湊川譲二の始まり
時は大規模オンラインゲーム「キングダムルール」の発売当日にまでさかのぼる――
発売前から多大の期待が寄せられ続けた大規模オンラインゲーム「キングダムルール」がついに登場!
――暗黒大陸「レヴォ」。そこでは六つの国がそれぞれ統治を行っており、拳王・剣王・銃王・導王・械王・暗王と、六人の王により互いに侵攻が繰り返される戦乱の時代へと突入していた。
プレイヤーの諸君はいずれかの国に仕え一人の戦士として他の国の征服に赴き、天下統一をするのが目的だ! 鍛え上げたスキルでキャラクターを強くして、敵の軍勢に勝利せよ!
もちろん敵軍にもプレイヤーがいるため一筋縄ではいかない! 自分だけが強くなっているのではない! 敵もまた進化して行くのだ!
敵軍と実力が拮抗しているのならば、レベルだけでは培えない己の知略・戦略を尽くし、戦場を支配する知将となろう!
中には知略なぞ糞くらえ! 己の腕こそが真実だ! という人もいるだろう! もちろん最初は一兵卒でも、鍛え上げれば一騎当千、最強の武臣へと育て上げることも可能だ!
そして国最強の者には王位継承されることもある! キミこそが次の王、次世代の支配者だ!
無限の可能性を秘めて日々進化し続けるオンラインゲーム「キングダムルール」! 七月二十六日、始動!!
◆ ◆ ◆
「……!」
パソコンに流れるとあるゲームの宣伝を見て、一人静かに興奮する青年がいた。彼の名は湊川譲二。眠そうな眼に寝癖が着いた髪、どこにでもいる普通のひきこもりだ。強いて言うならここ半年間もの間独り言と寝言以外声を発したことが無いくらいであろうか。
湊川はベッドに寝転ぶと、時計を確認する。
午前九時。
時計の針がそう示しているのを確認し終えると、よれよれになったTシャツを脱ぎ、新しい服へと着替えなおす。
今日は彼が家を出る日だ。といっても家出するという意味ではなく、行きつけのゲームショップへと足を運ぶためであるが。
「――いらっしゃいませー」
入口に入った直後の店員のやる気のない声掛けにビビりつつも、湊川は店内を見回しつつ予約の紙を無言で店員に差し出す。
店員の方は湊川の事を知ってか、黙って戸棚のパッケージを取り出しそれをレジに通す。
湊川は黙ってポケットの中から財布を取り出し、レジに表示された分のお金を支払う。
商品と店員の形式的なお礼を受け取った後、湊川はその場を後にした。
◆ ◆ ◆
(※ここから湊川譲二の一人称視点となります)
家についた時の母親の心配そうな視線を後にして、自分の部屋にこもる。そしてスリープモードにしていたパソコンを立ち上げ、今日買ってきたばかりのゲームのディスクを挿入する。
ゲームのパッケージには、あの有名なオンラインゲーム「キングダム・ルール」の名前が載っている。
インストールを終え早速ゲームを開始すると、アバター作成画面にはいる。ネームは自分の名前をそのまま入力する。
ジョージ。
少し外国人っぽくカッコいい名前が、この時だけは好きだった。
そのままキャラの職業を決める。職名の隣には初級者向け、中級者向け、上級者向けと難易度が示されそれぞれの職業の特徴が記されている。
「……」
カーソルを「剣士」の項目に合わせ、エンターキーを押す。まずは初心者向けの職業から始め、ゲームに慣れてから他の職に手を出すのが賢明だと判断したからだ。
職業を決め、キャラの見た目を決め、やっとチュートリアルにはいる事が出来た。
広々とした草原に初期装備のまま突っ立たされるアバター。しかしそれにしても期待が積まれるゲームだけあって、グラフィックが綺麗である。下手すれば現実世界よりも美しくも思える。
『――やあ! ミーがこのゲームの進行役でもあるシステマさ!』
突然妙にロリロリしい小人が馴れ馴れしく話しかけてくる。宣伝では硬派なゲームにも思えたが、キャラデザインは違うようだ。
『この大陸では、六つの国がそれぞれの土地を求めて争いを続けている。ユーはいずれかの国に仕官し 、天下統一を目指してくれ!』
当たり前だがその辺は宣伝で散々聞き飽きたことでもある。フルボイスなのはありがたいが聞き飽きたことは飛ばす主義。ジョージは画面をクリックして、さっさと次の説明に移る。
『ではまずユーのステータスについて説明させてもらうね! まずはユー右下に見えるのはLP。これがゼロになるとゲームオーバーだから気を付けてね! 次にそのすぐ下にあるのがTP。これで各スキルを使うから、管理をしっかりとしてね!』
うだうだと分かりきったことを説明されてはこちらの人差し指も疲れてくるが、最後に表示された言葉は安易には飛ばすことができなかった。
『最後にユー達キャラクターのシンボルカラーについて説明するよ! これは所属する国によって違って、基本的に色が濃い程その国では高い位についている。そしてその者の強さも段違いのものだと考えてくれ! そして今ユーは無所属だからホワイトとなっているのが分かるね!』
服の袖にアクセント程度についている色によって相手の位が分かるというのか。これは興味深い。街中にいる相手でも袖の色で敵か味方か判別ができるという事だ。ここは偽称とかも出来そうな下忍を選ぶことで暗殺プレイをすべきだったか。
『――ユーの無限大の冒険はここから始まるんだ! ミーはどこかで君を見守っているからね!』
そう言って小人が宙へと消えていく。邪魔者がいなくなったところで最初に渡された周辺地図を開き、最初の目的地である「ストラード」へと足を運んで行った。
途中同じようなホワイトのプレイヤーと合流しパーティを組んだ。道中雑談をしつつモンスターを倒しながらも目的地へと向かう。
『もうゲームに慣れた感じなのか? 防御と回避が先ほどより上手くなっているぞ』
最初の町へ向かうところでのモンスターだ。行動パターンも少なく技も大振り。覚えるのも簡単だ。二、三回見れば回避やジャストガード(相手の攻撃に合わせてガードする事。大抵削りダメージ等が無くなったり相手を仰け反らせたりするというボーナスが付くが、ここではその両方が起きている)などお茶の子さいさいだ。
それにしても一緒に行動している「ミツキ」と表示される闘士の男、妙に馴れ馴れしい。子どもか?
『共に上達したい。よければフレンド登録してもらえると嬉しい』
自分だって世間から見れば若造か、なんて一人でツッコんでいるとフレンド登録のメールが飛んできた。
「……」
正直言って初期アバターでのフレンド登録ほど無意味なものはない。どうせ効率の違いなどで自然と交流が遠のいていくのがオチだ。
ましてやエンドコンテンツは恐らくPvP(プレイヤー同士で戦う事)。そこでフレンドが敵に回った時のギスギス感は半端ない。恐らくこの人は闘士向きの拳王と、剣士向きの剣王とで仕える相手が分かれることを予測していないのだろう。
しかしここで無下に断ることもできない。仕方なくこの場では登録をし、後でこっそりと削除することにした。
『ありがとう! 初めてのフレンドだ!』
だがこうもいわれてはフレンド削除もしづらくなってしまう。おのれ無自覚な策士め。
「……」
『こちらこそ、嬉しいよ』
などと心にも思っていないことを適当にキーボードで打ち込み、最初の町へと入って行く。
そこで例の闘士の男とは別れ、気がつけば剣王に仕官しそれから討伐任務や領地内のモンスターの駆除など様々な任務に着いた。
途中政治上の派閥を問われたり、道端の女性アバターに地位目的に結婚をせがまれる等中々生々しいことも起きるなど、ジョージは飽きる事無く繰り広げられるゲーム内の日常を満喫していた。
◆ ◆ ◆
――結局三日ほど貫徹したところで湊川は眠気に耐えられなくなり、まるで事切れるかのようにゲーム画面をつけたまま机に顔を伏せてしまった。
そして次に目覚めた時には、終わらない悪夢にさいなまれることとなった。
◆ ◆ ◆
「……!」
心地よい風に目を覚ますと、そこは普段見る狭苦しい天井ではなく青い空が広がっていた。
しかしそれは全く見覚えが無いという訳でも無かった。
「……」
それは自分が今ハマッているオンラインゲーム「キングダムルール」のチュートリアルの草原から見える空である。事実今自分が寝転がっているのはその草原のど真ん中だった。
「……」
これはマズイ。とうとう寝落ちした夢にまで侵食して来たか。
恐るべし「キングダムルール」。
とは言ってもまずは身の近辺を確認してみる。すると今自分が身に着けているのはよれよれの服ではなく簡素な初期装備の服。
初期装備?
「……」
これは本格的にきてしまっているらしい。夢とはいえここまで再現度が高いとうすら寒さすら感じてくる。
そうしていると見覚えのある不愉快な小人が声を掛けてくるではないか。
「やあやあ。ユーが最初の訪問者かな?」
しかし最初のセリフが違う。訪問者とは一体どういう事だ?
「あれ? 会話が続かないなぁ? もしかしてシャイなのかな?」
もしかしなくてもそうだよ。てかいきなり見ず知らずの(ゲーム内では知っているが)小人に話しかけられて会話ができるワケが無い。
「しょうがないなあ……はいコレ」
そう言って怪しげな小人から渡されたのは中空に浮かぶキーボードだった。明らかにこの場から二つの意味で浮いているものだがそれを受け取る。
「それで何か打ち込んでごらん。代わりにシステム音声がしゃべってくれるから」
「……」
適当に打ち込んでみるか。
『あー、あー、テステス』
おお、合成音声っぽい(自分の声とそっくりの)ボイスと、下に会話表示が出てきた。これでは本格的にあのオンラインゲームっぽいぞ。それにしても――
『……これは便利だ』
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
目の前の小人の笑顔は始めて見るが、まあこれは夢だ。何でもできるのだろう。色々とチュートリアル感覚で聞いてみるか。
『ここは何処だ?』
「どこって、ユーも知ってるはずでしょ?」
――そういう事か。
『……暗黒大陸レヴォか』
「ピンポーン。そしてここは始まりの草原。ユー達がゲームをしているときに最初におとずれる場所さ」
何かと会話に違和感を覚えるがまずは情報収集だ。
『ここはゲーム内の世界か』
「そうだよ。ユーがぶっ続けで三日間ゲームをしたおかげで現実のユーは昏睡状態。ほぼ死んだことに近いね。そしてユーの精神をこちらに飛ばすことでゲームの世界へとご招待できたってワケさ」
ちょっと洒落にしては現実離れしてないか? 現実離れした当たり前だが。
「ほら、ユーの世界でのニュースでも見るかい?」
そう言って小人が指を鳴らすと空間にスクリーンが現れ、そこでは現実世界での午後七時のニュースが流れている。
“本日未明、オンラインゲーム「キングダムルール」で遊んでいた人々が次々と昏睡状態に陥るという事件が発覚。被害者はいずれも長時間ゲームで遊んでいた所で突如意識を失いその場に倒れるといった症状が発覚。検察側では「オンラインゲームのし過ぎにより視覚から脳へなんらかの特異な伝達信号が発生し、ショック症状が起きている」との判断を下しており――”
――は?
意味が分からない。というか今自分は絶賛死亡中という事か……?
『ふざけるな!』
「ふざけるも何も、コッチとしては真面目さ……そして計画は……大成功」
一気に小人が怪しげに感じる。数歩後ろに下がることで警戒の念を相手に伝える。
「大丈夫だって! ゲームをクリアすればユーだって帰れるはずさ!」
『昏睡状態なんだぞ!?』
「それでも今は、この第二の現実を受け入れるしかないでしょ?」
返す言葉もない……そうだ、今となっては自分が昏睡となったなど無い。もしかしたら夢かもしれない。
「……」
右頬をつねってみるが……痛い。痛覚がある。右頬を触ったことによる触覚もある。
「まあ落ち着いて、夜食食べてないでしょ? パンでも齧りながらまずはこの世界の事について話を聞いてもらえるかな?」
そう言って小人が空間から取り出したパンと牛乳を受け取る。パンを口に含むと小麦の風味がする。そして牛乳を飲めば牛乳の味がする。味覚も存在するようだ。
不愉快ではあるが自分は改めてこの「キングダムルール」の世界にいるらしい。
「知っての通り、ミーの名前はシステマ。このゲームの進行役でもあり、この世界の管理人でもある」
管理人ならさっさと戻してもらいたいものだ。
「アハハッ、元の世界に戻してほしそうだけどそうはいかないよ。ユー達にはまずやってもらいたいことがあるんだ」
『やってもらいたいこと?』
「訊くけどこのゲームの目的って何だっけ?」
このゲームの目的――六つの国いずれかに属し、その国を天下統一へと導くのが目的だ。
つまり――
『俺に戦えと』
「そうだよ」
無理。
引きこもって筋力もない自分に、最前線にいるあんなごつそうな奴らと戦える訳が無い。
『……他をあたってくれ』
「安心して。この世界では見た目がそのまま能力に反映される訳じゃないからさ。まずはステータスボードを開いてくれるかな」
ステータスボード――「キングダムルール」でも自分のステータスを見るために開く項目だ。
『……どうやって見るんだ』
「念じてみてよ」
念じてみてとは、これまた抽象的だ。が、それに従うしかない。
「……」
ボードを呼び出そうと念じてみればなんと目の前にタブレットの様なものが浮かび上がり、そこに自分のステータスが記されているではないか。
アバター名・ジョージ。
職業・剣士。
レベル1。
各種ステータス。LP・TP・攻撃力・防御力・俊敏性・武器適性などなど……
そして取得スキル……なし。
「……」
当たり前だがレベル1だとその全てが低い。こんなしょうもないステータスだと前の自分のアバターを前にすれば瞬殺されてしまう。
それにしてもまさか自分のステータスが見られるとは思っていなかった。現実世界でも見る言葉出来ればよかったのに。
――そうすれば、自分の身の振り方ももう少しは考えることができたのに。
『……で、これがどうした?』
「初期だからあんまり強くないでしょ? 大丈夫、他の皆もそのくらいだからさ」
他のってことはかつての戦友であるアイツも、敵方にいた厄介なアイツも今はレベル1という事か。
『……もう一度リスタートという事か』
「そうだね。けどアバターは現実のユーと同じように作り直してあるから」
正直言って外見に関しては作り直しを要求する。特にこの寝癖で一本だけたった状態の髪の毛を消したい。
「アハハッ、いいじゃんその方がより現実っぽくてさっ!」
よくない。
「じゃああとはゲーム通りだから、頑張ってね――」
『ちょっと待った』
一番大事なところを訊き忘れていた。
『――こっちの世界で死んだらどうなる?』
死ぬ、つまりLPが0になるとどうなるのかを聞かねばならない。「キングダムルール」だとゲームオーバーになった場合、そのアバターが綺麗さっぱりデリートされるというシビアなシステムだった。
そして今は自分自身がアバターだ。そうなると今度は現実だとどうなるのか。
やはり死ぬのか。死ぬとなれば自分は役員プレイしかなくなる訳だが。
「そこは安心してよ。ゲームオーバーになった場合、ステータスリセット・装備品及び所持金没収・地位剥奪、そして記憶のリセットでまたここからスタートになるくらいだから……あっ! ユニーク武器・防具・道具を所持している場合、それは元のモンスターのドロップリストに戻るか、倒されたプレイヤーに取られちゃうから注意してね!」
どうやら死なずにはすむようだが、ゲーム通り各種リセットをくらってしまうのが痛いところだ。
しかしそんななかで一つだけ気になる事がある。
『記憶のリセットというのは?』
「おっ! いいところに気が付いたね!」
そう言って小人はニヤリと笑う。不気味だ。
「記憶のリセットってのはね、今まで冒険してきた記憶がすべて失われ、今のユーの様にまっさらな状態で再びスタートしてもらうって事なんだ! だってやり直した時に既に知っている事ばかりだと攻略手段の一環としてわざと死んじゃう人がいるし、何より新鮮味が無くなっちゃうからね!」
地味に記憶のリセットというペナルティが重い気がするが、死なないだけましだと思っておこう。
『しかし今の俺は一部のモンスターの行動パターンや、武器防具の知識を持っているぞ』
「まあそれは……先行者特典ってところだね。言っておくけど、モンスターの行動アルゴリズムはだいぶ変更されてよりリアルになっているから気を付けてね!」
まあそうだろう。これはゲームであって、ゲームじゃないのだから。モンスターの行動習性くらいは増えていてもおかしくないだろう。
「他に質問は?」
「……」
『今この世界に、何人俺みたいなやつがいる?』
「……」
小人は黙りこくった。それは教えてはいけない情報だったのか。
しかししばらくすると小人はにっこりと笑いその問いに答えた。
「ざっと三百万人は超えてるかなっ! 既に状況を理解して街へ向かっている人もちらほらと出始めたところだよっ!」
マズイ。出遅れた。
『では俺もそろそろ行く』
「うんっ! 期待しているからね! 何かあったらステータスボードのヘルプを押せば飛んでくるからっ!」
その言葉だけを聞くと周辺地図を開き、最初の目的地へと足早に向かって行く。
ここからだ。ここから俺の第二の現実が始まるんだ――
すいません、先に読んでいただいている方々には急に割り込みでこう言った話を入れてしまいました。第十部分までに明かされる筈の大まかな目的をここで示ししておいた方が分かりやすいと判断したため、この話を入れておきます。