猟犬
――結局街はラストの呪文のせいで半壊。街並みもグラディウスぶん回しやがった暗黒騎士のおかげで倒壊していることから、復興に多大な時間とコストがかかるだろう。
『……まあ、仕方ないことだが』
捕虜として捕まえた者は皆袖の色が黄緑色で、これは銃王治める《キャストライン》に忠誠を誓っていることを示していた。
人々は所属する国を示すために、服のどこかにアクセントとしてその国のシンボルカラーを入れている。例えば俺だとこのフード付コート、正式名称・《タイラントコート》は蒼色で縁取られている。我らが剣王の長める国のシンボルカラーは青。つまり剣王の所属ということだ。
ちなみに剣王が治める国の名は、首都と同じ名である《ベヨシュタット》。剣王にゆかりのある地名からだそうだ。
そして色の濃さでその国での大体の地位が把握でき、色が濃い程その国での地位は高いとされている。俺は蒼色ということで、色の濃さとしては濃い部類となる。実際に《刀王》の称号を貰っていることからこれも合致するだろう。
今回戦った相手は《キャストライン》で、シンボルカラーは緑。街の住民の黄緑色と比較すると、街の住民の地位はあまり高くないものとうかがえる。
一般市民は基本的に色が薄く地位も低い。もちろん例外もあって、剣王の首都・《ベヨシュタット》の市民の場合、同じ国の一般市民のような薄い水色ではなく、それより濃い青を身に着けている。
「さて、色替えをするか、ここで抹消されるか。非情かもしれないが選んでくれ」
捕虜の裁断は今回の軍団長である勇士の男に任せつつ、俺は行方不明となった一人と一匹を見つけようと空を眺めていた。
『……あのよ、戦闘中にワイバーンに乗った小さい女の子見なかったか?』
「うん? 見てないな」
「すまない、こっちは西側スナイパーの排除に集中していて空は見ていない」
「我もお前の弟子など見かけなかったわ。最も倒壊した建物に紛れているとなってはシャレにならんがな!」
それは俺も洒落になんねーよ……仕方ない。
『口笛で呼び寄せられるか……?』
俺は親指と人差し指を口にくわえ、勢いよく息を吐いた。
「ピィィ――――ッ!!」
…………………………………………………………駄目だこりゃ――
「うわわわわわっ!? 止まって下さいぃー!」
「あれは!?」
うちのバカ弟子です。ええ。乗れもしないワイバーンを明け渡した俺もバカですけど。
『まっ、見つかったし良しとし――』
突然の銃声。それと同時にフィオナの体勢が崩れ、ワイバーンから落ちてゆく。
『――ウソだろ!?』
俺はとっさに駆け出し、空から落ちてくる少女を拾い抱えに向かう。
運がいいのか落下地点まではそう遠くなく、俺の脚力では十分に追いつくことができる。
間一髪キャーッチ!! ワイバーンの方は怪我なく地上に降り立ったが、少女はというと長かったポニーテールが無くなっている。
『大丈夫か!?』
「残党を追うぞ!」
「オウ!!」
この事件に上位組の一部が残党狩りにでるが、今はそっちよりもこっちが大事。フィオナはというと何とか目を覚ましたようで、特に体にも異変はない様だ。
『どこか撃たれたか!?』
「だ、大丈夫です……! ただ――」
そんなことよりもフィオナは自分の後頭部に手をやってもポニーテールが無いということに対し、落ち込んでいるようであった。
「せっかく綺麗に結んでいたのに……」
『……ハァ、危ないところだった……それにしても』
侵略を終えた後に奇襲とは卑怯な――と俺は勇士がやった事を棚に上げて怒りを露わにしていた。
『で、結局はワイバーンを手懐けられなかったか?』
「そ、それはですね! 上空の方で何とか練習したおかげで……ほら、この通りです!」
騎乗スキルが幾分か上がり、ワイバーンが鳥でも捕食していたのか、騎乗者であるフィオナにその分の経験値が入っている。
『レベルは上がっていないにしろ、現時点で騎乗スキルが面白い事になっているな』
「竜騎士イケるんじゃね?」
「いいなー! ワイバーンなんて俺買う金ねえから騎乗スキル上がらねえし」
うんうん、周りから新人がもてはやされる光景はネトゲではよくあるものだ。現実では中々――
いっけね、これネトゲだ。
「…………」
「あ、あの、師匠! 今日はありがとうございます」
『まずは、生きててよかったよ』
後は撃った奴を抹消すだけだが。
「――おーい! 見つけたぞ!」
「くっ! 殺せ!」
おいおいそれは剣士側が捕まった時のセリフだろ? とツッコミを入れたかったが、それよりフィオナを撃った犯人が見事捕まったらしい。
「許しを請う気などない! さっさと消せ!」
スナイパーゴーグルを額に装備し、目の下にはアイブラックをつけており、そしてタンクトップに森林迷彩の防護服を着た女性レンジャーが捕まっている。露出した肌は日焼けをしており、腹筋も少しばかり割れている。その視線も猟人のような鋭い目つきをで辺りを睨み散らしている。
装備レベルからして地方に飛ばされた中堅組といったところか? だが一つだけ注目すべきところは、12.7mmの……大口径対物ライフルか。
12.7mmとなると元のゲーム通りならかなりの火力を持ったスナイパーライフルじゃなかったっけ? となるとこの狙撃手、相当STR(筋力)高いのでは? しかしそれだとフィオナを狙えていなかったのが気になる。
とまあ俺が考えを巡らせていると、味方軍の内からとある言葉が飛び出す。
「こいつあの《猟犬》じゃないか!?」
「《猟犬》?」
「ああ。何でも襲撃を受けた街に一人だけ派遣される遊撃部隊がいるらしく、敵からすれば相手を取り囲んだと思えばいきなり背後から抹消されるという脅威を秘めた部隊がいると。そしてそいつはゲリラのくせに、対物ライフルを背負っているらしい」
なるほど、遊撃部隊ならスナイパーライフルにそこまで適性がないことは分かるし、先ほど不規則な動きをするワイバーンに乗っていたフィオナを撃ち落とせなかったのも理解ができる。
『……おそらくその《猟犬》だな』
「確定か」
「くっ……」
猟犬は突然その場で舌を噛んで自害しようとしたが、そうはさせまいと俺は刀の鞘を猟犬の口にねじ込んだ。
「がァッ!?」
危ない危ない、流石に自害して貰っちゃ困る。
『自ら抹消されて記憶を消そうとしたのだろうが、そうはいかない』
このゲームでLPがゼロになると、現在のアバターは抹消されてしまう。
リアルでも死ぬという訳ではないが、それに等しい死亡ペナルティはつけられる。一つ目は装備やレベル、国における地位や従えているTM、それら全てリセットされるということ。これだけでもきついが、二つ目の方が実はきつい。
その二つ目とは、ここまでの記憶をすべて抹消されるということ。これまで培ってきた攻略情報も全てパァー、記憶を無くしてニューゲームである。仮に今から周りに追いつこうとすると、どれだけ苦労しなければならないかは計り知れない。
そして猟犬はそのリスクを背負ってでも、国の為に犠牲になる道を選んだというのだ。
「…………」
正直気に入らない。仮にここで自害したとしても、彼女自体は何も救われはしないだろう。またどこかでレベル1からやり直し、今までの同期の輩も流石に低レベルの人間にいちいち手を差し伸べはしないだろう。そもそも記憶がないのだから、ふとしたきっかけで別の国に志願しているかもしれない。
「ぐぎぎ……」
『……何故そこまでする。敵にやられるならまだしも、自害なんて何の意味もないんじゃないか?』
俺の問いに答える気はあるようで、猟犬はそれまで噛んでいた鞘から口を話す。
「簡単な事。敵に国の情報を売る気はない」
うわぁー、こりゃどっぷり浸かった軍人さんじゃん。
『だが代わりにお前は死亡ペナルティがつくぞ』
「構わん。それで祖国が守れるのなら」
すっげ、ロールプレイ完璧――って感心している場合じゃない!
『……あのね、仮にあんたが自害したとしても、国は転生後のあんたをフォローするとは限らないんだよ?』
「……それでも――」
『結局使い捨ての駒にしか過ぎない。リセットされるだけ無駄さ』
っていうかこれ自分にもブーメランきそうで怖い……。
「ッ、だったら貴様は! 私と同じ立場ならどうするつもりだ!」
『…………俺はそもそもそんなヘマをしない』
死なないために刀を選んでいるんだし。
「…………フフッ、アッハハハハハッ!」
猟犬はしばらく黙りこくった後、突然笑いだした。そして死ぬことを諦めたのか、大人しく捕虜につく道を選んだようだ。
「ふっ…………面白い奴だ」
『……捕虜ならまだ助かる道はあるだろう。それに、あんたみたいな美人がそう簡単に死んではいけないしな』
……うわっ、自分で言って自分でむず痒いセリフだわこりゃ。っていうかラストさん嫉妬しないでくださいそういう意味ではないですしそもそもあなたの意味と違いますでしょ!?
「なっ――」
猟犬さんも耳まで真っ赤にして俯く必要は無いでしょうが!
このままだとまた周りの顰蹙を買いそうなので、俺は一足先にワイバーンにまたがる。
『とりあえず団長の部隊が捕虜を連行、残りはこの場所の完全占拠を。俺はまた空から援護にあたる』
「分かった。では俺の部隊は捕虜を連れて帰投! 残りの部隊で街の占拠と復興を手伝ってくれ! 三日もあれば支援部隊が来るだろう!」
「了解した!」
――今回の戦果。
剣王軍――負傷者、二十二名。死傷者、ゼロ。
ベルゴールの占拠及び周辺までの領地の拡大に成功。捕虜の中に《猟犬》がいることが発覚。後に情報提供をしてもらう予定。
以上。




