円卓会議
『あーもう! 朝からあり得ないでしょ!』
「ですから、お目覚めが良くなるよう――」
『要らない!』
朝っぱらからごそごそと人の布団に入り込もうとするとは、ビッチめ……だが料理スキルだけは認めよう。
焼きたてのパンをかじりながら、俺は一人考え事を巡らせていた。
『……そろそろ大規模な戦争が始まる事は分かっているよな?』
「はい♪」
戦いが始まるというのに軽い返事をするのは、強者(レベル150)故の余裕であろうか、はたまた魔物としての本質である闘争への愉悦からであろうか。
『……お前にも、TMとして働いてもらうからな』
「はい♪ 精一杯ご奉仕させていただきます♪」
小首を傾げて笑顔を作るその姿はNPCとは思えないほど可愛らしいしぐさだが、普段の行いを顧みると、ご奉仕の意味が違って聞こえるのは気のせいだろうか。
『……そろそろ行くか』
一瞬で服装を変更できるのはゲームの利点というべきか? ……前言撤回、俺の目の前で裸が見れないと文句を漏らす痴女がいる限り、これは絶対的な利点と言えるだろう。
俺はいつも通りに目深にフードを被り、そして今回は刀を二振り装備して準備を整える。
ラストはというと俺と最初に出会った時のように、ファニーなとんがり帽をかぶり、そして下着とまではいかないもののそれなりに露出度が高い服装を身に纏っている。
『……あのさぁ、それ他のメンバーの目のやりどころとかも困るからもう少し自嘲できないの?』
「それは無理なご要望ですの。これが魔物としての正装ですので」
くっ、それのせいで俺まで変な目で見られかねないっての。
『……サクッと片づけて帰るぞ』
最後に俺はフードを被り、顔の表情を隠す。これが無いと、色々と不便だ。
「……仰せのままに」
彼女はそう言って俺と対峙したときと同様、クラスSに相応しい雰囲気を身に纏い、妖艶な笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
「――よし、全員集まったか?」
此度の戦に参加するプレイヤーが揃い、普段は静かな円卓も賑やかなものと化す。辺りを見渡すと剣王勢でも有力なメンバーはもちろん、中堅の輩も大勢集められている。そしてその中堅どころに、この前の勇士も混ざっている。これは大規模な戦闘になりそうだ。
「集まったな? では今回の概要を説明するぞ」
今回戦う相手は、先日から小競り合いを起こしてきた銃王の軍だ。銃王と言えば、遠距離武装がメインの相手だ。贔屓目に見ても近接メインの剣王勢が有利とはいえない。
だが、今回の進軍は予想していたよりは大規模ではないようだ。
「今回は停滞していた戦線を、相手領地内にあるベルゴール市まで押しやるのが目的だ。ベルゴールさえ押さえることが出来れば、貿易の面でも有利に動ける。まずはベルゴール市近郊まで戦線を押し進め、その後攻城兵器やTMを総動員して、できる限り早い段階でベルゴールを陥落すること! 戦闘期間は移動を含めて明日から一週間! 以上だ!」
このゲームの戦争のルールは、簡単に言えば陣取り合戦みたいなものだ。攻撃側は指定された場所まで攻め入る期間を決めて攻め込むこと、防衛側はその期間防ぎきることが主な目的だ。
攻撃側の王は相手の王に宣戦布告し、そして相手の王の反応次第で戦いの火ぶたは切られる。そして宣戦布告の際互いに戦闘期間を決めて戦いを始め、このように一週間なら一週間と、プレイヤーはその場で戦い続けなければならない。
もちろん、無理と判断して各自撤退しても構わないが、その後の王からの対応は、随分とマイナスなものとなるだろう。そしてそれが、自分から志願した場合ならなおさらだ。
王側から依頼された時点で拒否できるが、それでも少しばかり王の対応は冷たくなる――とはいっても、俺は刀王になった時点で拒否権を使えば対応も悪くならずに済むけど。
「まあ今回は何と言っても《刀王》と幻魔がいるからな! 銃王軍とはいえ一筋縄ではいかないだろうよ!」
「気安く私の名を呼ばないで下さる……!」
どうやらラストは俺以外に名前を呼ばれるのが嫌いなようで、このように不機嫌そうに愚痴をはいている……でもお願いですから剣王とは争わないでね!? 首都が壊滅するから!
『落ち着いて』
俺が頭にポンと手を置くことで何とか矛を収めてくれたようだが、これは先が思いやられる。
……いつもの事だが。
「では、今回の軍団長は……《刀王》に仕切ってもらいたい――」
はぁー、出たよ。軍団長とか一番責任が重い仕事なんてまっぴらごめんだ。それに俺には拒否権がある。
『いや、俺は遊撃専門なんで。ここは先日敵方と接触経験のあったあの勇士を推薦します』
俺は敢えて勇者や魔法騎士のような上位職組ではなく、このなかでは中堅になるあの勇士を推薦した。
「……それは何故だ?」
俺の意見に対し、上位職組からは不満の声が漏れ出す……正直怖ぇ。けどこれはあの男が経験を積むいいチャンスだと思ったからだ。
『確かに上位職の方が安定して勝利を掴めるかもしれません。ですが今我が軍に必要なのは、軍全体のレベルの底上げ。そして目ぼしい者が上位職に上がれるようにすることが最善かと』
「つまり、我々のような魔法騎士より、そこの勇士に経験値を多く渡すべきと?」
自分は遊撃部隊で経験値を貪るくせに、よくそんなことが言えるな――とでも言いたそうだが、遊撃は遊撃で危険なんですよ?
「…………」
俺は黙ったままフードの奥で、全身を黒の甲冑で固めた魔法騎士を睨み続けた。
「……まあよかろう。刀王様のご指示だ」
皮肉を交えてくれてありがとう。代わりに死ねばいいのに……あっ、味方だったテヘペロ。
「何だなんだ? 頼むから仲たがいだけは止めてくれよ?」
剣王が仲裁に入る事でやっと事態は収拾したが、あの黒甲冑の魔法騎士は、甲冑の向こうで最後まで俺を睨み続けていた。