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騙し合い

「ウフフフ……」


 不気味に笑う女性の左目は、謎の魔法陣によって塗り潰されていた。本来なら目がある部分が潰され、上書きされているかのように魔法陣が敷かれている様は、見る者に一種の恐怖心を植え付けさせる。


「初めまして。私がこのナヴェールを統括しているミリア・アルベールよ。よろしくね、刀王様」


 ミリアと名乗る女性はそう言って、テーブル越しにわざわざ俺に向かって手を差し伸べてくる。

 俺はまだ自己紹介をしていないにもかかわらず、相手はこちらが刀王だということを既に知っている。そのビジュアルも含めると、俺は正直言って目の前の女性が一気に苦手になった。


『……よろしく』


 返事は返したが、その手を握る度胸は俺にはなかった。


「あら? 手は握ってくれないのね」

『……それは――』

「手に【思考読取マインドスキャン】を仕込んでおいて、よく言えるわ」

「全くですわ。主様の賢明な判断に泥を塗らないで下さるかしら」


 え? そうだったの?


「あらあら、そちらのお二方にネタばらしされてしまいました」


 ミリアは口元を手で隠すかのように笑うと、流石に茶化し過ぎたと反省(?)をする。


「ほんの戯れよ? それに剣を扱うとはいえ、この程度の引っ掛けに引っかかるような輩を送られてもこちらとしても困るわ」

「私の主様を相手に、このような児戯でひっかけようという方が困るのだけれど」

「…………」


 仮にこの不気味な女性じゃなくて、無邪気な少女だったら俺は引っかかっていたぞ普通に。ラストもそんなに偉そうにしないでくれ逆に恥ずかしい。


『ゴホン! とりあえず、本題に入りたいのだが』


 俺は口で咳き込んだ後にキーボードで発言すると、ミリアはやれやれといった様子で奥の間へと案内を始める。


「適当にかけて頂戴。安心して、椅子に仕掛けなんてしてないから」


 とはいえさっきの手前素直に座る訳にはいかないようで、ラストとキリエは魔法解析マジックアナリシスを一通りかけ、本当に何もないと確認するとようやく席に着いた。


「あら? そんなに怪しいかしら? 刀王様の様に素直に座ってもらって構わないのに」

「ん…………」


 俺は何とも言えない声を漏らしながら、改めてミリアと向き合い、話し合いを始めた。


「で、確かベヨシュタットはキャストラインとの戦闘中、キャストライン側の後ろ盾としてマシンバラが割り込んできたから、ブラックアートと手を結んで対抗しようってことよね?」

『そうだ。あんた達はマシンバラともキャストラインとも手を組んでいないどころか、一切関係を持っていない。更に遠距離魔法職の国が後ろにつけば、敵もおいそれと手を出しづらくなる』

「でもそれって、私達ブラックアートには何のメリットはないんじゃないの?」

『ある。一応この大陸では一番領地が広く治安がいいベヨシュタットと、定期的な交易も組めるほか、互いに防衛が――』

「だぁから、別にブラックアートの方も自立ができてるって言ってんのよ」


 俺の言葉に対し、ミリアは下手な外交官の下らない空想話と切って捨てる。


「それに私達ブラックアートはどことも交戦状態じゃないし、交易も大陸外とうまく出来ているから。それをわざわざ戦火に突っ込んでいくのはアホらしいって、立場が逆なら分かりきった話でしょ?」

「…………」


 確かに、一理ある。ブラックアートはお世辞にも大規模国家とはいえないが、かといってどこかの国から狙われている気配もない。


『……確かに今はそちらの国にメリットはないかもしれない。だがいつかこの協定が役に立つ日が――』

「こない。永遠に」


 ミリアはニコリと笑うと、話を切り上げるかのようにその場を立ち上がる。


「協定の件はこれでおしまい。でも大切なお客様をそのまま返す訳ではないわ。今日の所はここに泊まっていってちょうだいな」


 ミリアはそう言って俺達を客室へと案内し、最後に「私は大広間の方にいるから、何かあったら呼んでもらえると嬉しいわ」とだけ言って、広間の方へと戻っていった。


『……やはり当たり前と言えば当たり前、か』

「どうするの? このまま協定結べずに帰っても、シロさんから何か言われそうだし」

『サラスタシア卿の面子も潰してしまうしな』


 どうにかしてこの国の問題点を探し出して、そこをうまくつついて協定を結べないものか。


「…………」


 とはいえ、夜も更けている。俺は何か事件でも転がってこないものかと不吉な考えを持ちながら、この日の眠りにつくことにした。



     ◆ ◆ ◆



 ※(ここから三人称視点です)


「――す、すげぇ、あのドレスの女、こんなに金を持っていやがった」

「どっかの貴族でもひっかけたのか? よくやった」


 ナヴェール下水道――魔法廃棄物による異臭と劇物が散らばっている、この街で一番汚い場所だ。

 もちろん普通の人間が住めるはずもなく、何らかの異形の者ぐらいしか住むことはできないだろう。

 そう、人を模った彼らのように――


「き、今日も上手くばれずに済んだぜ、兄貴」

「だがスリの噂は確実に広がっている……そろそろ潮時かもな」

「あ、兄貴ぃ、俺もう少し稼げる気がするっすよ!」

「駄目だ! 俺達の山を取り戻すために、今は慎重になるべき時期だ」


 醜く曲がった鼻、緑色に濁った肌――

 膨れ上がった肉体を持つ兄と、布一枚かぶせれば普通の人間と大差ない様に見える細身の弟というトロールの兄弟が、下水道に住まわっている。


「こ、これをあのお方に持っていけば、この土地はもらえるんだよな!?」

「そうだ……あのお方に持っていけば、上の人間は俺達のくいもんになる」

「お、おで、毎回盗むときに、喰いたいの我慢してきた、でも、しなくていいんだな!?」

「ああ……女は柔らかくなるまで煮込んで、男は焼いて食っちまおう……」


 なれない人間の言葉を駆使しながら、二人の化け物は会話を続ける。


「あ、あのお方は、我らのような、も、者にも優しいからな!」

「ああ、あの偉大なるプライド様こそが、全ての生物の頂点に立つべきお方だ」


 そう、血吸い鬼であるあのお方がな――



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