約束
『っかぁー、疲れた……』
ゲーム内とはいえ超眠い。ぶっ通しで進軍し戦った挙句、帰りも徹夜で帰る事になるとは。朝焼けが目に染みる。
「お疲れですわね、貴方様」
ラストが珍しく心配そうに問いかけてくる。
『家に帰ったら早く寝床につきたい』
「――ッ! そうですわね……」
何を察したのかは知らないが、俺はひとまず家に帰れることに喜びを感じていた。
最後に首都近くの大橋にて再び勇士と落ち合うと、報告事項についての確認を始める。
『とりあえず今はあんたが団長だから、剣王にはあんたが報告すること。捕虜の処遇については剣王からよく聞いておくように』
「分かった! 今回は本当にありがとうな!」
『ああ、俺はもう寝る』
そう言って俺は自分の家の前までワイバーンでひとっ飛びし、フィオナをそこで降ろして別れを告げる。
「こ、今回は本当にありがとうございました!」
『あー、気をつけて帰れよー』
「はい!」
正直言ってポニーテールの時よりも、今のショートカットの方が活発的でかわいいぞ。
なんて心の中で思いながら、ラストに家のドアを開けてもらって俺はなだれ込むように家へと入っていった。
『やっと寝られる……』
寝間着に速攻で着替えて二階を上がって寝室へと向かうと、俺が素材から採取してきた布団が目の前で待っていた。すぐさま布団に入り込むと、その柔らかい感触が俺を包み込みそのまま眠りの世界へと誘――
「――貴方様、約束は覚えていらっしゃいますよね?」
ラストに耳元で突然ささやかれ、俺はドキリとしてしまう。
『……な、何が?』
「何って、あの事ですよ……」
――『家に帰ったらいくらでも(言うこと)聞いてやるから!』(発言ログ)
「…………」
俺が額に汗をかき始めると同時に、ラストは俺の下腹部に腰を下ろしてマウントポジションを取り始める。
『……今日は勘弁して下さ――』
「駄目です♪」
素早く逃げようとしたところで素のステータスは相手の方が圧倒的に上。即座に両腕を組み伏せられ、俺はなすがままに唇を奪われる。
「ダメ――んんーっ! んーっ!」
「んっ……ちゅうぅ……っ」
完全に口の中を犯されている。舌と舌とが絡み合い、そして口内を這い回る舌が何度も何度も俺の唾液を舐めとっている。
「くちゅ、ちゅぷっ……フフッ、貴方様の唾液、とっても美味しい……♪」
ラストは口の周りについた唾液を指ですくいとりながらそう言うと、今度は下の方に手を伸ばし始め――ってそっちはマジでマズイから! ズボンを脱がすな! 服を脱ぐな! 先っぽを※※ゲーム内倫理協定により表示不可※※――
◆ ◆ ◆
「…………」
……結局三日三晩の完徹、その上最後の一日は何かと失うものが多かったです。
「…………」
俺のベッドには今、半裸の俺一人しか寝ておりません。
「……泣けてきた」
父さん母さん、(ゲーム上とはいえ)先立つ不孝をお許しください。
『……シャワー浴びて下に降りるか』
三日完徹のためげっそりとした表情のまま、俺は朝食の匂いがする下の階へととぼとぼと降りていく。
「…………」
「あら♪ おはようございますジョージ様♪」
いつも通りエプロンをつけているが、いつもよりご機嫌なラストが調理場に立っていた。
妙に肌がつやつやしているのは気のせいですかね……?
「ギルドからの手紙が来ているようですよ」
そういって手紙を渡してきた後、再び料理を続ける。
俺は剣王からの手紙など珍しいと思いながら、手紙の封を切ってあけた。
「…………」
何なに……“我が右腕であり友でもある刀王よ、今宵《殲滅し引き裂く剱》で集まっての円卓会議が始まるようだ。時刻は――”
――二十一時。日付はなんと昨日。
「うわぁああああああ!?」
「ひぃっ!? ど、どうされたのですか貴方様……?」
思わず地声でビックリだよ! 全く!
『お前と昨日ベットの上でギシギシガタガタ争っている間に円卓会議が開かれていたんだよ!』
「し、しかし昨日帰って来た時点ではまだ手紙は――」
『来ちゃったものはしょうがないでしょ!?』
ハァ、鬱だ。よりにもよって《殲滅し引き裂く剱》の奴らを待たせるなんて、絶対あいつとかあいつとか怒ってるだろ……。
『もういい。どうせ遅れたんだし、朝食を食ってから行くわ』
「申し訳ございません……」
全くだ。今更しゅんとなってももう遅いぞ。
『…………いただきます』
この日俺とラストは無言のまま朝食をとっていた。向き合う形で互いに黙々と食事をとっていると、新婚初夜の次の日の朝の気まずいアレのような感覚をひしひしと感じる。
「…………」
思えば昨日あの胸に絞り取られた――ってそういうことを考えている暇はないだろ俺!?
『…………っ、ごちそうさまでした』
「では、気をつけていってらっしゃいませ」
『……昼は多分城で食ってくると思う』
「ではその通りに」
ステータスボードからいつもの装備を呼び出して、俺は思い足取りで城の方へと向かっていった。
◆ ◆ ◆
「…………」
城内にある重い扉を開くと、すぐ目の前の豪勢な円卓に目を奪われる。
「…………」
部屋には既に二人のギルドメンバーが、それぞれ待ちわびていたという雰囲気を醸し出しながら待っていた。
『……わ、悪い。遅れてちゃった――』
「こんのド阿呆がぁ!!」
この場の誰よりも筋骨隆々で、この場の誰よりも雄々しく、この場の誰よりも髭が濃い男が、遅れた俺を怒鳴りつける。
「我ら《殲滅し引き裂く剱》が何たるものか、分かっているのか!!」
この男の名はグスタフ。《吹き荒ぶ暴風》の名を冠する戦士だ。レベルは92で、得意武器はその背中に背負う規格外の戦斧。ドラゴンだろうがなんだろうが頭をかち割れるそうだ。
『そりゃ俺だって創始メンバーだからこの意義ぐらい分かってるって!』
「ならば何故昨日の時点で来なかった!?」
『昨日はちょっと、忙しくて――』
「この円卓会議よりも大事なものなどある訳が無かろうが!!」
ド正論を突きつけられると、俺としても何も言えなくなる。
「ほんと、使えないお馬鹿さん」
そして便乗する様にもう一人のメンバーが俺に続けざまの罵倒の言葉を吐いてくる。
「時計どころか昼も夜も分からないのかしら? おマヌケ通り越して抹消推奨するレベルの脳みそね」
この妙にイラッとくる発言をするゴスロリ少女の名はキリエ。レベル89で職業はあの暗黒騎士ゴウと同じ魔法剣士。だが実力と気品はこっちの方が圧倒的に上で、嫌がらせのレベルもこっちが上だ。
「ほんと、集合一つも出来ないのならこの《殲滅し引き裂く剱》を脱退してもらえないかしら?」
『俺が脱退したからってお前が途中加入の新人だという事実は消えないぞ』
「なっ……! 何ですってぇ!」
キリエは懐からナイフを取り出し、両手に構えて威嚇をするが、少なくともそれに負ける俺ではない。
『……本当に構えていいのか? まさか《刀王》の持つスキルが分からないわけじゃないだろ?』
「くっ……」
キリエは自分が投げるよりも叩き斬られる方が先だと分かっていたのか、渋々ナイフを懐にしまいなおす。
『そうそうそれでいいんだよ、大人しくしておけば――』
「大人しくしておけば何ですか?」
後ろからの急激な殺気に、俺は思わず背筋を伸ばした。
『……何でもないっす』
「全く、貴方は今まで遅刻したことが無かったのに、これほどの遅刻をしてしまうとは一体どういう事ですか?」
粛々と言葉を連ねる男に対し、俺は「さっきまでアレしてました」なんて口が裂けても言える訳が無かった。
「少しはこの国のナンバー3として自覚を持っていただきたいものです」
恐らくこの世界で最強の勇者、名前は#FFFFF。カラーコードでさすところの白色。つまりこの男は通称としてシロとよく呼ばれている。
「ジョージさん。貴方が大変遅れたせいでこの中の二人は痺れを切らしてどこかへと出て行ってしまいましたよ?」
『……すいません』
「まっそこまで重要な案件ではありませんし、ここにいるメンバーだけでも把握できていれば良しとしましょう」
普段はこのようにして物凄く物腰が柔らかいが、この男には一つだけ短所がある。
「それより、ボクは自分自身の時間を失ったことの方が大変痛々しいのです。この辺よく分かりますよね、ジョージさん?」
この男は、超がつくほどの効率厨だ。
「貴方が来ない半日間の間、どれだけクエストをこなせると思います? どれだけ経験値を稼げると思います?」
『えっ、だってシロさん流石に夜は寝て――』
「ボクは少なくとも深夜二時までは狩りを行いますよ?」
……クソッ。
『…………』
「では早速会議を始めましょうか」
この円卓会議では剣王から選抜された者――この国でも選ばれしエリートだけが加入できるギルド、《殲滅し引き裂く剱》のメンバーが集められている。その名の通り、相手を確実に殲滅する際に送られる少数精鋭であり、仕事内容としては重要な交戦ポイントでの任務の遂行、クラスSの魔物の討伐、その他剣王による極秘任務を受けたりと、クエストレベルも重要度も高いものを任されている。
この《殲滅し引き裂く剱》についてだが、名前を考えたのは俺だ。最初の三人で創始する際に、シロさんともう一人のネーミングセンスが絶望的に悪かった事から、比較的マシな名前を付けられるこの俺がこのギルドの名前を付けたのだ。
決して中二病という訳ではない。断じて。
『で、仕事内容は?』
「まあそう焦らないでください」
さっき焦らせたのはあんただろうが。
「先に報告があります。えーとですね、実はボクおとといをもちましてレベルカンストしました」
「本当ですか!?」
「流石で候!」
『…………』
「おや? ジョージさんはコメントが無いようですが」
『いえ、早すぎて絶句しただけです』
えっ、もう120いったの!? 早すぎやしない!?
というかシロさんはは澄ました顔でニコリと笑っているが、このために彼がどれだけ戦場で狩り尽くしてきたのか俺には見当もつかない。
「ジョージさんも早くカンストしていただきたいものです。我々の最終目的はギルド全員のレベルをカンストさせ、いち早く超大規模戦争の引き金を引くことですから」
確かに国全てを巻き込んだ戦争を起こし、そしてそこで勝利すれば即座に統一できることくらい分かっている。だがまだまだ時間はかかる上、カンスト以外の底上げもしておくべきだと俺は思うが。
「ではボク自身の報告はこの辺にして、仕事の話に移りましょうか」
卓上に巨大なステータスボードが展開されると、シロは自分が受けとった指令を皆の前で表示する。
「一つ目はSとまではいきませんが、Aランク後半レベルの討伐クエストの依頼です」
首都ベヨシュタットから北の方へと進み、シュベルク山という一年中雪が吹き荒ぶ山を超えて行った先にある小さな村、《カナイ村》にて依頼を遂行するのだという。
「どうやら村の近くにべリアルロウが現れているようです」
「べリアルロウ? 何だそれは?」
グスタフはその魔物の名前を聞いたことが無いようで、首をかしげている。
『べリアルロウ……巨大なオオカミ男のようなものだ』
唯のオオカミ男ではない。鋭くリーチの長い爪、一撃で腕を持っていくほどの噛む力を持つ顎。そしてより醜くなった顔。吼えればこちらにデバフがかかり、そして野生のオオカミを呼び寄せるどころか、他のべリアルロウまでも呼び寄せることがあるという大変厄介なモンスターだ。
『全ての攻撃にクリティカル率が設定されているから、下手すると即死する可能性も出てくるな』
「何と恐ろしい敵なの!」
「ですがクラスSを一人で陥落せしめたなら大丈夫でしょう? ねぇジョージさん」
シロさんあんたも過去に一人でクラスSぶっ潰しているでしょうが。
「この依頼と後一つ、クラスSの遠征クエストが用意されています」
『つまり、Aクラスの討伐は一人でクリアし、残った二人でクラスSを遂行するって形か』
「それいいですね。ボクはまた別件でクエストを受けるので、人数にいれなくて正解です」
「遠征程度なら別に一人で良いのではないか? 領地と戦線の視察をして回るだけだろう?」
「これもまた道のりが長くかつ危険で、道中で新たなモンスター発見との報告も出ています。難易度が計れないが故にクラスSと、銘打たせていただきました」
クラスSの方を受けるとなると、恐らく一ヶ月くらいクエストに釘づけにさせられるな……。
『……俺はクラスAの討伐クエストを受ける。お前達二人で遠征行って来い』
「な、何故だ!?」
「私がこんなムサイ男と一ヶ月とかイヤに決まっているじゃない!」
その発言地味にグスタフさん傷ついているから止めて。まあ文句が出るのも分かるが、帰ってきて次は一か月遠征なんて今の寝不足の俺にはきつすぎる。
『大体べリアルロウのことを知らない奴が討伐に行っても手こずるだけだ。俺がサクッと片づけて来てやる』
「実際終わり次第討伐側も遠征を手伝ってもらいますからね。実際は一ヶ月もかからないと思いますよ?」
手伝いはいやだ。が、シロの助けもあって割り振りはここで決定する。
「ならばいいだろう」
「……分かったわよ」
これにて波乱の円卓会議は無事終了。新たなクエストへの出発まで、あと四日――
NEXT QUEST ――討伐任務「吹雪に舞うべリアルロウズ」――




