呪縛
「ちょっと見なさいよコレ! INT(知力)とLUC(運)が上がる指輪とかあるじゃない! こっちにはMIN(精神力)とDUR(耐久力)を一時的にあげる薬もある! うわー、ベヨシュタットには無かった一品ばかりじゃん!」
おい、会合はどうした。
『ちょっと待て、先に話しを通しに――』
「これ見てよ! すっごい!」
まるでオモチャ屋に来た幼い子供の様に、キリエはあっちへ行っては驚きこっちへ行っては驚きと、ナヴェール市場の露店巡りを楽しんでいる。
現に俺を引っ張ってはどんどん市場の奥へと向かい、本来向かうべき山頂方面ではなく、山の外周をまわり続けている。
「流石は本職、魔法剣士の私が望んでいた一品に巡り合えそう……」
『ネルメロの宝石店には無かったのか?』
「あー、あそこは時々行くけど自作した方がいい付呪を付けられるし」
自作しているのか……それはいいとして、そろそろ引き上げないと衝動買いする勢いだ。
『おい、また後で見てまわれるだろ。そろそろ行くぞ』
「えぇー、もう少しだけ――」
「下郎風情が、主様の手を煩わせるな」
またラストはそういうことを言う……。
『全く、最初に言ったはずだ。ここに来た目的は何だったんだ?』
少々説教くさかったが俺がそういうと、キリエはムスッとした表情で渋々納得した。
「……分かっているわよ。ちょっと舞い上がっていただけ」
『……後でまた見てまわればいい。その時は付き合ってやる』
「…………ありがと」
さて、行くとするか。まずは――
「あー!?」
なんだよ今度は。いい加減にしろよキリエ――
「金貨を……盗られてる……」
『何?』
キリエは服のポケットを探ったり、ステータスボードで金貨の入った袋が無いか確かめたりしたが、そのような類の物など一切表示されずただ「所持金0G」という表示だけがキリエの眼前につきつけられる。
「この日の為に……魔法職の街でいっぱい買い物をするって溜めておいたのに……」
『……いくら入っている』
「三百万……」
「エッ!?」
三百万っていったらこの世界だと家がたつほどの値段だぞ!?
『どこで盗られた!?』
「分からないわよ! 露店の方に集中していたから――」
俺は自分の所持金を確認したが、そっちの方は無事。とするとキリエだけ露店の方へと向かって離れていた間に取られている可能性が高い。
『探知魔法とか――』
「覚えていないわよ! ……せっかく溜めたのに……ぐすっ」
ラストの方にもそういった類の魔法を覚えていないか聞いてみたが、「事前に対象に魔法陣を仕掛けておく必要がありますので……」と言われてはどうしようもない。
悔しいが、今は盗人を追う手だてはない。俺は警戒を強めると共に、見つけたら唯ではおかないと強く決心をする。
そして今にも泣きだしそうなキリエを前に、俺は仕方なくこういった。
『……分かった、こうしよう。俺が今持っている分をお前に貸してやる』
「っ、でもそれじゃ――」
『俺の職業は侍だ。こんな魔法職メインの街で、自分の買い物をする予定はない』
「……ありがと」
何とか嗚咽を抑えたキリエは俺と手を繋ぎ始め、大人しくしている。
俺はその状態のまま、嫉妬に怒り狂いかけるラストの手も引いて山頂への道を歩き始めることにした。
『……冷静に考えたら手をつなぐ必要ないんじゃないか?』
◆ ◆ ◆
『……神殿か?』
山頂までの道を登り終えた先に、厳かな神殿が現れる。両脇には青白い炎が揺らめき、妖しげな雰囲気を醸し出している。
『……入るか』
俺がそう言って神殿の巨大な扉に手をかけようとした、その時だった。
「「待って!」下さい主様!」
キリエとラストがほぼ同時に、俺が扉に触れようとするのを制する。
『どうした?』
「魔法陣が扉に設置されている。むやみに触ると魔法が発動するわ」
『……マジで?』
キリエからその言葉を聞くなり、俺は取扱い危険物から離れるようにゆっくりと扉の後ろに後ずさる。
『……解呪できるのか?』
「出来るけど……その前に魔法解析をかけた方がいいんじゃないの?」
「あら、羽虫にしては賢明な判断ね」
そう言いつつラストが右手を扉の前にかざした瞬間――
「――誰だ」
と、扉が喋った!?
『……何だこれは』
「我は問う。お主は誰だ?」
「……どうやら先ほどの魔法陣は、この扉の門番起動のための魔法陣だったようですね」
ラストがそう解説している間にも、扉は男の顔の形へと盛り上がり、口を開いてこちらに問いかける。
「ここ《ミリアの御殿》に何の用だ? お主は一体何者だ?」
『俺達は剣王の使いでここにやってきた。共同戦線を張るための会合を行うために、この場所を訪れている』
俺は堂々とそう告げた。すると門番はしばらく黙りこくり、再び口を開く。
「……ならば、合言葉を言え」
「…………」
やっべー、合言葉とか剣王から聞いていないんだけど。
『……ちょっと待て!』
「三十秒だけくれてやる」
意外と話が通じた。と、感心している場合じゃない!
『やべぇ、俺合言葉とか聞いてねぇよ……お前達何か知らない?』
「ハァ!? 私が知る訳ないでしょぉ!?」
「主様、私も剣王とは会っていませんので……」
『ここまで来て引き返すのもアレだしよ……』
「そろそろ時間だ」
時間だけが無情に過ぎただけだが、仕方がない。
『……合言葉など聞いていない』
正直に言うしかないだろう。
「何だと……? 合言葉を知らないのか?」
『ああ。俺は剣王から合言葉のあの字も聞いていない』
その後、門番は黙りこくったまま動く気配がない。やっぱり失敗だったか?
そう俺が思っていた時だった。
「……道は開かれた」
男の顔は中心から割れ、扉は地響きを立てて空き始める。
『……どうやら正解みたいだったな』
扉のくせに引っ掛けとかするなよ、全く。
俺は内心文句を言いながら神殿の中へと足を運んだ。薄暗かった大広間に、次々と明かりがつけられる。
「お待ちしておりました。貴方達がそろそろ来るのは、占いによって出ていましたから」
奥にあるテーブルには、一人の女性がフードをかぶってカードを広げていた。カードの配置は俺にはよく分からなかったが、ラストとキリエは一目見るなりこういった。
「「呪符を使うなんて、随分と悪趣味ね」」
その言葉に対し、女性はフードの奥でクスクスと笑う。
「確かに、水晶玉で直接視ようとしたら反撃魔法を撃ってきただけあって、初対面の人に無礼ですね」
「あら? でしたら何故生きているのかしら?」
どうやらラストは知らない間に殺す気で反撃魔法を撃っていたらしく、俺は少しばかり冷や汗をかく。
『悪い、俺のTMが勝手なマネを――』
「いえいえ、当たり前と言えば当たり前よ? ただ――」
女性はフードを取ると、その顔を俺達の元にさらす。
「中途半端に返してきたせいで、呪縛印がまた疼いちゃったじゃない?」
フードの下の女性の左目は、謎の黒い魔法陣によって塗り潰されていた――




