危機回避
「……顧客リストはここにある」
エンヴィーに連れられてやってきたのは、先ほど俺達が脱走を図った競売会場――迎賓館であった。
エンヴィーが言うには受付の時に貴族は名前を登録をするらしく、更に言うとその際に自分がここに持ち込んだ商品も登録するらしい。持ち込む、と言ってもほとんどが自国の民の拉致らしいが。
そして今回そのリストとやらをくれるらしく、エンヴィーは俺に対して冊子を一つ渡す。
「恐らくそこに、そちを売り飛ばした輩の名前も載っておるであろう」
俺とラストは冊子を貰うとすぐにページをめくり始め、ベヨシュタットの人間がどこかに記されていないかと確認にかかる。
「…………」
それにしても、少しは誇るべきだろうか。ベヨシュタットの人間は所々に記されてあるものの、割合としては他の国に比べて少ない。
『……ここらへんになると最近の奴等に――これは』
俺が手を止めたのは、そこに出品名として刀王が書かれていたからだ。
『マダム・グロリア……』
聞いたことのない名だ。恐らく俺が貴族に疎いのも理由であろうが。それにしても見ず知らずの輩に売り飛ばされるとは。
『……とりあえず証拠は掴んだ。後はどうやって本国に伝えるか――っと言いたいところだが』
「といいますと?」
『相手はお前達を死刑にかけられるほどの権力を持っている。この意味が分かるか?』
「……刀王が戻ってきたところで、証拠を突きつける前に門前払いを喰らう可能性があるってことかな」
『そういう事だ姉さん』
俺はそう言って冊子を手に取り、今後の計画についての話を始める。
『とにかく、一旦は俺達の領土にあるエルフ族の村まで引き上げる。そしてそこを拠点にしてどうするか考える』
「つまり、国には戻ると?」
『ああ。ラスト、俺が座標を教えるから、そこまで【転移】を使って俺達を転移させてくれ』
「承知しました」
ラストは深々と頭を下げ、早速足元に魔法陣を錬成し始める。
『……とにかく今後奴隷の売買を禁止すると共に、このような貴族が現れた場合、独自に裁く義務を与える』
「ま、まて! わらわたちはどうやって暮らしていけばよい!? この国の収入は主に奴隷売買の際に生じる税で賄っておるというのに!」
『……俺が無事国に戻れたあかつきには、ワノクニにも仕事を回してやる……隠密系、裏の仕事になりそうだがな』
「我はそれで構わん。与えられた任をこなそう」
『ああ、頼むぞシロガネ』
俺達が話を終えるころに、ラストも丁度魔法陣の錬成を完了させる。
「主様、例の座標への転移魔法陣が完成しました」
『では向かうとするか……おっと!』
ジョニーを忘れていた。
◆◆◆
「――俺完全に旦那に忘れられていたかと思いましたよ!」
『すまん……』
「おい爬虫類。あまり主様を困らせるな」
「そうだよー? ジョージくんを困らせていいのはお姉ちゃんだけなんだからさぁ」
「ぐっ、す、すんませんでした!」
何これ。新人いびり? まあどうでもいいけど。
「……主様、本当にここで間違えではないのでしょうか?」
『安心しろ。すぐに分かる』
俺達はラストの転移魔法により、樹海と化した森の中を歩いていた。木々の隙間から見える月の光だけが、わずかに俺達を照らしている。
「主様、明かりの方は――」
『……そうだな。つけてくれ』
「では」
ラストは両手の内に光の球体を作り出し、それを目の前にかざす。
「これで少しは明るくなるかと」
『ああ、そうだな。ありがとう』
ラストは少し照れくさそうにしながらも、上機嫌に足元を照らし続ける。
さて、座標があっていればそろそろ来るはずだが――
「止まれ!!」
「っ!?」
ラストはとっさに明かりを消したが、相手方にこちらの姿は丸見えのようだ。
「何者だ! ここから先は何もないぞ!!」
「うっそだー! エルフの村があるって言ってた――」
シーナは最後まで言うことなく、相手が撃ってきた弓矢の方の回避を優先した。
「それは誰からの情報だ! 答えによっては――」
『俺だ、リーニャ=エルエルベ』
「っ、その声は!」
木の上から茂みを揺らし、一人の少女が目の前に降り立つ。
「ジョージさん!? どうして夜に!?」
俺達の目の前に降り立ったのは、真っ白なマフラーで口元を隠し、薄い布に身を包む褐色のエルフ族の若い(とはいっても年齢三ケタの)少女であった。少女は俺の姿を見るなり目を丸くして不用意に近づいたが、俺が連れてきた三人を前に、緊張した態度をとる。
『色々とワケありだ』
「……そうですか……あっ! もしかしてキャリカ卿とも関連が――」
『そうか、キャリカ卿はまだ話をしていなかったのか……まあいい。とにかく、今森にいる他の見張りも全て撤収させて来い。お前達に脅威が近づいている』
「そ、そんなまさか! ベヨシュタット領地内にいれば、絶対安全だって――」
『今回そのベヨシュタットこそが、危ないってことだ――』




