撤退戦
敵から既に認知されていることは分かっている。だが一向に前進してくるのみで攻撃する気配が見えてこない。
『俺達など踏み潰すか無視できるほどの虫ケラとでも言いたいのか』
「随分と舐めていますね」
俺はともかく《七つの大罪》であるラストを無視できるほど、相手は図に乗っているのか。
『……ラスト』
「はい」
『ひとつ驚かしてやれ』
「御意に」
少しばかり、こっちの方を見てもらおうか。
ラストは静かに右手を前へとかざし、蛍光色の魔法陣を展開する。そしてその後ろにて、俺は腰元の《籠釣瓶》へと右手を這わせて構えを取る。
「――【腐食邪戒喰】」
移動要塞の六つの足の内、左の前脚一本!
『ここで置いて行ってもらう――抜刀法・終式』
――滅剱。
無音で抜刀された斬撃が地を這い、通過する物すべてを真っ二つに切り裂いていく。
そしてその先、移動要塞の左前脚――
『やったな』
「ええ」
左脚一本。予定通りにここで落としてもらおう。
俺の宣言通り、滅剱が移動要塞の足を一つもぎ取っていく。
『見事なdebuff(弱体化)だった』
「お褒めに預かり光栄ですわ」
これで少し体勢を崩せたか。移動要塞は六本脚のバランスを崩したためか前進できずにその場で足踏みを繰り返している。
『あと一本ほど逝っておきたいところだが――』
どうやら敵もこちらの危険性を理解できたらしい。
『チッ、大砲か』
遠くからでも見える超長距離砲。そしてその銃口の先には俺達が立っている。
『ラスト!』
「仰せのままに!」
神滅式で断ち切ってもいいが、現時点であまり的に手の内を見せるべきではない。
『焦ることはない。着弾には時間がかかる。ギリギリまでひきつけろ』
俺は背後からラストの肩に手を置き、息を殺してその瞬間を見定める。
『――今だ!!』
「――【空間歪曲】!!」
砲弾が発射され、そして俺達の目の前まで来た瞬間にラストの魔法が発動される。
砲弾は見事にそれ、俺達のすぐ近くに着弾する。
『ッ、凄い爆風だ』
防護壁が敷かれているとはいえ、思わず目を覆ってしまう。あれをまともに受けていたら、例えLv120でも木端微塵になっているに違いない。
『次弾の装填にかかるか……ラスト!』
「はい!」
『撤退する!』
敵はまだ手立てを持っていることくらいは分かっている。だからこそこの場は一旦引くしかあるまい。
「――【転送・ベヨシュタット!!】」
敵は俺達が去った事により、進軍より修理を優先してくれるはず。そう考えて俺はこの場を去ることを決意した。