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歪んだ愛情

「――なんで姉さんがいるんだよ……ッ!」

「え? お姉ちゃんがこのゲームやっちゃおかしいかな?」

「何でいるんだって聞いてんだよ!!」


 気づけば俺は姉に向かって刃を向けていた。刀を持つ手は俺の意志に反して震えていて、姉はその様子を見て「今回はいつにもまして必死だね」とあざけるように笑っている。


「あのねージョージくん? 私だって万能人間じゃないんだから、どうしてゲーム内に取り込まれたかなんて分かるはずもないじゃん」

『……頼むから、俺の目の前から消えてくれ』


 ようやく冷静さを取り戻し、俺はキーボードで冷酷に突き放すように言う。

 だが俺の目の前に立つ女性は、そんなオレの姿を見て滑稽だと蔑み笑う。


「まったく、ジョージもこのゲームに取り込まれているんだったら、私について来ていればよかったのに」

『誰があんたについていくか……!』

「アハハッ! ……まあ、強がっていられるのも今の内だと思うけど?」

「我が主様に無礼な態度をとるとは、一体何者ですかッ!」


 俺と女性の間に、ラストが割って入る。


「……へぇー、まさか七つの大罪セブンス・シンを従えていたなんて、ちょっと予定外だったかなー?」

「私が何者だということはどうでもいい! 貴様は何者だと聞いているッ!」

「私? あー……私はねぇ、そこにいるジョージくんのお姉ちゃんでーす!」

「なッ!? お義姉様ねえさまでいらっしゃったんですか!?」


 おーい、なんか文字が違う気がするぞー?


『……椎奈しいな姉さん、どこまで俺の居場所を奪う気なんだよ』

「こっちの登録名はシーナなんだけど……まあいっか、別に私はジョージくんの居場所を奪ったつもりはないんだけどなー」

『シラを切るのもいい加減にしろよ……』


 今までうけた仕打ちを考えれば、自然と刀を持つ手に力が入る。


「おーこわ。今日の所は退散させてもらおうかな」

『逃がすか――ッ!』


 突撃を仕掛けようとした瞬間、部屋の壁を突き破って一台の戦車が現れる。

 モグラのような形をした戦車からは、男の声が発せられる。


「“いつまで油を売っているつもりだ?”」

「……はぁーあ、もう時間切れ?」

「“砦ももうすぐ陥落する。それに先陣を切っていたシャドウとの通信も切れた。俺達だけでも撤退をする”」

「仕方ないなぁ……じゃあ、そういう事だから――」

『俺が逃がすとでも思っているのか……ッ!』

「いやいやいや、ムリムリムリだって!」


 そう言って姉は目の前で再び二挺のガトリングガンをひょいと拾うと、俺達に見せつけるかのように説明を始める。


「極限重機関銃・《ファランクス》。毎分一万発の銃弾を発射できるこのガトリングのレアリティレベルは120。更にこの《ヘヴィモール》は戦車のくせに地下に潜る事も出来るし、敵陣後ろからの奇襲も出来ちゃう優れもの。もちろんレアリティレベルは100超えているよ? はてさて、七つの大罪セブンス・シンがいるとはいえ、負傷者を庇いつつ戦えるかなー?」

『……クッ』


 俺とラストだけなら叩きのめすことが出来ないわけではない。だがベスを庇った状態だとどうしても決定打を与える隙を作り出すこともできない。


「じゃそういう事だから! またね、ジョージくん! 今度はゲームで競争だね! お姉ちゃん楽しみー!」


 モグラ戦車に乗り込みながら、姉はにこやかにして俺の目の前から悠々と撤退を開始する。


「……チッ!!」

「主様……?」

『……追撃だ』

「はい…………?」

『シロさんに、更なる追撃をするように伝える』

「ですが主様、深追いは厳禁かと……」

『……それでも、あの人だけは片づけておかなければならない』


 さもなくば、こっちが全部喰い尽くされてしまう。


「それほどまでに、危険なのですか?」


 俺はあまりこの話をしたくはなかった。だが、ラストには他言しないことを条件に愚痴を漏らすかのように言った。


『……現実世界においてあの人は俺の全てを上回り、そして俺の将来、希望、可能性を全て潰しやがったんだ』


 完璧すぎる姉は、後から生まれてくるおとうとに絶望のみを残していった――



     ◆ ◆ ◆



(※ ここから三人称視点です)


「――何故さっきの男を前に悠長に話していた?」

「うん? どうして?」


 遠く離れた地にて、ヘヴィモールは地上へと顔を出していた。

 走行中に空気が吸いたいといいだしたシーナの要望に合わせ、地上を一台のモグラ戦車が走り出す。

 そんな中、外に出ていたシーナに向かって、中で操縦している男から疑問が投げかけられる。


「あの男、調査通りなら《刀王》だ。負傷させて進軍を遅らせるくらいはできた筈だ」

「あー、言ってなかったっけ? あれ、私の弟だって」

「何? お前の弟だと?」


 男はその言葉を聞くなり、刀王に対する警戒心をより一層高めた。


「お前の弟ならば相当の手練れ、あの場でやはり一撃見舞っておくべきだった――」

「そんなに言わなくていいから、あの子は私の下位互換だし」

「……どういう意味だ?」


 男の率直な疑問に対し、シーナは大笑いをしながら自分と弟との関係を話し始める。


「私が自分で言うのも何だけど、現実世界だと何でもそつなくこなせちゃうんだよね、私。勉強しかり、運動しかり、グループとかの集団活動しかり。私がろくに何でも出来ちゃうから、両親ともに弟にも何でもできるように教育していたんだ。それこそ、昔ながらにガミガミと怒ってね。まあその結果失敗して見事引きこもりが出来上がっただけだけどね」


 シーナの言葉に男は黙ったままだったが、シーナはそれを無視して更に話を続けた。


「でもね、私としてはそんな弟が愛おしくてたまらないんだ。だから弟がどこかで輝ける場所なんて作っちゃいけない。私に依存しなくてもいい場所なんて作っちゃいけない。だからこのゲームで、弟を万全な状態で完膚なきまで潰す。それが目的なんだ」


 《刀王》を相手に真正面から完璧に潰す。それが姉であるシーナの最終目的だった。


「その状態で抹消デリートすれば、後は綺麗に記憶を無くした弟だけが帰ってくる。そしたらまた依存させればいい。私がいなければいけない場所へと」


 姉は弟を忠愛しているだけだった。ただそれが、異様な歪な形として表れているとも知らずに。


「……俺はよその家庭事情に突っ込む気はない」

「その方がいいよ」


 男が気がついたころに、シーナは威嚇のためにガトリングの銃口を車内へと突っ込んでいる。


「下手に弟をバカにする気だったなら、この場でハチの巣にするつもりだったから」


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