足元
『だいぶ深く潜っているな』
「ええ、そのようで」
「ちょっと!? 私の装備ボロボロなんだけど!?」
いいじゃないか、この際いっぺんに装備を入れ替える気分でいればいいんじゃない? と俺は上下ボロボロになった鎧を見ながらそう心の中で呟く。
『以前より似合っているぞ』
「うっさい!」
それにしてもあの軽量化バスターブレード、60レベルのトロールが持つ棍棒を相手にしても刃こぼれ一つしないとは。ちょっとシロさん頑丈に鍛え過ぎではないですかね……?
「そういえばこの剣、あんたが製造したの?」
『それは俺じゃない。ギルドの別メンバーがいらないからと言って俺に引き渡した物だ』
「《殲滅し引き裂く剱》の人達ってこと?」
『そうだ』
「……やっぱり、私みたいなのとは違うんだなー」
『……何がだ?』
「いやー、だって私が必死になって作ったブロードソードには簡単にヒビが入って、あんたの仲間が適当に作った剣がこんなに頑丈だなんてさ」
『……それは俺達もそれなりにやってきたからだ』
「私だって結構頑張ってきたつもりなんだけど……結果はいまだに41レベル。他の人と比べたら全然――」
『別にいいんじゃないの?』
俺は彼女のレベリングに対する不安をあっさりと切り捨てた。
『このゲームは死んだら全てリセット。無理に先走って死ぬより、しっかりと足元を見てレベリングをする方が賢いと思うが』
「でもそれじゃ――」
『むやみに背伸びして目の前で抹消されてきた奴なんて、両手に余るほど俺は見て来ている』
俺は改めて、このゲームの厳しさをマコに伝える。
『この意味が解るか?』
「……そりゃ、そうだけど」
『少なくとも、お前はそいつ等より賢く、効率的にレベルを上げることが出来ている。それに……自分の足元を見ておかないと、そのうちすくわれることになる』
「……分かった」
自分の身の丈に合ったことをするべきと、俺は現実世界で身に染みて学習している。
おっと、いけないいけない。ネガティブになるな俺。
『先を急ぐぞ』
この調子で行けば、最後のボスを倒して宝箱を拝見することができるだろう。
既にラストはこの先で待ち構えているボスの気配を察知している様だ。
「貴方様、この先にいます」
『分かった……マコ、後ろに下がっていろ』
「え?」
『ここを仕切っているボスのご登場だ』
牛の頭に人間の肉体。そしてその肉体に秘められているのは人並み外れた怪力。してその持ち主とは――
『――ミノタウロス』
レベル80……えっ?
『ちょ、タイム!』
俺の言葉など理解できるはずもなく、レベル80のミノタウロスは手に持っていた戦斧を俺がもといた場所の地面に叩きつけた。
「ウオォァアアアアアァッ!!」
『待て! おかしくないか!?』
ここのダンジョンのMAXレベルは60。なのに何度見直してもミノタウロスのレベルは80のまま。
『ふ……ふざけるなッ!』
抜刀法・壱式――
『――鉄壊!!』
この技で俺はひとまず脅威となる斧を叩き砕いた。だがこれだけで怯むボスではないことくらい、俺は知っている。
俺は刀を再び鞘に納め、両手で刀と鞘を持ったまま肩の高さまで掲げる。
『抜刀法・終式――』
――壟断落!
相手の上から殴りつけようとする手に合わせて素早く抜刀し、相手の肩から斜めに体を撫で斬りにする。
「グゥオアアアアアアァッ!?」
深い切り傷をつけられたミノタウロスは数歩後ろへとよろめき、初めてこちらの様子をうかがい始める。
「主様、このまま止めを!」
『刺したいところだが――』
TPが切れてしまった。このまま通常攻撃でも倒せない訳ではないが、それでは時間がかかってしまうだろう。
『……どうしたものか』
ラストにトドメを明け渡してもいいが、それでは経験値が勿体な――
「とりゃああああッ!」
「ッ!?」
えっ!? マコさん何しているんですか――
「バスターブレイク!!」
マコは俺の後ろから剣を構えて飛び出すと、弱っているミノタウロスに剣の一撃を加えいれた。
「ソードバンカー!!」
続けて柄による打撃と、力を込めた剣による突き刺し攻撃。いずれも効いてはいるようだが、決定打にはなっていない。
「ウオオアアアアアッ!!」
中途半端な攻撃に怒り始めたミノタウロスは、マコを殴り飛ばそうとした。マコはその一撃をなんとか剣のフラーで受けるも、そのまま弾き飛ばされてしまう。
「いたたた……」
『何をしている!? 下がっていろといったはずだ!』
「敵は弱っていて、あんたはTPが切れている。なら、私が頑張るしかないでしょ!」
マコはそう言って、ミノタウロスの一撃一撃をなんとかかわしつつ、確実にダメージを与えていく。
「私だって、最後は自分で戦いたい! ここで死ぬつもりはないけどね!」
『……加勢する』
俺は自然回復で溜まった少ないTPを管理しながら、マコの援護に入る。
『俺が敵をひきつける。お前はその間にありったけを叩き込め!』
「分かったわ!」
マコはそう言って剣を目の前に構え、軍の神への詠唱を始める。
「――荒れ地に出で立つ我らが軍神よ、猛々しき力を我が身にもたらせたまえ。我が祈りが聞こえたならば、その声に応じたまえ!! ――【乾坤一擲】!!」
詠唱を終えた者のSTR(筋力)が上昇し、剣の硬度が上がり次の一撃の威力が二倍となる魔法。俺はマコの詠唱が終わると同時に、抜刀でミノタウロスの体勢を崩した。
『――今だ!!』
「――乾坤一擲!! バスターブレイク!!」
地面を割る一撃が、ミノタウロスの身体に大きな傷を与える。
「ウオオォ……アァ……」
ミノタウロスはその場に倒れ、経験値が入る音がその場に響いた。
「……やった! 私が、倒したんだ!」
『よくやった』
マコはレベルアップし、レベルが45にまで上がった。
「凄い、一気に4もレベルアップした!」
『流石にレベル80を倒せばそれくらいにはなるだろう』
「やったぁ……」
マコは緊張の糸が切れたのか、その場にへなへなと座り込んだ。
「私、勝ったんだ……」
勝ったからよかったものの、レベル80とはどういう事か。
「…………」
俺はステータスボードからヘルプコマンドを押し、この世界の管理人を呼び出すことにした。
『これはどういうことだ、システマ』
「――ミーをお呼びかい? 久しぶりだねジョージ」
目の前に怪しげな小人が、にこやかな表情を携えて現れる。
名前はシステマ。このゲーム世界の管理人なのだという。
『ここのダンジョンのレベル上限は60じゃなかったのか?』
「だーかーら、ゲーム攻略に関する情報は伏せられて――」
『今はそういう回答を求めていない……80レベルのミノタウロスが現れたことについて、何か言いたいことはあるか?』
「へ?」
システマはとぼけた声を漏らした後、自分の後ろに倒れている化け物を目にして額に汗をかき始める。
「……えーと」
『お前まさか設定ミスしてましたってオチじゃないだろうな?』
「……レ、レアボスだよ! 全く、本来ならこういうのは秘密なんだけど特別だからね!」
あっ、これ絶対バグを気づかずに放置していただけだわ。
『じゃあレアリティの高い武器の一つや二つ用意しているはずだよな?』
「あったりまえじゃん!」
システマはそう言って宝箱が置いてある方角に向けて何やら細工を始める。
「…………」
「全く、今後はこのような事で呼ばないでよね!」
『ああ、またバグを見つけたら呼び出してやるよ』
「ばーか! ジョージのばーか!」
システマはそう捨て台詞を言うと、「早く修正しないとマズイよー!」と呟きながら消えて行った。
「なんだったのでしょうか?」
『……ハァ』
コイツの存在もバグであって――欲しくはないな。
「見て! これ凄くない!?」
マコは早速宝箱を開けたようで、そこには武器防具一式が揃えておいてある。
「…………」
システマがやけくそとなっていたのか、レアリティレベルが80の大剣と鎧が宝箱に入れてあった。
「これ、この剣より軽いし使いやすい!」
『それは良かったな』
もし昔のシロがいたら殺してでも奪い取っていただろう、退魔装飾と軽量化の魔法文字が施されたクレイモアと、同じく退魔装飾が施された白銀のプレートメイルをマコが装備している。
『……それで満足か?』
「満足どころか凄いわこれ!」
ぶんぶんと振りまわすとその度に風が吹き荒ぶ。大当たりといったところか。
『ではそろそろ帰るぞ』
「うん……あのっ、ありがとう!!」
『……礼はいい』
結果的に自国の兵の強化となったのだから良しとしよう。俺はそう思いながらダンジョンを抜けようと脱出用の道具を呼び出そうとした。その時――
「と、刀王様ぁー!!」
何やら今まで通ってきたダンジョンの方角から自分を呼ぶ声が聞こえる。
『誰だ!』
「それがしです! ケットシーのミャリオです!」
ケットシーとは二足歩行で歩く猫のような妖精で、ミャリオは我らベヨシュタットに属する使いの者だ。
『俺に何の用だ?』
「キャストラインの奴等が攻めて参りました!!」
『ッ!? 何処だ!?』
「ブライトチェスターにてございます! 既にベス様がお向かいになっておられますが、できれば刀王様も援護を!」
『ッ、なんだベスもいるのか…………ならば安心だな』
ブライトチェスターと聞いて俺は少し動揺したが、既にベス向かっているのなら大丈夫だろう。
ブライトチェスターはこの国の若手を育成する駐屯地。そこを攻撃されるとなるとこの先兵士を育成するのがとても困難となり、この先の戦いでどんづまりにされる可能性もあった。だがベスがいるとなれば話は別だ。
「お言葉ですが――」
『分かっている。転移魔法陣の準備は――』
「出来ております」
魔法陣が描かれた風呂敷をミャリオが広げると、俺とラストはその上に乗る。
「……もしかして、もう次の戦場に行くの?」
『ああ』
「私も――」
『駄目だ』
「どうして!?」
俺は最初に言ったはずだ。
『……足元を見ていないと、すくわれる。今のお前がやるべきことは、その武器をいち早く使いこなすことだ』
「……分かったわ。あんたも頑張んなさいよ!」
『……ああ』
マコとの会話が終わるころにはミャリオの詠唱も終わり、風呂敷に描かれていた魔法陣は光り始める。
「――【転移・ブライトチェスター】!」
俺の視界は光に包まれ、俺とラストは次の戦地へと向かう事となった。
――今回の戦果。
ジョージ、マコ、両名によるダンジョン《夢幻の跡地》の踏破は無事成功。最後に管理人の不手際が発覚したものの、それに見合う装備の獲得に成功。剣士マコのさらなる躍進を望む。
以上。
◆ ◆ ◆
※(ここから三人称視点です)
夕刻――ブライトチェスター門前にて。
山のように積み上げられた何かの影の上に座っているのは、リンゴを咀嚼している人の影。影は大きな槍を携え、退屈そうにしている。
そしてその影をつくっているのが――
「……温いなあ」
「ベ、ベス様! 此度の防衛における多大な功績は、確実に剣王様の元へ――」
「ねぇ」
少女は返り血を浴びた顔で、歪に笑う。少女が今まで座っていたのは、死体の山の上。いずれも袖のふちが緑色に染められている。
「ジョージはいつ来るの?」
「……っ刀王様は、もうしばらくかかるとの――」
少女は報告に来た男の首元に、槍の切っ先を向ける。
「まだ、来ないのぉ?」
「も、申し訳ありません! 私に至らぬところがあったばかりに――」
少女は突然クスクスと笑い始め、槍を収める。男はホッとしたが、少女は決して許したわけではない。
「……日が落ちるまでにジョージが来なかったら、その首刎ねるね?」
男は顔を青ざめ、少女は男の絶望を前にクスクスと笑うばかりである。
「早く来ないかなぁ、《刀王》になったジョージ……クスッ」
久々に殺しあいたいなぁ――




