NPC
「――まさか、そんな事になっていたなんて」
『話は周辺住民からも聞くと良い。誰もが見ているはずだ』
まさか贔屓にしていた貴族が七つの大罪で、しかもこの街を乗っ取ろうとしていたとなると、流石に余裕の応対をしていたミリアの表情にも焦りが見えている。
「……本国に報告するべきかしら」
「…………」
今のところ、彼女の反応に何らおかしなところはない。本当に予想外のことが起きていたらしい。
『更に俺達が討伐した際、本来ならTMになるイベントが起きるはずなのだが、今回それも起きずにプライドはそのまま消滅した』
誰かのTMになっている可能性も示唆すると、ミリアはますます深刻な表情となって考えを巡らせる。
「まさかブラックアートを狙ってくる国がいるなんて……」
恐らくブラックアートが小規模な国家と知って、内部からどうにかしようとしている勢力がいるということであろう。ミリアは俺の考えと同じ答えに至ると同時に、俺の期待していた通りの言葉を並べてきた。
「……申し訳ないけど、先日の共同戦線を結ぶ件についてもう一度考えさせてもらえないかしら?」
『構わない。もとより、こっちにとって喜ばしい話だ』
俺はもう一度共同戦線における条件を提示(ただしちょっとだけこっちが有利になる様に)し、最後にこう言って神殿を去った。
『では、色好い返事を待つことにしよう』
◆ ◆ ◆
「やっと、市場で物色ができるー!」
キリエはそう言って早速市場の方へと向かおうとしたが、その前に自分の所持金の入った麻袋に、探知魔法をかけ始める。
「次は、取られないようにっと」
「…………」
「主様、私も――」
『……ハァ、行ってこい』
「えっ、あ、ありがとうございます!」
どうやらラストの方も欲しいものを既に見つけていた様で、俺を置いて市場の方の人ごみへと消えていく。
『俺はここで待っているから、しばらくしたら戻って来いよー』
聞こえているのか知らないが、俺はそう一言だけ告げると、そこらの住居を構築しているレンガの壁にもたれかかり、市場の様子をぼーっと眺めることにした。
「…………」
それにしても活気のある街だ。こうも活気があると我がベヨシュタットの城下町のことを思いだす。あそこの市場の方がにぎわいといったら、ここを軽く上回るものだが。
しかし集合場所のため動けないとなると、急に自分の目に映るものすべてに興味がわき始める。
あの小さなビンに入っている緑色の液体は何だ? ポーションか? それとあっちの黒曜石でできている置物は何だ?
いかんいかん、自分の職業は侍。このような呪いの類の道具は、職業上使わないというより使えない。
『……少し魔法もかじっておけばよかった』
なんて、スキル構築もほぼ完了している俺が言える言葉ではないか。
『……そういえば昼飯まだだったな……』
プライドとの予想外の戦闘のおかげで、腹の虫が今更になって鳴り始める。
『あいつ等が帰ってきたら飯でも食うか……』
最後に魔法職の街の名物料理でも堪能してから帰るのも、悪くないか。
『……それにしても』
七つの大罪を送り込んだのはどこの国だ? 《デューカー》か……? いや、あんな暑苦しい国に高貴な吸血鬼など似合わないか。ならば…………冷静に考えれば、こんな潜入任務のようなことをさせる国は一つしかないか。
『……《ワノクニ》』
隠密業を生業とする国なら、こんなことをしても何らおかしくはない……か。
だがそれにしてもやり方がおざなりすぎる。プライド一体だけを置いておくとは、七つの大罪を過信しすぎじゃないのか?
「…………」
止めだ止めだ。今俺一人で考えても無駄だ。情報を持ち帰ってギルドで共有して話し合った方が、もっといい案が思いつくかもしれない。
『……さて、そろそろ時間か』
俺はラストが繋いでおいた【意思憑依】でラストに語りかけ、集合場所に戻ってくるように指示する。
『“そろそろ戻って来い”』
「“主様、しかし――”」
『“俺の言う事がきけないのか?”』
「“……分かりました”」
しょぼくれたような声が聞こえたが、命令は命令だ。あくまで俺が上位の存在で、ラストは俺のTMだ。
しばらくすると、明らかに肩を落とした様子でラストが俺の前に現れる。
「ハァ……」
『何をしょげている。キリエを探すぞ』
「……はい」
『……探すついでに、買い物も済ませるんだ』
「っ、はい!」
……つくづく甘いな俺も。
さて、どうせならこの召喚用の手袋も新装しておこうかな。
◆ ◆ ◆
『――おいキリエ、そろそろ帰るぞ』
「あとちょっとだけ待って! ……うーん、INT(知力)が高い方を取るべきか、DUR(耐久力)が高い方を取るべきか……」
俺個人としては、キリエはDURが低い分補った方が生存力が高まると思うが。
「迷うわね……」
『お前まだここにいるよな? いるならこの周辺で俺達も見てまわっているから、終わったら呼んでくれ』
「分かったわ……やっぱりナイフを扱う分PRO(器用さ)も上げるべきなのかしら……」
やれやれ、まだ時間はかかりそうだ。
『ラストは気になる物品はないのか?』
「そうですね……これからも主様を支えていくためにも、やはり長所であるINTを伸ばしたいのが本音ですわ」
『そうか……』
それにしても時々忘れそうになるが、俺の目の前にいるラストはあくまでNPCだ。このように流暢な受け答えができるとはいえ、ゲーム内のNPCに過ぎない。逆に言えば、それだけこのゲームが凄いという訳だが。
そしてそんなNPCにベッドで襲われた俺って一体――
「主様!」
『ん? どうした?』
「これを見てください……!」
ペアリング? 何故そんなものを?
「これを互いにつけていると、防御に関するステータスが底上げされるようですわ」
『ふーん……』
しかし一度つけたら装備解除できなくなるようだが。
『確かにそれは装備アイテムとして魅力的だが、流石に外せないとなると色々と面倒に――』
「しかし主様! 主様はその耐性のあるコートだけで、元々の防御面が不安です(他の女性に対する防御も甘いのですが)! その不安を、この指輪は拭ってくれるのです! ぜひご検討を!」
「…………」
なーんかそうぐいぐい来られると、逆に裏が見て取れちゃって悲しいなあ。しかもこれ薬指につけるタイプのあれじゃん。絶対またギルドに帰って一悶着あるだろ……。
『……今はそういうのはナシだ』
「今はって……ではいつだとよろしいのですか!?」
『いつでもよくねぇよ!』
「くっ、流石にアピールが直接的過ぎでしたか……!」
いやそういう次元の問題じゃないから。
『それ以外に、防具や服装とか気になるものは無かったのか?』
「いいえ、主様がくださったこの服に勝るものなどありませんわ!」
そう言ってラストはここぞとばかりに俺の手を自分の胸に当ててアピールをする。天下の往来でそれは止めなさい。
『……無いなら、キリエの所に戻るぞ』
「……主様のいけず」
こんな短時間でもラストは様々な表情を俺に見せる。そういう度に、ふとこいつは本当にNPCなのだろうかと、俺は疑問に思うのであった。




