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警告

『――サラスタシア卿、これであんたに一つ借りができたな』

「あら? いつものようにキャリカさん、と呼んでいいのに」

『流石に礼を告げる時くらい、こう言っておいた方がいいだろう?』


 あの後もつつがなく円卓会議が終わる訳でもなく、俺は終始女性陣のくすぶりを回避しつつ、城の二階にある渡り廊下までそそくさと逃げてきたところである。渡り廊下というだけあって外の陽ざしも差し込み、冷や汗を垂らす俺とにこやかにするキャリカを照らし上げていた。


『ったくそれにしても、何であんな挑発行動をするのですか?』

「だってあれくらい主張おあそびしておかないと、王のきさきになるためにはあれ以上のドロドロとした争いだってあるんだから」

『へぇー、そうなんですか』


 興味ないけどね。


「……貴方、自分も王だってこと分かっているわよね?」

『《刀王これ》ですか? これは唯の称号であって、実際に国のトップに立って治めているのは剣王でしょ? 俺自身そんな地位とか権利に興味ありませんし』


 《刀王》だってステータスアップや特殊スキルの為にとっているだけですし。


「……ハァ、貴方って本当に鈍いのね」

『そうか? 刀を扱うぶんPRO(器用さ)は上げているつもりだが』

「そういう意味じゃないの」


 目の前で大きくため息をつかれるとこっちまで意気消沈するんだが。まあそれはさておき、俺はキャリカにお礼ついでに一つ二つ聞いておきたいことがあった。


『そういえば二つばかり聞いておきたいことがある』

「何かしら?」


 キャリカは相変わらず笑みを絶やさずにいたが、俺の一つ目の問いを聞いたとたんに真面目な顔つきへと変化する。


『――《虐殺公ぎゃくさつこう》とはうまくでっち上げたようだが、キャストラインとマシンバラの貴族に対してどうやってごまかしたんだ?』


 俺の問いに対し、一拍ほど遅れてキャリカが口を開く。


「……先に言っておくけど、《虐殺公》は実在するわ」

「……エッ?」


 俺は間抜けな声を素で漏らしてしまった。

 《虐殺公》が実在するって、それってまさか――


『――まずいんじゃないんですか?』

「どうして?」

『え、だってホンモノの《虐殺公》が聞いたら絶対腹を立てるぞ?』

「大丈夫よ。悪人の名前をかたって何が悪いの?」

『えぇー……』


 キャリカの悠々とした態度に俺は唖然となったが、キャリカはそれを無視するかのように話を続けている。


「しかしそれであっても、キャストラインとマシンバラ双方において、他の線で怪しんでいる人間がいるのは事実よ?」

『まあ、そうだろうな』


 協定の期日に都合よく来るというのはどうも怪しい上、俺だけ逃げのびているからな……。


「ちなみに停戦協定についてだけれども、ベルゴールはこちらの領地にした上で、現在の戦線をそのまま国境線にするみたいよ」

『それはいつ決まったんです?』

「私自ら剣王に許可を頂いて、向こうの元老院にあたる人と停戦協定を代わりに結んでおいたわ」

『……感謝する』

「あら、お礼なんていいわ」


 聞く限りうやむやとはいえ、うまく処理できている様だ。これでこの件についてはこれで片付いたことにしよう。次は――


『シルキアについてだが――』

「ああ、彼女ね……出てらっしゃい」


 キャリカが廊下に響くように声を挙げると、物陰からメイド姿のエルフの女性がおずおずと現れる。


「……キャリカ様、これは恥ずかしいですよ……」


 メイド服に着替えさせられたシルキアが、顔を真っ赤にしながらキャリカの横に立つ。


『お前がやとっているのか』

「ええ……奴隷じゃないわよ? キッチリと相応の給料を払っているし、それに元外交補佐官というだけあってマシンバラの情報も快く教えてもらったわ」

「微力ながらですが……」


 シルキアは相変わらず俺と目を合わせようとはせずに、あさっての方向を見て話しをしている――正直に言うとちょっとショックだ。


「ほら、シルキア。ちゃんと相手の目を見て話しなさい。仮にも貴方達エルフ族を開放してくれた救世主よ?」

『いや、いいんです。こいつの前で、俺は怯えさせるに値することをしてしまったんですから』


 声のトーンが落ちていくところから状況を察したのか、今度はキャリカの方から俺に静かに問いかけてくる。


「……あれを、抜いたのね」

『……抜刀するつもりはなかった。あくまで保険をかけていただけだ』

「保険の掛け方を間違えているのよ……何故よりによってあの妖刀を?」

『敵地に単騎で向かうんだ。それくらいは覚悟をしている』


 現時点で妖刀・《籠釣瓶カゴツルベ》の存在を知る者は俺を除いて三人。一人目は当たり前だが俺のTMであるラスト。二人目は先日たまたま《人斬り》を見てしまったシルキア。そして最後は俺の目の前にいる女貴族であり、そしてこの世界では数少ない《聖女せいじょ》と呼ばれているキャリカ=サラスタシア。この三人だけだ。


「精神汚染が進行すれば、それこそ二度と人に戻れなくなる。それくらいは承知の上よね?」

『分かっている……だがそれに見合った価値のあるものを救うためなら、俺はいつだって刀を抜くさ』

「全く……」


 しょうがないとキャリカは肩をすくめたが、俺は本気だ。そんな俺とキャリカの会話を聞いて、シルキアはようやく話の本質を理解する。


「えっ……てことは、この前私たちを助けていただいた裏には、そんな精神汚染リスクがあったということなのですか……?」

『別にそういうつもりで言ったつもりじゃ――』

「ごめんなさい!」


 シルキアはそこでようやく俺と目を合わせ、大きく頭を下げた。


「ジョージさんにそんな危険を冒させてしまったのに、私はただ怯えているだけで――」

『いいんだ。終わった事だ』

「それでも私は、貴方に帰したくても返せないほどの恩を受けました……私にできることがあれば、何でも言って下さい!」


 うん、何でもしてくれるのは嬉しいけど今のところ間に合っています。


『ならばまず、エルフ族をきちんとこの国に適応できるよう努めてくれ。そのための力ならば、あんたの主人も貸してくれるだろうから』

「そうね……そういう事にしておきましょう」


 ちゃんと手伝ってくださいよキャリカ嬢……じゃないと俺のメンツが立たないから。ともあれ、これで憂いも無く次の任務に取り掛かれる。


『ではこれから俺は剣王の元に――』

「待ちなさい」


 その場を去ろうとする背中に向かって、キャリカは待ったという声をかける。


「……貴方、以前私があげたあの刀……まだ抜刀できるのでしょうね……?」

「…………」

「忠告しておくわ。あれが抜刀できなくなったならば、次はないと思って頂戴」

『……肝に銘じておこう』



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