虐殺公
「――困りましたね」
俺の出した報告書を前に、剣王直下ギルド・《殲滅し引き裂く剱》の長であるシロは首を傾げる。
「これ、本当に貴方がやった訳ではないのでしょうね?」
この日ようやく円卓に六人が揃い、各自受け持っていたクエストの報告会を行っているところであった。
シロは俺の提出した報告書を円卓中央へと放り投げると、他のギルドメンバーにも問いかけを始める。
「グランデカジノにて、エルフ族を除くすべての人間が虐殺されるといった事件が、丁度ジョージさんが向かった時に起きたなんて不自然だと思います」
『実際俺も殺されかけたんだ、冗談を書き記す意味もない。それと、残されたというエルフ族は自国の集落に皆避難しているから話を聞くといい。そいつらの誰かも見ているかもしれないしな』
俺はそう言って削られたLPをあえてそのままにしておいて、その場で主張する。
「ですがLPなどどこででも削る事が出来るでしょう?」
『あのなぁ……レベル98のLPをここまで削れるやつがそんなにいるのか?』
半分まで削れているんだが。
「それを言われちゃうと困りますね……」
シロは首を傾げながら、報告書を再びまじまじと見つめ直す。
「全く、トチ狂った貴族が辺り構わず皆殺しにするなんてねぇ……確かあそこは武器持込みできないんでしょう?」
相変わらずゴスロリ服装なキリエは、退屈そうに漏らした欠伸を手で隠しながら、手鏡で自分の服装や髪形など見た目のチェックをしている。そして時折「遠征で《バブリーふわふわお風呂》に入れないなんて、乙女として苦痛だったわ」などと愚痴を漏らしながら、細い指さきにつけられたネイルを見つめていた。
『その通りだ。現に俺もラストに隠して引き渡しておいた黒刀以外、その場で全て没収をくらっている』
まあその後死体から回収済みだがな。
「ふーん……武器を持ち込むなんて、よっぽど介入できる権力を持っているのか、それとも検問からざっくり殺して回ったのだか、おおよそ見当がつくのはこの二つよね……」
「ボクとしては殺し方に注目したいですね。死体の情報によると。斬るというよりは引き裂いていたり、頭蓋を割ったり脊髄をぶっこ抜いたりと、まるで昔の誰かさんのクセに近いような殺され方のような気がするんですよ」
だからシロさん俺を見るなよ。昔の話だろうが……ったく。
『俺は《人斬り》からは足を洗っている。本当だ。それに魔法によって殺された死体もあった話のはずだ』
「あらー? 私としては残念ねー」
シロから報告書を受けとりながらに、ベスは俺の方を向いてにこやかにそう言う。だからもうやらないっての。俺の黒歴史掘り返さないでちょうだい。最近でも顔を真っ赤にして布団でバタバタしているレベルなんだから。
『とにかく、俺は濡れ衣だ』
「はたしてそうでしょうか? はっきり言ってこのせいで貴方自身の敵対国に望む姿勢がとれず、何をしたかったのかよく分からないのですが」
悪かったね、奴隷を見過ごせない性分で……ったく、流石に俺一人ではシロをごまかせないか? とにかく早くあいつが来てくれないと……なんか俺だけ裁判にかけられている気分だから! 弁護人早く来て!
「…………それがしは、ジョージ殿がこのような虐殺をするような性格とは思えん」
俺が心の中で援軍を求めている中、今まで話に入ってこなかったグスタフが静かに声を挙げる。
「《人斬り》時代の事をよくは知らないが、《蒼侍》と呼ばれるようになってからのジョージ殿は、常に弱者の為にその刀を振るってきたことくらいそれがしでも知っている」
『……すまない』
「いや、ジョージ殿は悪くない。悪いのは虐殺をした大悪党だ……!」
その言葉、チクリと胸に刺さります。
「……現状申し訳ないのですが、この事件レベルの虐殺を行えるのはジョージさんだけ。他に新しい証拠が見つからない限りは――」
「あら、証拠ならここにあるわよ?」
一同が一斉に同じ方へと振り向く。そして俺はこの場に新たに現れた者に対して、心の中で感謝をした。
「おや……キャリカ=サラスタシア卿ではありませんか」
過度な装飾など無くどちらかと言えばシンプルな白のドレスに身を包み、目があった相手を威圧するかのような三白眼で辺りを見回す。癖もなくそのまますらりとした長髪の女性が、そんな調子でドア付近に立っていた。
シロはその女性に向かってうやうやしく頭を下げると、女性はそういった表面だけの礼儀など今は必要ないと冷たくあしらう。
「貴方達には悪いけど、貴族として私の耳にもその情報は入っているわ」
キャリカと呼ばれる女性貴族はそう言って、貴族同士での通信手段として最も普及している伝書鳩での手紙を円卓上に置く。
俺は静かに手紙を手に取った。「《虐殺公》現る」という見出しの、物騒な手紙だった。
「私達の間では有名な話で、貴族やその関係者だけを狙って殺す、通称《虐殺公》と呼ばれる人間が存在するのよ」
「貴族や関係者だけを狙って殺す……どういう事ですか?」
それまで黙って話を聞いていたイスカが、キャリカに《虐殺公》という初めて聞く言葉について問い始める。
「《虐殺公》が現れ始めたのはここ数年。いずれも殺されたのは貴族関係ばかりで、そして有名な手口として、貴族しか入れない場所ですら殺されるということ……同じ地位である貴族が、何らかの理由で別の貴族を殺して回ってるんじゃないかって噂がそこから出てきて、それで《虐殺公》と名付けられたのよ」
『随分と物騒な話ですね』
いやはや実際に物騒な話だ。
「今回ジョージ君が巻き込まれたのはその虐殺公の仕業だと思うの。その証拠にほら、ここ」
口でそう言いながら俺の後ろに立ち、俺が持っている手紙のある部分を指さす。
「虐殺公はとにかく惨い殺し方を好むから、ここに記されている様に……これとか正に、虐殺公らしいわ」
キャリカさんが後ろから迫ってくるせいで、頭に柔らかいものが当たっているんですけど……というより普通に人の上にのしかからないでください俺はそういう置物ではございません。
「更に虐殺公の特徴として、奴隷とかそういう弱者には一切手を出さないわ。ジョージ君は一応軍関連の人だから手を出されたんだろうけど」
更に寄りかからないで。密着しているから!
『……あのー、キャリカさん?』
「何かしら?」
『ちょっと引っ付き過ぎじゃないですかね……? ほら、周りの視線が痛いですし』
「貴族に寄りかかってもらえるのよ? むしろ感謝して欲しいくらいだわ」
『幾名かの視線が殺気へと変わっていっているのでやめてください』
特にベス、お前は笑いながら槍を取り出すな、怖いから止めろ……キリエも何に嫉妬してナイフを取り出しているんだ!?
それに対して変に勝ち誇ったような顔つきをしないでくださいキャリカさん。胃に穴が空いてしまいます。
「さて、以上の証拠でもってこの事件は《虐殺公》の仕業だと考えるのが妥当だと思うのだけれど……シロ君?」
「……確かに筋は通っています。しかし《虐殺公》とは……まだ見ぬボスエネミーなのでしょうか……いや、遭遇がレアなユニークキャラという筋も残されている……」
シロは納得した様子であるが、今度はその正体不明の虐殺公についての考察を一人で始める。
「少なくともボクの場合は念の為に《対魔法防護》を多少積んでおかなければ、詠唱破棄で魔法を使われると困りますからね……」
「シロ君はどうやら別の考え中みたいだけれど、皆も納得したかしら?」
キャリカのおかげで俺は何とか容疑から外された。ありがとう《虐殺公》、君のことは多分すぐに忘れるだろう。
「じゃあまたね、ジョージ君」
キャリカは最後に自分の唇に人差し指を当て、そしてそのままその人差し指を今度は俺の唇に当ててきた。
「今度は二人っきりで会いましょう」
『誤解を招くことは止めてください憲兵呼びますよ』
「あら? その憲兵は私に逆らえるのかしら?」
もはや当初あった冷酷なキャラはどこへやらといった様子で、キャリカはその場に争いの火種を残したまま、ご機嫌でその場を去っていった。
「あの女の人も虐殺公に無惨に殺されたら、面白いんですけどねぇー」
「くっ、大きな胸なんて年取ったら醜く垂れてくるんだから! そこらへん少ない頭でキッチリと理解しておきなさいよジョージ!」
「ふ、ふふ不埒です、不潔です! ジョージさんはあんなビ、ビッチに引っかかっちゃダメですよ!」
うわ、本当に面倒事を残して消えていきやがったよあの女……。




