反逆者
トリックはいたって簡単(ただしラストは必須)だった。
まずはやられ役としてリーニャを採用、ラストによる幻影魔法により体をボロボロに負傷したような見た目で出て来てもらった。
後は相手の出方次第、リーニャにとどめを刺すつもりだったのなら死角から殲滅、事態を把握しようとしたりしてリーニャに手を出さなかったら次の作戦に移る。
ラストは今度は部隊の方に気づかれないように【視覚支配】をかけ、軍団の視界を支配した後に幻影を見せつけていた。
仲間を大事にするグスタフの行動を先読みすれば、彼は自分一人を生贄に仲間を撤退させると簡単に予想できる。
そして見事に手のひらで思い通りに動いてくれた今、俺とグスタフは一対一で話し合える状況へと持っていくことができた。
『それにしても、随分と久しぶりですね。ギルドの方は相変わらずですか?』
「相変わらずな訳無かろう。貴公がいなくなったギルドなど、もはや活気の一つもありはしない」
『そう言ってくれると俺としても助かります……っと、世間話をするのは後にしましょう』
俺はそう言って、グスタフに一つだけ単調直入に問いただす。
『――今回の《亜人強制追放案》、一体誰が仕組んだんですか?』
「……お主、もしやその関連で雲隠れしているのか?」
『しているというより、そう思うように仕立て上げられたというのが正しいですね』
「何だと……」
俺はいくつかの情報を伏せた上で、俺がベヨシュタットから忽然と姿を消したところから今まで何をしていたのかを話すことにした。
伏せた情報は全部で五つ。一つ目は今の暗王がまだ生きていること。二つ目は暗王が七つの大罪の一人、エンヴィーだったということ。三つ目は俺の姉、シーナと俺のTMであるラストがシロさんの手によって脱走したこと。四つ目はマダム・グロリアのこと。五つ目はこの首謀者、つまりマダム・グロリアが俺をはめた件について情報を、俺が握っていること。
グスタフはこの伏せた情報の内ラストとシーナが脱走した件については知っていた様で、二人が俺の元にいることが出来ているかだけを聞いてきた。
そして俺はその問いについては素直にいると答えた。少なくともそこらの雑兵よりは信頼に足る存在。グスタフもまだ脱走したとされていた俺に何かしらの疑いを持つ気配もない。
「――つまり、ジョージ殿は何者かにハメられた、ということか」
『ああ。俺はそいつが誰なのか確定的な情報を得るまでは国には戻れない、ということだ』
「それにしても連れ去られた先の国を落としてくるとは、流石は《刀王》といったところであるか」
『そんな事はどうでもいい……俺は自分の為に動いているんじゃない。弱い者、亜人の為に動いているだけだ』
「それは、失敬した……」
『とにかく、今は情報が欲しい。それにここにはできるだけ他のベヨシュタットのギルドや衛兵などを近づけないようにしてくれ。俺も自国の民を傷つけるつもりはない』
「……よし、分かった!! それがしはこの件について、ジョージ殿の方へとつく!」
何とかグスタフを説得させることはできたようだ。これでしばらくはここいらの詮索は無くなるだろう。
「それにしても、なんと愚劣な……弱きものをいじめるなど、ましてや我が友すらはめようとしているなど……絶対に許せん!!」
『許せないのは分かるが、グスタフさんの方もあまり動きを活発にはしない方がいい。特に《鋼鉄の騎士団》のように弱みを持っているあんたなら』
下手に動いてギルドに圧力をかけられたりしてもまずい。今はとにかくグスタフさんを通じての情報収集が先手だ。
「……実は、それがしもおかしいとは思っていたのだ。今回の元老院側はいささかそれがしの目からしても焦燥にかられていたように見えたからな」
『……元老院、か』
とっくに分かっているが、今しがた知ったようにしておかねば。
「それがしは国の政治運営については多くを知らぬ。従って他の者を連れてきた方がいいのだろうが――」
『下手な人間を連れてきて、個々のことを触れ回られても困る、か……ならば』
うってつけの人間が一人だけいる。
『――シロさんをここまで連れてこれますか?』
「シロ殿をか?」
『あの人は実質国のナンバーツー。そして俺の信頼に足る人だ』
「しかし脱走の件について裏で手を引いて以来、あの御仁も元老院から目を付けられ始めている様だ……」
――そうか、随分と舐めたマネをしてくれるな。
『俺の次はシロさん、そして次はベスってか? ……あまり調子に乗らせない方がいいみたいだな……』
誰がその国を大きくしてやったんだ? 誰が前線に立って血へドを吐いて戦ってきたんだ?
――誰が汚れ仕事を請け負ってまで、その国を強くしてやったんだ?
そのときの俺の姿を、グスタフはどうとったのだろうか。自分より小さく細身の男にたじろぐとは、いったい俺はどんな表情をしていたのだろうか。
『――事が片付き次第、元老院ごとバラバラに引き裂いてやろうか……《無礼奴》の名にかけてよォ』
その時の俺は《籠釣瓶》を持っていない。だが俺の内側には確かに、殺戮への渇望が渦巻いていた。




