クールタイム
「――あれ?」
ここは――
「私達の家ですわ。主様」
聞きなれた声のする方を向くと、ラストが俺の顔をのぞき込んでいる。
辺りをぐるりと見回すと、見慣れた部屋に見慣れたベッド。そして俺のTMがそばにいる。
俺はキーボードを呼び出し、いまだに眠気が取れていない目を擦りながらラストに疑問をぶつけた。
『……どうして家にいるんだ?』
俺の率直な疑問に対し、ラストはふぅと息を漏らして半ばあきれながら答えを返す。
「……それは主様が《血の盟約》を連続使用したせいで、精神汚染と疲労が蓄積された結果です」
『……ああ、そういえばそうだったか……』
俺の記憶は撤退していく敵軍隊を見送りながら、何とか刀を納刀したところで消えている。
『……あの時は危なかったな』
《血の盟約》は効果発動を終えた後、通常なら連続使用など不可能なほどのクールタイムが置かれる。しかし今回のようにLPを更に注いで深度を深めることで、連続発動させることもできる。
だがそれは諸刃の剣でもあり、籠釣瓶からの精神汚染を受ける時間を伸ばすことにも等しい。《血の盟約》が発動されている間は精神汚染から逃れることは可能だが、それは一時的に気を紛らわせているに過ぎない。
「…………」
部屋の刀掛けにかけられている破魔ノ太刀をそっと手に取る。そして恐るおそるそれを抜刀できるかどうか、確かめてみる。
「……ッ!」
少し力を入れなければならなかったが、それでもこの刀はまだ白い刀身を俺に見せてくれている。
『……まだ、大丈夫そうだな』
汚染は進んでいるが、俺はまだ俺のままだ。
「っ、主様!!」
俺がいそいそと刀を収めようとしたところで、ラストは珍しく声を荒げた。
俺が目を丸くする中、ラストは続けて俺にしかりつける様に疑問をぶつける。
「主様は、ご自愛をなされようとはしないのですか!?」
『何を言っている。あの場ではあれが最善策だと――』
「それは主様がご自分の身を顧みなければ、最善策となりえたでしょう! ですがこの現状を見て、主様はまだそれを言えるのでしょうか!?」
言われてみれば、確かに自分は戦場で戦っている途中で気絶していた。そして今も、なんとなくだがいつもより力が入らない気がする。
「…………」
「……お願いです……どうか……」
この日はいつもと違って、媚びるわけでも誘うわけでもなく、ラストは心から心配して俺の手を取り握りしめる。小刻みな手の震えが、俺の手に伝わってくる。
「……どうか、ご自愛を…………僭越と、お、お思いでしょう……ですが、私のお願いを……どうか……」
伏した目には大粒の涙が溜め込まれ、頬を伝って手に落ちる。
『……本当に、悪かった』
流石に、これは反省すべきだったか。自分のTMにここまで心配をかけてしまうとは、マスターとして失格だな。
『これからは、お前の意見もきちんと聞こう……ラスト』
「ぐすっ……っ、はい」
震える身体を引き寄せながら、俺はラストの耳元でこういった。
『……これからも俺が間違った答えを出そうとしているなら、全力で止めてくれ』
「…………はい!」
これで、機嫌を直してくれればいいが。
「……ふふっ、主様……」
ラストはようやく機嫌を戻したのか、俺の背中に手を伸ばして抱きついてくる。
『……かといって、いつも以上に密着していいとは言っていないぞ?』
「あ、あははー……」
全く、油断も隙もありゃしない……
だが、これもまたいいのか……?
◆ ◆ ◆
『――皆には悪かったな』
久々に《殲滅し引き裂く剱》の円卓会議に出席した気分だ(実際は二日ほどしか眠っていなかったらしいが)。
とりあえず五人には迷惑をかけたと一言謝ったが、その反応はさまざまになって帰ってくる。
「……気持ち悪いんだけどその言い方」
「おやおや、その割にはキリエさんが一番このなかで落ち着きが無かったようですが?」
「ッ!? シロさんそれは言わないでって――」
「あらぁー? まーたあの刀を開放しちゃったの? 結局ジョージは人斬りのままねぇ」
「ジョージさん、少しは周りに心配をかける可能性とかを考えてください!」
「イスカ殿のいうとおり、ジョージ殿は少しなりふり構わぬ所が見受けられる。自重されよ」
『……悪かったよ』
フード越しに頭を掻きながら、俺は改めて席につく。何だかんだでみんな俺のことを心配してくれていたようだ。
「全く、貴方が二日欠けただけでも効率は悪くなるんですよ?」
『だから悪かったって言っているでしょ?』
「……誰かのことが気がかりのまま、上の空のまま作業をしても効率が悪いだけですからね」
『……そうだよな』
とにかく、今日から前線に復帰できそうだ――
「あ、そうそう、ジョージさんはしばらく前線から引いてもらいます」
『……えっ?』
「敵からすればいるはずのない場所に《刀王》がいたワケですから、ブラックアートにもマシンバラやキャストラインの魔の手が伸びているようです」
『それの俺の前線撤退に何の関係が?』
「貴方は敵に手の内を見せすぎている気がするので、しばらく貴方は使えないです」
『だがまだ俺は全ての技を使ってない――』
「使う前にそれなりの対策を打たれているとマズいでしょう?」
ぐっ……何も言い返せない。
だがしばらくここにいられるということは、結果的にはいいことなのか……?
「ですがご安心を。貴方が護衛という形でここに残っている間、とある訓練所の特別講師として働いてもらいますから」
『……は?』
「前任のベスさんとイスカさんでは色々とマズかったようで」
「あらぁー? 私は普通にしていただけなんだけどー?」
「ベスさんが訓練生をボッコボコにして笑っていたのがダメだったみたいで……」
なんとなくその場を想像できる。ベスが片っ端から瀕死に追いやって笑っているのが目にくっきりと浮かんでくる。
「私としてはサブの武器スキル向上には丁度良かったんだけどねー?」
『……とにかく、俺が後任としていけばいいんだな』
「ええ。今回はジョージさんと……それとグスタフさんに残ってもらいましょうか」
え? マジで?
「…………」
「……露骨に嫌そうな表情をされると、それがしもへこむのだが」
『いや、別にそういう顔はしていないですけど……ただ有効な攻撃手を退いておいて良いのかと思っただけで』
「その点についてはご安心を。ベスさんを代わりに前線に送りますから」
それなら安心……なのか?
『……まあいいけどよ』
それより俺個人はグスタフさんとはあまり絡んだことはないんだよな。
この際だから、色々と話せる仲にはなっておきたい。
「今日はジョージさんが戻ってきたからよしとして、実質的には翌日から動いていただきましょうか」
『分かった』
「承知した!」
それにしても訓練所か。どんな奴がいるんだろうか、少し楽しみだ。




