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七つの大罪

 豪邸というだけあって門と家までに少しだけだが歩く距離があり、キリエもその距離を歩いたことで少々頭を冷やすことができたようだ。


「……とはいえ流石に正面から盗まれたお金を取り返しに来ましたっていうのは、マズいわよね」

『ようやく気がついたか』

「うるさい。三百万も取られていない癖に」

『俺だって百万とられているんだ。落ち着け』


 まあ俺の場合、家にあと一千万はあるワケだが(ラストが計画的に使っていればの話だが)。

 敷地に入ってしまったのは仕方がない。ひとまず挨拶に来たというていで面を拝むのも一興。

 玄関のドアには呼び鈴の代わりにドアを叩くための輪っか状のノッカーがついている。俺は中にいる者を呼び出そうとドアノッカーに手をかけた。すると俺の手は何故か勝手に奥へと引っ張られていく。気がつくとドアは勝手に開き、来訪者を中へと誘っている。


「…………」


 うわ、罠の臭いがプンプンするんだが……どうするか……?


「……まさか、取っ手に何か魔法が……?」

「取っ手は客人が来たら自動で空くように、魔法をかけている」


 ドアの空けた隙間の先から声が聞こえる。こうなると仕方がないと、俺は中途半端に開いたドアを開け、中へと入っていった。

 ――天井からつるされるシャンデリア。そして中央広間から奥へと続く階段の先には、巨大な絵画が壁にかけられている。絵画の前から階段は二手に分かれているが、そこから先は玄関前では見ることが出来ない。

 そして二手に分かれた階段の左側から、恐らくここの家主であろう男がゆうゆうと降りてきているのが見える。


「こんばんは……貴公等は一体……誰かな?」


 男爵という言葉が頭をよぎる――それほどに優雅な姿を、男は見せつけている。

 口元の髭は整い、切れ長の眼光は相手に威圧感を与えてくる。襟元は一寸の狂いもなく正され、服装は貴族として一切恥の無い正装をしている。

 男は不敵に笑っていたが、この時の笑顔は俺に向けられていたものではないということを、今の俺は気づくことはできなかった。


『お初に御目にかかる。俺の名はジョージ。ベヨシュタットで侍をしている』

「ホウ……侍が一体何の用かな?」

『貴殿の屋敷を拝見したところ、この地の有力者とお見受けした。となるとぜひ挨拶をしておきたいと、我々は不躾ぶしつけながらもここに来た次第で』

「クク、それは光栄だ」


 男は上品に笑いながら、俺達のいる広間にまでゆっくりと降りてくる。俺はフードの奥でとっさに辺りを見回したが、高級そうな装飾品や家具が置いてあるだけで、メイドや使用人の類といった人物は見受けられない。


「確かに私はここナヴェールで一番の貴族だ。ここで一番力を持つ者だ」

「…………」


 本当にそうなのであろうか。その割にはさっきも言ったが男爵直々に来る必要はないと思うが。


『では、貴方の名前をお伺いしたい』

「失礼、名乗っていなかったか。私の名は――」

「プライド。ここで何をしているのですか」


 男の言葉をさえぎったのは、俺の予想だにしなかった人物であった。


「……クククッ、よく見ればやはり、見知った顔がいるではないか。ラスト」


 ラストはこれほどにもない程の不愉快そうな目つきを、目の前の男爵に向けていた。対する男爵は、ラストのその姿を見るなり顔を歪めて笑い始める。


「その男の娼婦にでもなったのか? えぇ?」

「ボロきぬ風情が、黙りなさい」

「ククク……あの気丈な魔女が、こんな男に屈服させられるとはな……《七つの大罪セブンス・シン》の恥さらしが」

「殺すぞ腐れ蝙蝠……」

「娼婦に成り下がった分際で、誰に口を利いているつもりだ? たかだか二百そこらしか生きていない小娘が、調子に乗るなよ……!」


 まさかの《七つの大罪セブンス・シン》同士の激突に、キリエの顔から血の気が引き始める。

 それにしても《七つの大罪セブンス・シン》か……久々に聞くな。

 《七つの大罪セブンス・シン》とは、このゲームにTMタクティカルモンスターのアップデートが来たときに追加されたコンテンツの一つだ。

 その名の通り、憤怒ふんぬ傲慢ごうまん・嫉妬・暴食・怠惰たいだ・強欲・色欲しきよくの七つの大罪に沿ったユニークモンスターが設置され、激烈な難易度の高さと引き換えにクリアすれば強力なTMを引き入れることが出来るというレアなイベントだ(ちなみに各大罪を司る者は一体しか世界に存在せず、事実上七体の強力なTMを奪い合うということになる)。

 そしてこいつ等がどこにいるのかというと、ラストのようにダンジョン最深層に居座っていたりすることもあれば、草原を歩いていると運悪く(?)遭遇したというケースもあるらしい。

 そしてこのように貴族になりきっているパターンを見るのは、俺は初めてだ。更に言えば《七つの大罪セブンス・シン》同士は意外とそりが合わないということを初めて知った。


「小娘が、この場でバラバラに引き裂いてやろうか……」

「時代遅れの呆け爺の頭など、綺麗に割って差し上げましょう」


 もはや一触即発といったところで、俺は仕方なく間に割って入る。


『今日は戦いに来たわけではない。ラストも、プライド殿もこの場は矛を収めて欲しい』

「ぐっ……あ、主様がそうおっしゃるのであれば」


 ラストの方は収まってくれたが、プライドの方は相も変わらず笑ったまま戦闘姿勢を崩さずにいる。


「何故小僧に止める権利がある? 我々の闘争が、たかが小僧に止められるとでも思ったか!?」


 プライドがその右手を振るうと、屋内だというのに雷撃がこちらに一直線に向かってくる。

 轟音を立てて光速で近づくいかずちは、普通の抜刀法では間に合わない――


『抜刀法・神滅式かみごろし――』


 ――裂空れっくう


「ッ!?」


 雷撃が空で二つに切り裂かれていく――

 流石のプライドも、回避できぬ雷の一撃を切り伏せれらたことに対し、目を見張らざるを得なかった。


『……確かに今の我々では、《七つの大罪セブンス・シン》である貴殿を倒すことは出来ないかもしれない。だが俺一人で、あんたを止めることぐらいはできる』


 破魔ノ太刀による呪文スペルカット。そしてここで初めて俺が使った抜刀法・神滅式。

 雷属性の魔法は少々特殊で、発動とほぼ同時に着弾する特徴を持つ。だがこちらの抜刀法はゼロ秒で対象を斬る事ができる。このほんの少しの差で俺は雷撃を切り伏せることが出来たのである。


「……クククッ、確かに今戦うのは互いに得策とは言えんな……だが覚えておけ。人間風情がこの俺、プライドにかなうはずがないと」


 男爵の男は怒りに顔を歪めながら、屋敷の奥へと文字通りに消えて行った。



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