奴隷
「――こちらです」
シルキアに言われるがまま、俺とラストは一つの施設へと足を踏み入れる。
《Club Cyber》――まるでマシンバラの技術力を誇示するかのように、この都市でも近未来的な場所へと案内される。
真っ白に照らされた床に、照明を少なめに抑えることで暗く演出するダンスルーム。曲をスムーズに流すDJはマシンバラ製のヒューマノイドロボット。そしてボディラインを強調するかのようなぴっちりとしたスーツを身に着けたエルフ族の女性が、こちらを誘うかのように踊っている。
『ここだけまるでSFの様だな』
この場に普通の紳士服でいることが時代遅れに感じさせるほど、施設の中は異世界になっている。
「貴方様! 踊りましょうよ!」
『馬鹿かお前は! 遊びに来たわけじゃないんだぞ!』
ここぞとばかりに誘うラストの頭をコツンと叩くと、俺は苦笑するシルキアの後をついてダンスルームを横切っていく。
途中ふと周りを見渡すと、袖の色は白であるものの、明らかに風貌と醸し出す雰囲気が大物だと感じさせる人物が何人か見受けられる。そしてそれらの大抵は、エルフ族の女を自慢げにはべらせていている。
「……どこかの貴族か?」
はたまた俺のようなどこかの国に所属するプレイヤーか? 俺は誰にも聞こえない声量でポツリとつぶやく。
文明レベルがどの程度であろうと、貴族と同じ意味を持つ人物は必ず存在する。ちなみにベヨシュタットの政治には元老院という上院が存在する。大抵はその地域の有力者、簡単に言えば貴族が議員として選ばれることが多い。
俺達は軍事的な事に関してのみ意見を出すことができるが、それ以外の大抵は庶民から選出される国民議会と、先ほど述べた元老院があれこれ言い合いをしながら国を運営しているらしい。もちろんプレイヤーも国民議会の方には選出されることはできる。
剣王はというと「元老院のわがままをいかに妥協点に持っていけるかに頭を痛める」と愚痴を吐いていたが。
「下衆が……」
貴族だと高貴に思えるが、その実下賤な輩が多いこと多いこと。自らの利益追求の為に国を裏切る者もなかには存在するほどだ(大抵はシロやベス、場合によってはキリエによる粛正という名の虐殺を喰らうことになるが)。
そして俺はというと、今にもこの場にいる奴等にはつばを吐きたいほどに苛立ちが募る。それは以前に俺が領地内にいる別のエルフ族の奴隷解放クエストを受けた事も原因かもしれないが。
『……シルキアよ。ここにいるエルフ族は望んでこのような事をやっているのか?』
俺からの率直な問いかけに対し、シルキアはこちらに背を向けたままその場に立ち止まっている。そしてしばらくしてから言葉を詰まらせるかのように話を始めた。
「えっと、それは――」
「おっとお客さん、ここではよその詮索は止めていただけますかい?」
今まで寡黙にコップを洗っていたバーテンダーのロボットから、突然音声が再生される。バーテンダーは人間らしい顔ではなく、代わりに顔にあたるところにカメラが取り付けられている。
「ここはあくまで娯楽を求める場所。争い事なら街の外で! そこの兄さんもいいね?」
「…………」
「えっと……そういう事です……」
シルキアはまるでその場にいない誰かの警告でも受けたかのように、歯切れ悪く話を終わらせる。
まるで、この話は禁句であるかのように。
『……そうか』
ベスやシロなら問答無用に問い正せるだろうが、俺にそんな度胸はあまりない。
「……では、案内します……」
シルキアはまるで淡い期待を潰されたかのように沈んだ顔で、エレベーターのボタンを押す。
エレベーターが静かに上昇すると、微かに重力への逆らいを身に感じる。
『……ふむ』
それにしても上手く出来た奴隷制度だ。「奴隷」という外部からの嫌悪的なイメージを殺ぎ落とし、あくまでここで働く従業員というスタンスでいる。その業務内容というのは、娼婦まがいのことをさせられているだけのようだが。
そしてここで俺が気づいたのは、袖の色を白色にして武装解除をさせることは、何も客側を守るためだけという訳ではないということだ。
俺のように力のある者――この街をひっくり返すことができる者を奴隷たちが見分けられないようにするためだろう。仮にそういう人を見つけたとして助けてほしいと願ったとしても、いたるところにある監視カメラがそれを見逃さない。そして武装解除されていることから、その人物もたやすく捕えられる。
いやいや全くもって、小賢しい。
微かなあがきすら潰そうとする涙ぐましい企業努力に対し、俺が静かに内に秘めていた今までの小さな苛立ちが、ここにきて大きくなっていくのを感じる。
『……ここにいるエルフ共を見てどう思う?』
「……瞳から生気を感じることが出来ません」
『だろうな――』
更に俺はラストにだけ聞こえる様にある計画をキーボードに打ち込んで発言していると、丁度エレベーターが目的の階で停止する。
エレベーターの扉が開くと、両サイドに部屋がいくつも並ぶ廊下が奥へと広がる。部屋のドアはのっぺりとした黒色の壁と同化する様に同じ色で作られており、ドアの取っ手だけが青色に光っている。壁の黒と床の白、そしてドアの取っ手の青色がその場の無機質さを演出しているが、俺にとっては綺麗に取り繕っただけの悪の親玉のすみかにも思える。
「では奥のお部屋にご案内しま――」
『待て。ここからは俺について来てもらう』
「へ?」
シルキアの腕を引き寄せ、後ろにつかせる。そして俺は足元の白く光る床に鋭い顔つきを照らされながらも、堂々と歩いて奥の部屋へと向かう。
他の部屋の前を通る際に女性の嬌声が聞こえた気がした。だがそれもすぐに終わる事だ。
奥にある両開きのドアをおおっぴらに開け、キーボードを呼び出す。
『さて、話し合おうか――』




