進軍開始
「…………」
夕暮れ時――集合時間になると、殆どの者が馬に騎乗して集まっていた。
「…………」
もう一度言う。殆どの者が馬に騎乗して集まっていた。間違っても小型飛竜種に騎乗している者などいない――
『……俺以外は』
「……えーと」
『皆まで言うな、分かっている』
「バッファッファッファ! 目立ちたがり屋め!」
『あんたに言われたくねぇよ!』
そして俺以外にももう一人違反者、馬に乗らずに見た目が巨大なカバに似た怪物、《ベヒモス》に乗っている者がいる。
あの《暗黒騎士ゴウ》だ。今回は鎧を変えて、よりごつく刺々しい格好になっている。恐らくATKを底上げする装備を選択して来たのであろう。そしてベヒモスを選んできたのは、少なくとも間違えではないだろう。
侵略――特に壁を破壊することに関しては、頑丈な下あごから突き出た牙を持つベヒモスが役に立つ。もちろんTMとしてもだ。
『と、とにかく俺は上空から先に偵察も兼ねて先行する。残りの者は団長の後に続けばいい』
「うん、そうしよう」
勇士が提案を受け入れてくれたおかげで、何とか俺はワイバーンのままでいられた(馬買ってなかった……)。
「し、師匠! いよいよ戦場へと向かうのですね!」
「あぁ、私ったら昂ってきましたわぁ……」
このワイバーンに乗っているのは俺一人ではない。ほんの数刻前弟子にした少女、フィオナとラストが乗っている。
フィオナはというとポニーテールはそのまま、まだ不釣り合いな甲冑を身に着けており、身動きしづらい状態で座っている。
そしてラストの方はというと、痴女服のまま、俺にべったりくっついて――ってくっつな! 邪魔だから! ちなみに軍団の男勢の視線はもれなく、ラストの方へと向かっている。
「見て下さいまし、貴方様の勇猛なお姿に皆の目線は釘づけとなっていますわ」
『いや、どう考えてもお前の痴女コスに目がいってるでしょ』
「ハッ! この身体は我が主であるジョージ様に捧げるもの……! 下郎が視姦しようものなら、その目を潰して――」
『ハイハイ止め止め』
このままでは本当に目を潰しかねないため、俺は視線を引き剥がすべく先に飛び立つ。そしてひもで首に括り付けた音響石で、下にいる勇士の男と連絡を取る。
『“ってことで、進軍開始をお願いします”』
「“了解! にしても、この石いいな! 遠くでも連絡が取れる!」
『そりゃこれが無いと戦いにならないでしょ』
音響石はその名の通り受けた音波を別の波に変換、増幅し周囲に拡散する石であり、その変換された波を別の音響石が受け取るとそれを逆変換、音を発するという訳である。
変換、つまり音を暗号化するにはこの音響石を上手く削って形にする必要があり、形が同一の石同士が同一の変換、逆変換を行うという訳だ。
『“その先しばらくは大丈夫そうだ”』
「“分かった!”」
ここからベルゴールまで休みなしに走り続ければ何とか明朝にはたどり着くだろう。だが夜ともなると魔物とのエンカウントも避けられなくなる。
「“こちら現在魔物と交戦中!”」
『“大変そうだな”』
「“助けてくれないのか!?”」
『“……あんまり上位職の連中を舐めない方がいい”』
今通過するエリア程度なら、中堅組だけでも十分倒せるだろう。それに、この程度で苦戦するのであれば、この先の戦いなど生き残る事は不可能。
その後も何度か魔物との戦闘はあったものの、特に徘徊中の敵軍と接敵もせずに今の所順調に進軍を続けられている。
「フフッ、やってますわね……」
「うわー……すごい」
言っておくが、この程度の戦いに参加できないのならばこの先生き残るのは不可能。聞いているかね新人君は!
◆ ◆ ◆
ベルゴール上空――朝日も昇り始めているのか視界も晴れ、ベルゴールの全貌が目に映る。
「…………」
森の中にある街。近くには海へとつながっている大きな川が流れており、これこそが貿易において長所と呼ばれるゆえんである。森の中にある事から中々侵攻も難しく。そして極めつけに見張りが外壁上部に十名、いずれもスナイパーライフルを所持している。これでは上空からの接敵も難しいだろう。
となると地上からだが、これも同様に良い的だ。
『“……聞こえるか?”』
「“ああ”」
『“敵スナイパーが十名、外壁の上で見張っている。上空からもこれ以上近づいたら狙われそうだ”』
「“了解。俺に作戦がある”」
ここまで織り込み済みという訳か、勇士は意外にも驚いた様子など無く、ただ策があると告げてきた。
一体何をする気であろうか。