら、食べるがよいぞ』
俺の口に寄せようとしてくるのを、後ずさって避ける。
む、無理無理無理無理...
「ピ、ピジュジュジュジュ...」
首は千切れそうなほど必死に左右に振る。
『む?なんじゃ?これが嫌なのかぇ?じゃが、これが柔らかくて、栄養もいいのだぞ?好き嫌いはいかん。さあ、食べるのじゃ』
そう言って、さらに親鳥はずいずいと押し付けてくる。謎の液体が、体羽に滴り落ちようと迫る。
慌てて後ろに飛び退り、さらに後退する。
先ほどまでいた場所に、ポタリと斑らな雫が落ちた。
いやいやいやいや芋虫食べるとか無理ですごめんなさい勘弁してください!
「ピジュジュジュジュジュピユピピチュチュピチューピピピユピチュピ!」
俺はもう、必死だ。こんなおぞましい物、絶対食べたくない!
『ふぬ。そんなに拒否するとは、前世での苦手なものであったのかのぉ?仕方ない』
咥えていた芋虫ミンチを飲み込み、残りの脚で押さえているグチャグチャな方も食べてしまった。
うへぇ。
汚れた嘴を体にこすりつけ、その部分を舐め取ると、後ろから別の物体を取り出した。
『これならどうかぇ?』
その死骸は、茶色の体毛を持ち、4本脚の獣で後ろ脚はやや太く、前足は短めで細い。やはり全長は俺の倍くらいの大きさだった。
そして、特徴的な長い耳がついている。
これだけ聞けば、兎を思い浮かべるだろうが、さすが異世界。おかしな点が幾つかある。
まず、兎の額にあたるだろう部分に血のように真っ赤な石が貼り付いている。
そして、脚だ。肘とか膝にあたる場所には棘が生えている。棘は、骨が突き出たような印象で硬そうだ。
半開きの口から覗く歯は、兎っぽくはあるが、茶色い。元々そういう色なのかもしれないが、なんとなく汚そうだ。
この世界の兎はこうなのかもしれない。
死体でグロいが、芋虫よりまともな物を前にして、若干落ち着いてきた気がする。
じーっと見ていると、その兎のそばに半透明な四角いシートのようなものが現れた。
そのシートには文字が書かれている。
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【種族】棘兎(幼獣)
【状態】死亡
【鮮度】新鮮
【品質】良
【可食】○ / 無毒
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表示されている内容はちょっとゲームっぽいが、俺のステータスに、鑑定ってのがあったから、それによって表示されたんだろう。他の場所に視線を向けると見えず、ウサギの死骸の方に再度目を向けると、その空中にステータスが表示されている。
いつまでも表示されたままだったら邪魔だな、と思ったら消えた。
昨日自分のステータスを見た時には、他の事で頭がいっぱいだったせいか、気付かなかった。
一晩(かな?)寝たおかげか、大分混乱していた頭も落ち着いてきたってことかな?
これなら食べれそうだけど、皮って剝がせますか?
「ピピチユピユピイピーピユイ、ピピッピピチチピチュピ?」
親鳥は、俺の前にどーんとウサギの死骸を置く。
『ふぬ。確かに、雛が食べるには毛と固い皮は邪魔であるか』
そこまで言うと俺から視線を外し、俺から見て左側の炎の壁を見た。俺もそちらに向くけど、見えるのは炎の壁ばかりだ。
俺が目を覚ます原因となった気配の持ち主が、そこまで来ている事は俺にも分かっていた。
さっき目が覚めたのは、安心できる親鳥の近く気配ではなく、それ以外の知らない気配だった為に、野生の本能?かな?で目が覚めたみたいだ。
『人間よ。如何様だ?』
先程までとは打って変わって、凛とした威厳ある言葉で親鳥が炎の壁越しに尋ねる。
「ふ、不死鳥様に置かれましては、ご『前置きは良い。用件を話せ』
「も、申し訳ございません」
緊張した、若い少女と言えるような声が返ってきた。
親鳥さんや、相手が話してるところを被せて話すなんて、態度悪いぞ。しかも、なんか冷たい感じだ。炎の壁の向こうにいる人が嫌いなんだろうか?
「不死鳥様が、炎を囲まれて本日で30日が経ち、不死鳥様に何かあったのではと、皆一様に心配しておりまして、側仕えである私が確認の為にこちらに伺ったのです」
可愛らしい女の子の声だ。どんな子かすごく興味がある。
親鳥は俺に顔を向け、緩く翼を広げた。
『我が子よ、我の下に入るのじゃ』
この少女は警戒すべき相手なんだろうか?
親鳥の下まで真っ直ぐ歩いて行く。
...うわっ
「...ピユッ」
後退していた時は必死だったからか気づかなかったが、脚でうまく地面を踏ん張れず、カクッと踏み外したようになって転ける。
でも、体羽がクッションになるから全く痛くない。
立ち上がって再び歩き出すも、ヨロヨロして4回ほど転んでしまったがなんとか親鳥の下に入り込めた。
なんでこんなにヨロヨロするんだ?
鳥の身体に慣れてないからか?
孵化してそんなに経ってない雛鳥だからか?
...両方な気がする。
俺が親鳥の下に入れたのを確認すると、周囲の炎の壁が鎮火した。
少女の方に視線を向けてみる。
そこに居たのは、オレンジがかった赤毛で、マルーン色の瞳、上に少し尖って横に広い耳、日焼けした様な肌色。ゲームなんかで見たことがある、袖口が広くて前寄り両脇にスリットの入った白が基調の赤い洋風の祭服に、八角柱で細かい刺繍が施された帽子をかぶっている少女がいた。
そして、顔だ。日本人っぽい顔立だが、プロのモデルかと思うほど美人だ。少し幼い印象も受ける。前世での年齢と同じくらいか?
似合ってはいるけれども、日本人としての感覚を持っている俺からすると、日本人が神官服にコスプレしているように見えて、コスプレイヤー感がすごい。
まぁ、でも、すごく可愛いから、思わずガン見してしまっても仕方ないだろう。
でもものすごく体が大きいな。巨人族とかかな?あ、俺雛鳥だから大きく見えるだけかな?
あ、ステータスが表示された。
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【種族】人族(広耳)
【年齢】16歳 【性別】女
【名前】エトロワートティエス
【レベル】30
体力 132/132 魔力 100/100
筋力 95 知力 56
敏捷 92 幸運 90
器用 100 精神力 90
【状態】正常
【スキル】魔法[地水闇] / 短剣使い / 偵察
【アビリティ】遠耳 /
【称号】小さい物好き / 不死鳥神殿 第三階位神官 / 不死鳥の側仕え
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長い名前だな。耳が変わった形だけどファンタジーお約束のエルフじゃなくて、人間なんだなぁ。まぁ、長細くないから当然か。
あれ?そういえば、【性別】とか【称号】って確か俺にはそんな項目なかったぞ。称号は雛だからないのは分かるが、性別...なんか嫌な予感がする。
「あ、不死鳥様、ご無事でし...」
親鳥の下から見上げでいた俺と目があうと、少女はなぜか止まった。
え?なに?なんか視線に熱が篭って、だんだん潤んできてるけど、何で?全く理由が分からん。まあ、可愛い娘に見つめて貰えて嬉しいけど、なんか怖いわ。
「な...な....」
『何じゃ。人間よ。途中で固まりおって。我が子に何かあるのかぇ?』
口元に手を添え、ぷるぷると震えだし、壊れた様に”か”を繰り返している。何なんだ?この娘ヤバイ人なのか?親鳥も警戒してたみたいだし、そんなこの娘ヤバイんだろうか?
「な..なんて可愛らしいのですか!」
大声に思わずビクッとなって飛び上がってしまった。突然大声だすなよ、心臓に悪いだろ。
エトロワートティエスさん...長いからエトさんでいいや。エトさんはこっちに近寄って来て、俺の感覚で1mくらい手前で止まり、屈み込んで俺を凝視した。
ホント怖いわー
「とても可愛いこちらは?」
親鳥に質問してるんだろうが、質問するならせめて視線は俺から親鳥に移してほしい。
『ほぉ。人間よ、分かっておるではないか。この雛は、我が子よ。可愛いのは当然であろう』
偉そうに胸を張って、自慢げに答える。親バカってやつなんだろうか?下から親鳥を見上げると、ものすごくドヤ顔だ。
エトさんも、うんうんと首を縦に振る。そして、何かに気付いたのかはっとした。
「え...?不死鳥様の御子...まさか、新生の儀式を...」
『そうじゃ。これからはこの子が不死鳥として、役目を果たそう。しかし、どうするかはこの子次第であるがな』
親鳥から温かな眼差しが向けられる。
なんだか、役目とか言ってるが何の役目だ?まだなにも聞かされてないんだが。
面倒くさいのは嫌だぞ。断固拒否してやる。
『そうじゃ、お前にやって欲しい事があるのだ』
親鳥は先程の棘兎に視線を向けた。
『獲物の解体をしてくれ。雛には皮や骨が邪魔でな』
あぁ、確かにやってもらった方がいいのか?鳥だと手をうまく使えないから、脚でやるしかないだろう。もしくは、親鳥不器用なのか?
「は、はいっ。不死鳥様からご用命とあれば、お任せください。何かお皿のような物はありませんか?」
『皿など使わぬのでないなぁ』
「そうですか...あ、では私のマントでいいですかね。下し立てで、こちらに来るまでの短い間しか使用していないから問題ないと思うんです。内臓はどうされますか?」
俺に視線を向けてくる。もちろん全力で首を振る。
俺は野生な鳥だから食べても問題ないだろうが、やっぱりなんとなく抵抗がある。生で食べる事と見た目のグロさ的にも。
それより、マント。新品なら勿体無いし、悪いですよ。
「ピイピイ、ピーュ。ピピピッピイピッピユピーイ、ピチチピィピ」
『気にするな。人間がよいと言うておるのだからよいのじゃ』
あんたに聞いたわけじゃないよ。てか俺、ピヨピヨしか言えないからエトさんに伝わらない。
親鳥に、俺が言ったことをエトさんに伝えてと言ったら、『その必要はない』と言われて伝えて貰えない。
...諦めよう。ごめんよ、エトさん。伝える手段が手に入ったら、何かお返しするから。
エトさんは兎の死体に近づくと、慣れているのか手際がよく、あっという間に、皮、ブロック肉、内臓、骨とその他食べられない部位に分けられ、肉は折り畳まれたエトさんのマントの上に置かれた。エトさんは、またさっきまでいた位置に戻りこちらを愛でる作業に戻った。俺のお食事風景を堪能しようとでも思っていそうな目だ。
そして、今俺の視線の先にある物。生肉だ。うん、生肉だ。牛ならレアなのも食べたことあるが、兎の生だ。
『ふぬ。食べやすくなったの。我が子よ、食べるがよいぞ』
...生に抵抗があるので、炙り...少し焼いて貰えませんか?
「...ピピチピィピィピピユピユ、ピピユ...ピピピピチチチピーピ」
『む?焼いて欲しいか。ほれ』
親鳥の『ほれ』に合わせて兎肉ブロックが、ぶわっと炎に包まれ、次の一瞬には炎は消えた。
炎を見てビクついてしまったのは内緒だ。慣れないといけないな。
エトさんがお皿代わりに貸してくれたマントは焦げ目の一つすら付かずきれいな状態だったのが不思議だ。親鳥が調節したのか、マントが燃えないような仕様なのか。
ありがとうございます。いただきます。
「ピピユピーピチチチイ。ピピピユピィ」
マントに乗った肉を目指し、前進。
さっきよりましに、と思ったが、結局たどり着くまでに4回転けた。2人?1人と1匹?に凝視された状態で恥ずかしい。
親鳥は慈愛に満ちた眼差しだが、エトさんガン見な上、また口に手を添えてプルプルしてる。怖い。
兎肉は親鳥の絶妙な火加減で外はカリッと香ばしく焼けていて、食欲を誘う香りを放っている。
視線が気になって食べ辛いが、しょうがない。
肉に顔を寄せ啄もうとするが、うまく肉を千切れない。でも、口に入った肉汁は鳥モモ肉のような味で美味しい。塩胡椒がないのが残念だ。
何度も突いていると、段々慣れてきてやっと上手く肉を啄めた。
咀嚼しようと思うも、出来なくて違和感を覚える。
あ、そうか。俺鳥だった。鳥って口に入れたらどうしてるっけ?
あぁ、思い出した。飲み込むんだな。
ごくん。
噛まないから素っ気ない感じがするが、啄む過程が咀嚼っぽい。少量しか啄めないからだ。啄むのを堪能しよう。
さらにどんどん突いていると、上手く肉を啄める回数が増えてきて、ついに啄むのを体得した。
コツは、勢いよく突き刺し、勢いよく引きちぎる。だ。
親鳥の抜群の火加減で、中はちゃんと生のままだった肉の、生の部分を食べてみる。
...うん。生の部分は生の部分で美味しい。
食感は、鮮度はちょっと悪い刺身っぽくて、味としては生臭くないタイのような味かな?
気付いてなかっただけで結構お腹が減っていたのか、どんどん食べ進め、兎肉ブロックが半分くらいになって、やっとお腹いっぱいになった。
結構食ったな。自分と同じくらいのおおきさの肉食うとか。
けぷっ。
食べるのをやめた俺の横に、いつの間にか親鳥が来ていた。食べ終わったので下がると、親鳥が残った兎肉ブロックやその他の内臓や骨にごそごそと何かをする。すると、兎肉ブロックがどこかに消えてしまった。食べたのだろうか?
今度はエトさんがそばに寄ってきて、肉汁のついた部分を中に折り畳み、マントを回収した。
「それでは、私は第一神官に、新生の儀式の報告に行きますので、これで下がらせていただきます。また何かご用がありましたら、お呼びください」
俺の食事風景を堪能し、最後のゲップまで見届けてから、エトさんはいい笑顔でら去っていった。
ステータスを考える事がラスボス。
変更の可能性有
■修正
マント燃えてない、マント回収、生肉味、食べ残し肉の処理の記述を追記