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鋼鉄の騎士団訓練所

『ここなのか……?』

「そう、ここだ。この訓練所こそ、それがしにとっては懐かしい場所だ……」

「全く、主様はまだご養生の身であるにも関わらず何故このような事を――」

『休養中でも腕がなまらない為にしているんだろうが。別にそこまで危険なことはしないってのに、お前は心配性だな』


 でもまあ、それでいいんだが。俺は心配性のラストの頭を撫でながら、改めて目の前の建物に視線を戻す。

 俺達の目の前に、このベヨシュタットでも大きな部類に入る建物が建っている。一見すると唯の中世風の石造りの建物だが、ここが此度の目的地である訓練所、その名も《鋼鉄の騎士団》訓練所だ。


 《鋼鉄の騎士団》とは、このベヨシュタットでも一番大規模ともいえるギルドであり、何より俺の隣にいるグスタフの出身ギルドでもある。

 当時《鋼鉄の騎士団》で一番実力を持っていたグスタフは、文字通り剣王から直接ヘッドハンティングを受けた。だが当時のグスタフは古株であった《鋼鉄の騎士団》を捨てることはできないと、きっぱり断ったそうだ。

 そこで剣王は、創始者メンバーであるシロとの決闘に負けたら《鋼鉄の騎士団》を脱退する様に命じた。グスタフは決闘を受けたがシロとの戦いに敗北し、今は《殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション》の一員となっている。


 そんなグスタフであったが今でも時々顔を出しているらしく、剣王もそれを認めている。恐らく下手にさえぎって国内に不満な空気をはびこらせたくないからであろう。

 あるいは、単に義理堅ぎりがた豪胆ごうたんな性格を剣王が気に入っているか。


「ここではありとあらゆる武器を取り扱う訓練を行っている。それがしの戦斧を扱う技術もここで培われた」

『つまり、スキルを磨く場所ということか』


 経験値は実際にPvP(対人戦)で相手を抹消するか、モンスターを討伐しなければ入らないからな。


「そうだ。そしてここでは遠征クエストを訓練という形でこなし、経験値も育んでいる」

『ふむ……まずは一兵卒を育てる場、ということか』


 この前のNPC育成をしていたブライトスター駐屯所とは違って、PCを育成する場ということか。


『つまり、今からグスタフさんの後輩の面倒を見るってことか』

「そういう事だな」


 グスタフの後を追って建物を探索しているとどうやら中庭もあるようで、そこでは訓練生と思わしき人々が木を削って作った剣を一生懸命に振るっている様子が見える。

 青い服を身に着け、眼鏡をかけているあの男は指導者であろうか。訓練生たちを見守る様に立っている。


「今日は中庭の様子を見てみるか」

『そうするか』


 特別講師とはいえ、何を教えたらいいのか具体的には指示はされていない。ならば好き勝手に教えさせてもらおう。


「ウォッホン! 訓練生の諸君! 元気にしているか!」

「あっ! グスタフ殿! 来ていらっしゃったのですか!」


 最初に気がついたのは眼鏡の男だった。眼鏡の男はグスタフを見るなり深々と頭を下げ、そして訓練生全体に声を張り上げる。


「皆の者、素振りを止め!!」


 男の掛け声が聞こえると、訓練生の動きが一斉に止まり、皆こちらの方を向く。すげえ、軍隊みたいだ。

 静まり返った中庭に、グスタフの猛々しい声が響き渡る。


「諸君! 日々の鍛練を怠っていないな!? この度はそれがしと、ここにいる《刀王》ジョージが、特別にお前達の訓練の様子をうかがい、特別に指導をする!」


 元《鋼鉄の騎士団》のトップの登場に一同驚いていたが、それ以上にざわつきを起こしたのは俺が《刀王》だと紹介を受けた時だ。


「と、刀王だと……」

「王様が来ているのか……凄い威圧感だ……」

「隣にいる美女は誰だろう? 刀王の奥さんかな……?」

「スゲー美人。絶世の美女ってああいうのを言うんだろうな」

「――無駄口を叩くな!!」


 グスタフの一喝が、その場にいる訓練生の背筋を正す。


「お前達、それがし達が見に来ているという意味を、分かっているのか!!」

『全く持ってその通りだ』


 まずはお前達の目の前にいるOBを立ててやれ。じゃないとグスタフさんさっきから見えていないだけでだいぶ傷ついているぞ。

 というのは冗談で、本当はまたヘッドハンティングするのも折り込んでいるんだろう。

 ところでラストは両手で顔を隠すようにして何をしているんだ?


「まぁ、私が主様の奥さまだなんて……フフフ……」

『おい。噂話にまともになるな』

「でもいつかは現実にしたいものです……」


 やっぱり色々と怖いわお前は。


「お前達にはこれから厳しい指導がはいるだろう! だがそれは同時に、お前達に期待しているからこそだというのを忘れないでほしい!」

「……では、さっそく何をいたしましょうか?」


 眼鏡の男の問いかけに対し、グスタフと俺はまずこの訓練所の現状の剣術レベルを知るために、訓練生同士での模擬戦を提案する。


「諸君等の現時点での実力を図るために、まずは模擬戦を見せてもらおうか」

「はっ! では我こそはと思う訓練生、前に出ろ!!」

『……今更で悪いが、あの男の名は?』

「あの指導者か? それがしの後輩であり、一時期同じパーティを組んでいたヴェイルという者だ」

『ヴェイル、か……』


 何か刺剣を使っていそうな奴だな……。


「彼奴はああ見えでそれがしと同じ斧を得意としている」

『マジかよ』


 人は見かけによらねぇな……っと、そうこうしている内に訓練生二人が前に出てきたようだ。


「名乗りを挙げよ!」


 グスタフの声に対し、二人は右腕を胸元に押し付けて宣誓を始める。


「はっ! フロリナ=アルカリア! 職業は剣士フェンサー! レベルは27であります!」


 名乗りを挙げた女性の方を見ると、姫騎士という言葉が最初に思いついた。しかしこの時期にレベル27の訓練生か……恐らくどこかで抹消デリートを経験しているのだろう。

 そしてもう一人、若い男が名乗りを挙げる。


「はっ! オデンと申します! 職業は剣士フェンサー! レベルは25であります!」


 なんか俺と正反対そうな、元気溌剌げんきはつらつな男が名乗りを挙げる。正直に言うと苦手なタイプだ。

 それにしてもおでんって……このゲームに入った時に名前変更ができるはずなのだが、こだわりがあるのだろうか。


「フロリナにオデン! 互いに得意な得物を取れ!」


 ヴェイルの指示に従い、フロリナはオーソドックスな直剣を、オデンは槍を手に取る。


「模擬戦のため、一撃を加えた時点で勝負ありとする! では、構え!!」


 一対一特有の、妙な緊張感がその場の空気を満たし始める。

 互いに待っているのだろう。試合開始の掛け声を、戦いの火ぶたが切られる一瞬を。


「――試合開始!」

「ハァッ!」


 最初に仕掛けたのはオデンの方だった。槍のリーチを生かし、相手を寄せ付けずに一方的に攻撃を仕掛ける。


「くっ……」

 対するフロリナはというと、剣の間合いに入ることを許されずに攻撃範囲の外から一方的に攻められ続けており、タイミングを掴めずに苦戦している様子。


「……ジョージ殿は、どちらが勝つと見受けられるか?」

『普通に考えれば、攻撃範囲アタックレンジが広い槍の方が有利だろう。だがそれは、あくまで技を使わない場合の話だ』

「というと」

『フロリナとかいう人、確か27レベルだったよな? 27レベルで使える技といえば――』


 俺がグスタフと話をしている間に、勝負は一気に決められる。


「――スタングリッパー!」

「何っ!?」


 スタングリッパーとは相手の持つ獲物に強烈な振動を与え、一瞬だが武器を振るえなくする補助的な技。そしてそれを使ったということは――


「もらった!」


 当たり前のことだが、フロリナはしびれて槍が使えなくなっている隙に、一気に間合いを押し寄せる。


「ぐはぁっ!」


 手首を叩いて武器を落とし、フロリナは木でできた剣の切っ先をオデンの喉元へとつきつける。


「私の勝ちだ」

「ま、参ったよ……」

『判断力の差で勝ったようだな』

「であるな」


 どの技を、どのタイミングで発動するのかは戦いにおいてとても大事なことだ。そんな訳で俺とグスタフは素直に拍手を送ったつもりだったが、フロリナとしてはどこか不満な点があったようだ。


「…………めだ」

『……ん?』

「……ダメだ、こんな勝ち方では」

『どういうことだ?』


 フロリナとしては、技で勝ったということに不満が残っているらしい。


「技にだけ頼っていては、本当の剣士とはいえない……」


 いやいやいや、ゲームだから! 技使って当然だから!


「くっ……グスタフ殿や、ジョージ殿のようになるにはどうすれば……」


 目標が高いことはいいが、技を使わなくては勝てないぞ? それに、スキル構築ビルドも同様に重要だぞ?


『……グスタフさん』

「うむ」


 俺とグスタフは一歩前に出ると、ヴェイルに再度提案をする。


『……まずは俺達の模擬戦でも見てもらいましょうか』



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