居候
――剣王が治める首都ベヨシュタット。総人口五十万人(NPC含む)という大規模な都市であり、街の中心に剣王住まう城が悠然と立ち、そしてまるで外から守る様に巨大な石壁が街の周囲に建てられている。
文明レベル、B。これは現実世界でいう所の丁度中世らへんの文化レベルを持っているということだ。外界には文明レベルがもっと高い所もあるらしいが、まだ見たことは無い。恐らく械王とかその辺が仕切っている街のレベルは高いのだろう(何せ機械を司る王だからね)。
『ふぅ……今日の分の食料も確保できたし、後は――』
家に巣食っているあの魔物さえどっかいってくれれば……この際ピンポイントで家に隕石が落ちて来たってことでもいい。何とかリセットされないものか。
「…………」
そんなことあるはずなかった。レンガでできた俺の家は、今も立派に建っている。
『…………まだだ』
まだ希望はある。丁度奴が出て行ったところで家にカギを閉めれば――
「おかえりなさいませ、貴方さまぁ!」
……俺は玄関前で呆然とし、そして俺を呆然とさせた存在は玄関を満面の笑みで開けて俺を出迎えた。
「今日はいかがいたしましょう? お風呂、ご飯? それとも――」
呆然とする俺の耳元で、それは色っぽく甘ったるく囁く。
「わ・た・く・し?」
『要らないから!』
俺は即座に振りほどくと、その頭痛の種と改めて向き合う事にした。
「うふふ、照れなくても私はいつでもオッケーですわ♪」
一見おしとやかそうに見えてその実このようにかなり積極的な性格(とくに性に関して)、そしてその肉付きの良い身体は見る者をとても悩ましい気分にさせる。そんなステータスを全て魅了に割振ったような女性が、俺の目の前に立っている。
「この幻魔を打ち破ったのは、貴方が初めてなのですから……」
そう言って両手をほおに当て顔を赤らめたところで、改めて彼女が人外であることを再認識させられる。
それまで大人しかった黒色の瞳は鮮やかな赤に染められ、興奮しすぎたせいか背中の布を突き破って蝙蝠に似た翼が生えてくる。
「ハァ、ハァ……あの時の興奮が……収まりません…………んっ!」
え、ちょっと待って。何で今身震いしたの? 何でプルッてした後足をもじもじしてるの?
『…………』
「ハァ、ハァ……っ、もう我慢なりません、今すぐ寝床に――」
『行くワケないでしょ!?』
……この目の前にいる魔物が、俺が一対一で倒したクラスSで、現在配下のTMである幻魔・《ラスト》だ。最初に立ち会った時と今とでは印象は百八十度違っていて、それこそ「よくこの幻獄最深層・《ミラージュ》まで来たな。我が名はラスト。幻界を司る魔性の者なり」なんて今より露出度が高い服ではあるものの、その大層な雰囲気でもって俺を苦しめてきた。が、今となってはこの通りだ。
『とりあえず帰ってくれない?』
「ええ、私達の愛の巣に帰りましょ♪」
いや自分の家に帰れよ。幻獄再深層・《ミラージュ》がお前の家だろうが。
文句を言っても帰らないのは知っている。だから俺は毎回毎回、ため息をつきながらも家へと入っていくのであった。