弟子
「では、各自出征の準備に取り掛かる様に!」
「ハッ!!」
剣王が円卓の間を去るのを見届け終えると、早速軍団の中で作られ始める。もちろん仕切るのは、あの勇士の男だ。
「じ、じゃあ六人一組単位で小隊を――」
「まて、これほど大規模な軍勢となると、逆に六つの隊に分けた方が早い」
上位組がイライラしながら団長の指示を指摘している。俺はというと、我関せずといった様子で椅子に腰かけ、刀の斬れ味を確認している。
「そ、そうですか! では上位職の方々を各小隊の隊長にして、そこに我々中堅組がしたがうという形で宜しいですか!?」
『それでいいんじゃない? ねぇ魔法剣士さん』
さっきからつっかかっている相手の名前は知っている。だがその名前を俺は呼びたくない。
「貴様! 我には《暗黒騎士ゴウ》という名が――」
ほらね。言いたくないでしょ?
『てことで、チームを六つ作ってー』
「ハイ二人組を作ってー」に近いトラウマセリフを、まさか自分が言うようになるとは。いやはや感慨深い。
上位職組は俺を除いて全部で十五人。対する中堅組は六十二人。足して七十七割って一つ当たりの隊に大体十二、三人くらいかな。
もちろん勇士である彼は今回小隊長であり軍団長となる。が――
「…………」
「じ、人望が……」
『……ま、まあ上位職の人が多い隊に入った方が確かに生存率も高いけど』
やっべ、フォローになってねぇや。
「と、取りあえず余った中堅組集合」
何とも気まずい組分けであったが、とりあえず分隊はできた。後は現地近くで敵地視察の後、最後の作戦をたてるだけ。
「では今日の夕暮れ時、ベヨシュタット郊外の大橋に集合、明朝までに戦線に到着する!」
まさかの徹夜に不満の声が漏れるが、勇士の男には一計があるらしく、頭を下げて懇願した。
「頼む! これだけは譲れない! 俺も軍団長を任されたんだ、少しはみんなの役に立ちたい!」
その言葉を聞いて一同黙ると共に、誰もが静かに提案を受け入れた。
◆ ◆ ◆
『っくぅー、つっかれたー』
結局最後までフードを被ったまま威圧感を醸し出すことで何とか乗り切ったが、それでも毎回毎回の戦前の緊張感は凄まじいものだ。
「お疲れですか? でしたら私が――」
『いらない』
「まだ何も言ってないのに……」
どうせ「身体で癒してあげますー」なんて言うつもりだったんだろ。俺知ってるからね!
「おーい!」
俺はこのまま一週間分の買い出しに出かけようとしたが、その前に例の勇士に声をかけられ足止めを食らう。
『ん?』
「ありがとうよ!」
『何が?』
「何って、俺を軍団長に推薦してくれたことだよ!」
『あぁー、あれはあの時あんたに経験積ませた方が適切かと思ってのことだ』
それにあれだけ上位職組がいるなら一週間かからないだろうし、何より超大規模戦争に向けて全体を高めとかないと。
『ってことで、俺は準備に取り掛かるから』
「おう、ありがとうな!」
しかし、どうしよっかなー。一週間分の食料を買ってもいいが、もし短期決着した場合に勿体無いし――
『――っと』
突然目の前に少女が現れ、俺は不意に足を止めた。随分と走ってきたのか、息は切れ切れ、額からは汗を垂らしている。
「……はぁ……はぁ……やっと見つけた……」
やっと見つけたということは、用件は俺か。
『何の用かは知らないけど、俺は今から――』
「あのっ! 弟子にしてください!」
「へぇっ!?」
そのセリフは俺ですよラストさん……ってか今なんて言った? 弟子?
「私を今度の戦地に連れて行って下さい!」
ポニーテールをぶら下げて、少女は俺に頭を下げる。
「…………」
ステータス確認。職業:剣士。レベル……15。NPCではないようだが、これは――
『……残念だけど今回は――』
「分かっています! 無謀だと知っています! でも、私は学びたいんです! かの《蒼侍》の元で! 剣術を!」
「身の程を弁えなさい、下郎」
「…………」
熱心に目を輝かせ、純粋な視線を向けてこられると痛々しい――って、勝手に断るなよ。
『ラスト……俺はまだ何も――』
「私の主人をたぶらかそうとする女狐が、さっさと消え失せよ。さもなくばこの場で殺す」
『女狐って……』
そこまで言う必要は無いだろ。
「ぐ、ぐぬぬ……しかし……」
ラストとしてはこの少女が気に入らないらしい。が、俺は単純にレベル不足故にこのお願いを断る。
『せめてレベルを倍にしてからじゃないと、これから行く戦地はとても厳しい――』
「良いではないか?」
俺が後ろを振り返ると、痛々しい名の魔法騎士がそこにいる。
「これも剣王が治める国全体の底上げのため、だろ?」
明らかに足引っ張りをつけさせようとしているのが丸わかりで、ラストに至っては涼しい表情の裏に激烈な怒りを隠している。
『では、貴方の部隊で――』
「いやいや、若き少女がわざわざ君の弟子になりたいと言っているのだ。無下には断れまい」
クックック――って笑うなよ。
「…………」
「っ! お願いします!」
少女は頭を下げたっきり、「いい」というまで上げるつもりは無いのだろう。
『……抹消されても、責任は負わない』
「分かっています! 精一杯頑張ります!」
その後も何度も何度もポニーテールをぶんぶんと振り、少女は感謝の言葉を並べ続けた。