すれ違い
『あー、肩こる』
俺はシロに報告を終え、イスカに遠征の手伝いを押しつけ、首都をブラブラと歩いているところであった。
報酬は僻地の村の依頼ゆえに、報酬はAランクにしては高くはない。だが道中得たものは大きい。その一つが――
『……この服、本当に着てくれるのか……?』
行商婆から半額で買った異民族の服。亜人向けだというが、あの変態痴女も着る事はできるはず。
『それにしても珍しいな』
遠出の依頼の時は帰ってくるなり向こうの方から飛んでくるというのだが――
『ふむ……』
来ないな。まあどうでもいいが。
『……どうせ家で寝ているか何かだろう』
俺はそう思って市場の方に足を向けた。しばらく食料品や雑貨の買い足しは全てラストに任せていたから、今回は気分転換という訳だ。
首都で一番にぎわっているのがこの中央市場だ。様々な地域から物資が仕入れられ、ここで売られる。中央広場にて展開されるこの市場では多様な人種も同様にして行き交い、情報も得ることができる。
『……うーん』
そんな中で俺はアクセサリ屋の屋台の前で足を止めた。
『……これを買っておくべきか……?』
イスカの事だ。適当に押し付けられたことを知れば、怒り心頭でこっちに向かってくるだろう。
『まあ買っておくに越したことはない』
いざとなれば全部ラストに押し付けよう。うーん、我ながらゲスの考え。
『他には――』
「あっ! 師匠!」
俺を見つけるなり声をかけてきたのは、先日ベルゴールを占拠する際にむりやり同行してきたあの少女である。
『フィオナか。どうしたんだ?』
「私、この辺で働かせてもらっているんですよ!」
『ほう』
「その、できれば商品を見て行って欲しくて」
『いいだろう』
ちょっとしたものくらいは買ってやろう。彼女の小遣いぐらいにはなるはずだ。なーにそこまで規模が大きな店がここにあるはずが――
「ここです!」
『……ウソでしょ』
明らかに高級そうな店構えなんですけどこの宝石店。
「ぜひ中を見て行ってください!」
うん。すぐに出て行くつもりだけど。ともあれ見て行くふりだけにしておかないと、このまま所持金が丸ごと持って行かれる。
俺は《高級アクセサリショップ・ネルメロ》と看板にかかれている店へと足を踏み入れることとなった。
「…………」
確かに高級なだけあって、ステータス付与も中々に良いものがある。剣士にとってはありがたいMINアップのイヤリングや、PROが上がる眼鏡等々。しかしこの前の掘り出し物に比べたら値段が倍以上に高い。
「…………」
そういう期待を込めた眼差しでこちらを見るな弟子よ。無理なものは無理だ。
『……確かに良い品が揃っているが、いかんせん所持金が少ないんだ』
「そうですか……」
『それにしてもよくここの働き口を見つけたな』
「知り合いがここで働いていて、店主さんもいい人だったので――」
「あらー! どちら様かと思えば刀王様じゃなーい!」
まずい、店員に捕まってかわされるパターンに入ってしまった。
『え、えーとどちら様で……?』
「あたしはこの店の店主ネルメロ。趣味はもっぱら宝石採掘よー!」
ちょび髭にダンディーな服装。であるにもかかわらず口から出るのはオネェ言葉。悪気はないのは分かるが苦手なタイプだ。
「それにしてもあら! イケメンさんだこと!」
『あ、ありがとうございます……』
「うちのアクセサリにご興味が?」
『いや、フィオナが働いていると聞いてどんな店か見に来ていたんだ。それにしてもステータス付与が優秀なアクセサリばかりだな。付呪スキルを伸ばしていたのか?』
「ええ、少しばかり。それよりフィオナちゃん凄いじゃなーい! 刀王様とお知り合いだなんて」
「弟子にしてもらったんです!」
「ますます凄いじゃない! あたしとしても鼻が高いわ!」
それにしても、付呪が少しばかりでこれほどの付与ができるとは思えない。そしてどうやらパッと見た所、口調以外は悪い人ではないようだ。
『今日は手持ちが少ないから買えないが、いずれここの世話になると思う。他の奴等にも宣伝しておくよ』
「あらありがとう。そうそう、あの魔族の子と式を上げるなら、ぜひうちの指輪を買って行って頂戴ねー」
『あの魔族って……もしかしてラストのことか』
「あの子、時々うちのアクセサリを見ていくのだけど、すごく似合うと思うわ」
あのバカ。
『……すまない、うちのバカが冷やかしに来ているみたいで』
「あらそんなことないわ。あの子美人だし、丁度他の女性客の客寄せにもなっているから」
WIN‐WINということか。それならいい。
『じゃあ、手伝い頑張れよ』
「はい! 頑張ります!」
俺はにこやかな二人を後にして、その場を去っていった。
◆ ◆ ◆
『……今度イスカとベスに教えておこう』
女性に教えておけば、取りあえずは大丈夫だろう。それよりそろそろ――
『腹減った……』
このゲーム内だと空腹になり過ぎてもバッドステータスがついてしまうし、何より不思議な事に普通に腹が減る。
『家に戻るか……? しかしラストがいるかどうか……』
まあいい。帰ってみればわかる事だ。
『家に帰るか』
俺はひとまず市場を離れ、家へと戻っていった。
◆ ◆ ◆
『ただいまー……って』
えっどういうこと?
「あ、貴方様……」
一瞬だが、ラストが浮かない表情をしていた。一体何があったというのか。
「おかえりなさいませ。お昼にいたしましょうか?」
『ああ、頼む……と言いたいところだがそれより、お前どうしたんだ? いつもより元気がないが』
「それは……」
何だなんだ。一体どうしたというのだ?
『正直に言ってみろよ。話を聞いてやるから』
「それが……その……」
もじもじするなよ。
『早く言え』
「それなのですよ」
どれだよ。
「実は貴方様が、本当に私をうっとうしがっているのではないのかと」
えっ? 今更そこに行きつくの?
「…………」
まあ今回も依頼で勝手に家を出て行った訳だが、いつもは粘り強くじっと待っていた。それもとうとう限界ということか?
「ですから、私は出ていくべきなのかと――」
『ハァ、じゃあせっかく買ってきたこれはいらないってことか?』
俺はそう言って、例の服をラストに渡した。
「これは……」
『お前の服だ。あんな痴女みたいな服でうろつかれても困るし、何より――』
「……?」
『他の奴に露出した肌をじろじろと見られるのは、俺も不愉快だからな』
「っ、貴方様!」
だから抱きつくなって離れろ! 全く、これじゃさっきのしおらしいままにしておいた方がまだましかもしれない。
「はぁ、貴方様……私はますます貴方様の虜になってしまいましたわ……」
『いいから離れろ! とりあえず試着してみろ!』
「はい!」
そう言ってラストはおもむろに俺の前で来ていた服を脱ぎ始め――って普通に二階で着替えてこいよ!
「あら、貴方様はどうして後ろをお向きに?」
『人がいるのに目の前で脱ぐ奴がいるかっての』
「貴方様になら、見られても構いませんのに……着替え終えました」
俺は振振り返ってラストを見た。うん、以前よりだいぶマシだ。ずっとずっとマシだ。買う時から気になっていた胸元の開き具合がより際立っていること以外は。
『……まあ、似合っているんじゃない?』
「ありがとうございます! 一生の宝物にいたします!」
別にそこまでしなくても、服なんてステータス値が高いもの見つけたらまたそれを買い直しますし。
「はぁ、主様からの初めてのプレゼント……♪」
恍惚とした表情でその場でクルクルと回る姿は普通に可愛らしい。後は性格がなあ。
『全く、これで分かっただろ? 別に邪魔じゃないし、俺のTMなんだから別にここにいて構わないんだぞ?』
「はい! このラスト、これからも貴方様にお仕えし、ご奉仕していくことをここに誓いますわ!」
ご奉仕の意味を問いたかったが、いつものラストに戻ったようで俺は安心することができた。
『昼飯を食ったら市場に向かうぞ。家の食料が少なくなっているし雑貨も買い足さなくては』
「申し訳ありません貴方様、私が買っていないばかりに――」
『そう思うんだったら、俺についてくることだな』
「……はい♪」




