忍耐
大口を叩いたのはいいものの、現実問題として時間だけが刻々と過ぎていく。
二日間、限られた手足の可動域で何ができただろうか。
『……クソッ』
食事も最低限、しかも苦無とかいう女の機嫌を損ねればその時点で食事は終了。そして最低限の食事のためにいくつものバッドステータスが俺の身にかかっている。
「…………」
ラストは何をしているのだろうか――ふと俺の脳裏に、置いてきぼりとなったTMの姿がうつる。
『……探しているといいが』
というより、マジで助けてほしい。この状況で脱出する手段があるとすれば、外部からの干渉以外思い当たらない。
「…………」
「ちょりーっす! ……って、やっぱり監禁一週間めにもなるとだいぶ弱っちゃうかー」
ということは、逆算すれば一週間の内五日間は気絶しっぱなしだったということか俺は。そうなってくると、助けが来る可能性も低くなってくるな……。
『……ククッ』
「ん? どうしたの?」
『いや、刀王とあろうものがこんなことになるとはな』
「いやいやー、捕まえたのはうちじゃないし。刀王相手となればそれなりに気配を遮断するスキルを持ったうえで、更に寝こみを襲うという徹底ぶりだったから少しは誇ると良いよ」
誇った所で、こんな場所から抜け出せるはずもないか。
「そういえば今日が競売の日だから、きみを外に出すよ」
『そうかい……せいぜい高値で売れると良いな』
「刀王だからね。剥製にしても良し、奴隷にしても良し、いずれにしても所有者には箔がつくことになるだろうね」
「……チッ」
苦無はまるで他人事のように言い放つが、俺はますます焦りを重ねた。
剥製だと? 冗談じゃない。
『……その競売というものは、どこの貴族が加担している?』
「さあ? 身元が分かんない様に、みんな仮面をしているからねー」
『どういうことだ? マスクをつけることで――』
「はいはいーい、時間稼ぎされても困るし、さっさと歩こうかー!」
ばれていたか。
『……後悔することになるぞ』
「しないしないって! きっときみにもいいことあるさ!」
『この状況でどういいことがあるのか、見ものだな――』
◆ ◆ ◆
「紳士淑女諸君!! お待ちかねの奴隷競売の時間だー!!」
「おお! ついに来たか!」
「待ち遠しかったのよねぇ! この前の奴隷ちゃんは文字通り擦り切れるほど使っちゃったから、新しいのが欲しかったのよー!!」
巨大な会場にて、商品を落札しようと大勢の貴族が席に座って盛り上がる。司会がさらに購買欲を焚きつける中、俺は吐き捨てるかのように愚痴を呟いた。
『……クズどもが』
会場の袖にて、俺を含む今回の商品が並べて待機させられる。もちろん商品に座らせるイスなど無い。地べたにそのまま座らせられ、下手に動かないようにとガードマンまでつけられている。
「…………」
ふと辺りを見回すと、俺のような人間からゴブリンやエルフのような亜人、更には獣人族までと様々な種族の手に枷がつけられているのが伺える。
そしてその年齢も、上は壮年から下は年甲斐もない幼い少女までと、幅広くそろえてある。
そんな悪趣味な商品棚に、俺もまた並べられている。
「……わ、わたしなんて、う、売り物にもならないのに……ど、どうしてこんな目に……」
黙って座っている中、俺の隣で一人の少女がおどおどと言葉を詰まらせながらつぶやく。
髪はぼさぼさに伸び放題で、少なくとも日なたにいる様なタイプの少女ではない。顔立ちは幼いなりにそれなりに整っているようだが、そのボロボロな見た目のせいで不憫なモブキャラとしか見えない。
「た、大陸の隅の方で、レベル1ぼっちプレイをしてだけなのに、ど、どうして捕まった……」
『……お前もプレイヤーか?』
「ひゃうっ!?」
あ、この子コミュニケーションが苦手な子だ。
『……俺もプレイヤーだった。だがこいつ等が競売の商品にする為だとかいって、俺を捕まえた』
「そ、そうなのか……? …………わ、わたしは、た、戦うのとか苦手だから……え、えーと、邪魔にならない大陸の隅の方で、一人で、草むしりをしていただけなのだ……」
『一度も死なずにレベル1のままでいる……恐らくその希少性が買われたのだろうよ』
「え、えぇー……」
少女は自分のとっていた目立たない行動が逆に目立っていたことに、がっくしと肩を落としている。
『とにかく、ここから逃げる手段を考えなければ』
「えぇっ……ム、ムリムリ、無理だよ……」
少女は既に心が折れているのか、全てを悟ったような、諦めた表情を浮かべている。
『無理かどうかは俺が決める――』
「それはご苦労なこったな」
小汚い大声が漏れた方を向くと、体格は人間だが顔や体表がトカゲのそれだと分かる亜人が自嘲気味に笑っている。
『……何だ貴様は』
「おいおい、これから仲良く売られるんだから喧嘩腰は止めてくれよ。向こうとしても商品同士で傷つけあうのは困るみたいだしよ」
確かに俺とそのトカゲ男の視線がぶつかったとき、周りにいたガードマンの緊張が高まったのが伺えた。
『……確かに、『今』戦うのはあまり良い手ではないな』
「? ……まあ、そういうこった」
トカゲ男は首を傾げただけで、俺の言葉の真意まではくみ取れなかったようだ。
「……立て」
「分かったっての! 頼むから俺の皮膚を引っ張るなよ!」
トカゲ男が目の前で競売にかけられていく中、俺は隣の少女とある約束をする。
『俺は黙って競売にかけられるほど安い男じゃない。機会をうかがって、この場から脱出する』
「で、でも、どうやって脱出するんだ……?」
『まだ考えていない……だが、俺が逃げるチャンスを見つけ出した時には、お前も逃がしてやる』
俺は更に、他に捕まっている商品の方を向いて宣言をする。
『刀王の名に懸けて、お前達を必ずここから出してやる』
キーボードを使って会話をする変人が実は刀王だったということに、その場にいた誰もが目を丸くすると共に、その目に一抹の期待を宿し始める。
そして俺の言葉を聞いたガードマンたちは、両手を拘束されているとはいえ言葉だけでこれだけの影響を与えていることに、警戒心をさらに強めていった。




