克服する者
(※ここから先三人称視点です)
内でジョージが籠釣瓶に潜む殺意と戦っている間、表では――
「ククク……クハハハハハハハハァッ!」
人斬りとかした侍が、己の下僕であったものとの戦いの愉悦に身をゆだねていた。
「なっ――」
人きりに身をゆだねた主の強さは、ラストが戦ってきた中でもとびきり別次元の強さと化していた。
一撃一撃が即死級。それは例外なく《七つの大罪》にすら適応される。
「主様!? 私です! このラストがお分かりにならないのですか!」
「ラスト……誰だそれは? 俺は人斬り。人を模るものを斬って何が悪い!!」
「ッ!?」
もはや理性を失ったとも思われる侍は左手の甲に赫き妖刀を突き刺し、己の地と代償に更なる力を得ようとし始める。
「――《血の盟約・深度死》!!」
残存LP、1。自らの体力のほとんどを刀に吸わせ、妖刀の真の力を開放させる――
「――ククククク、ハハハハハハハハッ!!」
黒々とした殺意のオーラが纏わりつき、暴走を始める。赫い刀が、絶望を振りまき始める――
「――疾ッ!」
一閃、横薙ぎ。それはラストの首を刎ね飛ばさんとする一撃。
「ッ!」
《大殺界》とは違って通常攻撃が抜刀法・神滅式で無かった事が幸いしたのか、ラストは間一髪でそれを回避し、もはや完全なる敵と化した主と距離をとる。
「主様! どうしてですか! どうしてその刀を抜かれたのですか!」
ラストは悔いていた。あの時にどうして止められなかったのかと。刀を没収してまで、強く止められなかったのかと。
思えば《破魔ノ太刀》を抜刀しづらくなっていた時点で、あの妖刀を破棄しておくべきだったのだと、ラストは強く悔いていた。
そうすれば、主を失う事など無かった。愛しい人を失う事は無かった。
「主様……!」
「ちょこまかと逃げやがって、どうしたぁ!? 俺に一発当てるだけだろうが! かかって来いよぉ!!」
もはや我を失った相手は自分のLPを顧みずに攻撃を繰り返し、禁じられた森を荒らしていた。自らの手で造り上げてきた森を、自らの手で破壊にまわっていた。
「ちょっと、どういう事だよジョージ!?」
「……あ?」
「なっ、あの女狐は別働していたはず――」
「ジョージ、どうしたってんだよ!? あんたがこんなことをするはずがないだろ!?」
そしてその場にたまたま一人の乱入者が現れる。ペルーダは自分の親しかった人物が起こしている行動が、理解できずにいる。
「……ククククク」
ラストは独自の思考でこれはまずいと判断した。あの人斬りが、主が自ら救った命を自らの手で断ってはならないと。
「死ね――」
「――【転送】!」
人斬りは確実に邪魔者を切り捨てた筈だった。だが現に切ったのはその背後にあった巨大な大木。人斬りは空を切った事に舌打ちすると共に、最初に追っていた獲物の方へと苛立ちのこもった視線を向ける。
「俺の人斬りを邪魔するな!!」
「私は、今の主様に仕えることなどできません!!」
ラストは【転送】を使ってペルーダを自らの近くへと転送させていた。
そして思い通りに斬る事が出来ない人斬りは怒りを交えた声で、大声で叫んだ。
「ラスト!! お前は俺のTMだろうが!!」
「ッ!?」
先ほどまでは誰だと言われていたのが急にTMだと言われ、ラストは一瞬戸惑ってしまった。
もしかしたら、主がその意識を取り戻してくれたのではないかと。
しかし現実は、その動揺を狙って言い放たれただけの、ただの言葉に過ぎなかった。
「ククク……」
「なっ――」
その隙に付け込まれ、ラストは一瞬で懐に人斬りを踏み入れさせてしまう。
「さあ、死ぬがいい!!」
「……もう、遅かったのですね」
人斬りは刀を振りかぶり、縦一閃に斬り捨てようと刀を握る手に力を入れた。
そしてその瞬間、ラストは目を閉じて全てを諦めたかのように両腕を広げ、人斬りを受け入れようとした。
だが――
『――危ないところだった』
「……?」
ラストが恐るおそる目を見開くと、そこには冷や汗をかく元の主の姿が。
『もう少し帰ってくるのが遅かったら、お前を斬ってしまうところだったのか……』
ラストの主であるジョージは刀をその場に捨て、両手を広げていたラストを代わりに抱きしめた。
「……すまなかった」
「……主様ぁ!!」
ラストは言葉を聞くなりしかと主を抱きしめ、その帰還を心から涙し喜んだ。
「怖かったです、私は、私は……!」
『本当にすまなかった。まさかこの妖刀に取り込まれてしまうとはな……だが、もう大丈夫だ』
ジョージは落とした刀を拾い直し、ラストはその様子に再びおどおどとしたが、ジョージは何ともないとでも言いたげに刀をすらりと納刀する。
『……籠釣瓶に潜む殺意と、戦ってきた』
「……主様はそれに勝ったのですね?」
『ああ……籠釣瓶が俺を認めてくれた。そして力を貸してくれると約束した』
「ですが、もう絶対にダメです! 主様! これは没収します!」
『待て! 本当に大丈夫だ!!』
ジョージが焦って説得するが、ラストは半信半疑のままだった。
『……信じてくれ』
主の真剣な目に一切の嘘紛い物無し。ラストは最後の一度だけ、信じることにした。
「分かりました……ですが、少しでも変だと思ったら没収させていただきます。これは、私が主様を守るために決めた事です」
『いいだろう。そうしてくれ』
ジョージがそう言って微笑めば、ラストは本当に主が帰ってきたことを改めて実感すると共に、自分の主は最強の妖刀に打ち勝つほどに素晴らしいのだと改めて惚れ直し、敬意を感じることとなった。




