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分断

 山奥というのもあるのだろうが日が暮れるのが早く辺りはしんとした暗闇となり、家から漏れ出す明かりが村を照らしている。


『……そろそろか』


 村人は皆村長の家に集まってもらい、警備をしやすくしてもらった。

 亡命者の輩はというと、強情に元の家にこもっているのだという。こうなったら死んでも知らないぞ?


 ――ウォォォ――――


『……聞こえたか?』

「はい……」


 オオカミに似た遠吠え。俺達の目の前の方から聞こえてくる。

 足音は聞こえず。しかし確実に気配は真っ直ぐに近づいてくる。


『――ッ、来るぞ!』


 一匹目――村の家々の屋根を飛び交い、頭上から強襲を仕掛ける黒い影。


「グルァアアアッ!!」


 べリアルロウが、姿を現す――


『……抜刀法・壱式――居合いあい


 足を前後に静かに広げ、右手を柄に添えるだけ。刀における基本であり、絶対防御の待ちの型。

 こちらの構えに一瞬警戒し立ち止まる知恵はあるらしい。だがそこから攻撃を仕掛けてこない俺を無防備と思ったのか、化物は俺の方へと狙いを定めて飛びかかる。


 攻撃範囲デッドラインまで三メートル、二メートル、一メートル――


「――シッ!」

「ッ!?」


 首を掻っ切ろうとしたその腕を、瞬間に斬り落とす。化物は自分の右腕を失うと共に、その激痛から絶叫に近いうめき声をあげた。


「オオアアアアァアア――――ッ!?」

『抜刀法・壱式――奈落ならく


 仰け反り無防備によたよたとふらつく両足を、即座に斬り落とす。するとそこには左手と頭だけを残した無残な化け物の姿が残る。


「グゥオアオアァ……」

『……次、来るぞ』

「分かっています!」


 二匹目――俺には敵わないと分かったのか、イスカの方を狙って飛び掛かろうとした。しかし――


「ピアッシング・ツヴァイ!」


 すばやい二連続の突きで両目を潰し、苦痛に両目を抑えたところで何度も何度も肉体を貫き通す。


「ブルファイト・スプレットエッジ!」


 心臓だけでなく、正中線や肉体の節々など弱点を正確にレイピアで貫く。べリアルロウは全身から血を吹流して倒れ込み、絶命した。

 イスカはレイピアについた血を振り払うと共に、自分の予想とは違っていた事に首をかしげた。


「ごめんなさい、正直ピアッシングの時点で無効化できると思っていたのですが――」

『分かっている。こいつ等、レベルが異様に高い』


 この周辺では飛び抜けた七十後半のレベル、しかもそれが続けざまに襲い掛かる。


『……今回は様子見だったようだな』


 残った一匹は仲間が次々と惨殺されたことで生物的本能が危険を感じ取ったのか、その場から逃げ始めた。だが――


『抜刀法・弐式――双絶空そうぜっくう!』 


 恐らく仲間はまだ山奥に残っているのだろう。俺は警告の意味を込めて、両腕を斬撃で斬り飛ばした化け物をそのまま返すことにした。


 その後も増援を連れてくるかと警戒を続けていたが襲ってくる気配などないようで、俺はひとまず胸をなでおろした。


『……今日はこの位か』

「ええ……」


 奴等に警告が理解できるほどの知恵があるかどうかは知らないが、ひとまず今晩は襲ってくることはないだろう。



     ◆ ◆ ◆



「ありがとうございます! あのおぞましい化け物を断った二人で――」

『我々は唯依頼を遂行しただけ。後はしばらくこの村にて様子を見て、それから改めて国から対策班を送りたいと思います』


 夜が明けると、村人は自分たちが生き残ったことに泣いて喜び、そして化け物が無残な死体となって転がっているのを見て安心した。

 さて、べリアルロウの生きた検体サンプルも手に入った事だし、後は奴らの嫌う薬か何かを開発できれば――


「おうおう頑張ってるみたいじゃねぇか!」


 声のする方を振り向くと、そこには亡命者五人の姿が。


「ったく、へぼすぎだろこいつ等!」


 そう言って虫の息となっている化け物の頭を蹴り飛ばす。自分達では何もできなかったくせに、俺達が倒した途端にでしゃばってくる。小心者だなホント。


「これでしまいかよ!?」

『いや、まだだ。奴等を完全に始末した訳じゃない。あの調子だともう一集団いると考えた方がいいだろう』

「……そうかよ」


 それにしても、わざわざこちらの方に向かわなくても、一匹くらいはあの亡命者集団の方に向かってもおかしくないと思うのだが……。


「…………」

「まあ、引き続きお仕事頑張りなー!」


 いちいちカンに障る奴等だ……まあいい。


『……念の為、行商婆の所で油を買っておくか』



     ◆ ◆ ◆



「兄ちゃんの、敵を取ってくれたんだね」

『……ああ』


 村長の家にて、俺は村長の孫娘に事の顛末を伝えた。まだ幼い少女は肉親を失ったショックを拭いきれていなかったものの、幾何か押韻を押し下げることが出来たようだ。


「奴等を……皆殺しにして」

『いずれにせよ、この村には、二度と近づかせるつもりはない』


 もとよりそのつもりで来た。俺も、イスカも――


「おい! 使いの男は居るかよ!?」


 何やら焦った様子で小太りの亡命者が俺を探している。


「あんた! あのあれあれあれ!」

『何だ?』

「あれだよあれ! あの化け物!!」


 何を焦っているのか、男は俺を見るなり慌てた様子で話し始める。


「見たんだよ! あの化け物が住処に帰っていくのを!!」

『何?』


 それは好都合だ。場所次第では叩き潰す成追いやるなりできるだろう。


「では私達で――」

「待ってくれ!」


 男は俺とイスカが行こうとするのを止めて、話を続ける。


「どっちか片方がいねえと、万が一村に襲ってきたときに――」

『…………確かにそうだな』

「え? でもべリアルロウは昼間は襲わないって――」


 俺は男の真意が読めた。その上で俺は、あえて男の提案に乗る。


『……残っておけ。俺一人で十分だ』


 おごりでも何でもなく、俺はそうイスカに言った。


「……分かりました」

「じ、じゃあついて来てもらえるか?」

『……ああ。いいだろう』


 俺は男に誘われるがまま、雪山の方へと向かって行った。



     ◆ ◆ ◆



 しばらく歩いて村から離れると、男が道中述べていた通りに大きな洞窟があるのが見える。


「連中、あそこに住んでいるらしいんだよ」

『……分かった』


 俺は一歩一歩、巣穴に近づいた。すると俺の気配を感じ取ったのか、巣穴からべリアルロウが――


『……五匹か』

「いいや――」


 俺のすぐ後ろで、めきめきと音を立てて男が姿を変える。そしてその姿とは――


『――六匹か』


 亡命者の正体はべリアルロウ。そして――


「――皆さん、下がっていてください!」


 同時刻――村では亡命者の残りの四人が、既に姿を変えていた。


「分断程度で、私を倒せるとは思わないでください! 《殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション》、イスカ! 参ります!」


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