蒼き侍
「――こちらアルファ2! C2ブロックにて敵群と交戦中! 敵の数およそ十! 航空支援を頼む!」
「北の方より伝聞だ! 二時の方面から突撃部隊が来ている! かの《蒼侍》が来るまで、何とか持ちこたえてみせる!」
ゲーム内時刻、午前十一時。天候、晴れ。現在地――元々は『白い街』といわれていた、崩れ落ちた小さな街。
壁に残る古い焦げ跡に重なる様に焼きつく炎は、ここで何度も争いが起きていた事を示している。
そしてその地区の一角で、中世の鎧を身に纏いつつ右手に剣を持つ集団と、都市迷彩の衣服で空間に溶け込みながら、突撃銃を構えている集団とが衝突していた。
「ここで名を挙げ、あのお方に少しでも近づくのだ! 剣王様に勝利を捧げよ!!」
「うおおおおっ!!」
地鳴りのような掛け声とともに、鎧の集団は一直線に突き進む。
「来るぞ! フォーメーションAだ! 基本を思い出せ!」
それに対し銃を持つ軍隊は、横一列に並んで銃を構えて迎え撃つ。
「発射!」
号令とともに、銃撃音が空へと響く。
「うおおおおぅ!?」
「ぐはっ!」
鎧による防御力を差し引いたとしても、突撃銃による連続攻撃は確実にLPを削ってゆく。
一人、また一人と倒れていく中、集団でも高レベルの者が生き残り、敵陣へと突入する。
「ば、ばかな――」
「喰らえっ!!」
接近戦となれば優劣は一転、照準を合わせて引き金を引くより、剣をその場で横なぎする方が効率がいい。
「敵陣は混乱している! 今だ、俺に続けー!」
恐らく集団のリーダーであろう男が、敵陣を切り開き激励の言葉で味方の士気を上げる。
「くっ、航空支援はまだかっ!」
軍隊の方も、部隊長らしき人物が一部の部下を率いてその場から撤退を始める。
「見ろ! 撤退していく! 俺達も続くぞ――」
この時点で鎧の集団、つまり剣王側が勝利を収めるとその場の誰もが感じていた。
――しかしそれはすぐに、爆炎によって敗北へと塗り潰されることになる。
「ぐわぁ――ッ!!」
空から降り注ぐは対地ミサイル。それは軍の部隊長が事前に呼んだ、航空支援によるものであった。
「ば、馬鹿な!? ATK(攻撃力)が五桁だと――!?」
集団の一人が死に際に見たのは、味方から浮かび上がる壮絶なるダメージ数値。それは現環境ではトップクラスの攻撃力であり、集団が着ていた耐火装備など紙切れの様に突き破る事ができるほどのものであった。
軍隊側も被害は出たものの、倒壊した建物の陰に隠れることで何とか空爆から事なきを得ることができていた。
「ふぅ、何とか終わったようだな」
部隊の一人が顔を出し、生存者がいないかどうかを確認する。
すると一人だけ、あの最初に飛び込んできた勇士だけが生き残っていることに気づく。
「どうやら一人だけ生き残っているようだな」
隊長が物陰から飛び出すと、それに続くように残りの部隊員も瀕死の剣士の元へと駆け寄る。
「悪いが、これも戦争なんでね」
そう、これがこの世界におけるメインコンテンツでありエンドコンテンツである対人戦――要は戦争である。プレイヤーはゲーム内の六つの国のうちいずれかに所属し、天下統一の為に日々戦い続けている。
そして今起きているこれは、数ある日々の中でもよくある出来事でもあった。
「分かっている、さ……お前達も、生き残るのに必死なのだと」
勇士はどこか納得するような口調で、敵部隊に話しかける。話している間にも「出血」「火傷」のバッドステータスのせいでどんどんLPが削られていた。
「まあ、記憶のリセットを喰らっちまうのはきついが、俺達も早くこのゲームを終わらせたいんでね」
軽い口調で隊員の一人が言っている内に、勇士の表情もまた変わってゆく。
「……どうやら、お迎えが来たようだ」
「そうだな。そろそろ俺達も、この場から――ッ!?」
勇士の表情の意味は、部隊が察する者とは大きく違っていた。その証拠に部隊長が最後まで言葉を言い終える前に、隊員の一人が何者かによってその場に切り伏せられる。
「っ!? 散れッ!」
隊長のとっさの判断が功を制したのか、とりあえず部隊は犠牲者を一人だけに抑えることに成功する。
「馬鹿な、あの爆撃で敵はほとんど消えた筈……!」
「GPSにも、俺達以外の人影は――ぐわぁっ!!」
隊長の視界外でまた一人、新たな犠牲者が現れる。
「全員配置に付け! フォーメーションDで行く!」
この隊におけるフォーメーションDとは、互いに死角となる背中をカバーし合う陣形である。部隊も今となっては残り四人。この陣形が、彼らの明暗を分けることになる。
「……出てこい! 不意打ちなど、剣士がする事じゃないだろう!」
突撃銃を震わせて、誰もいないはずの空間に叫び声を響かせる。
すると――
「……」
「ッ!? ……嘘だろ……!?」
「隊長! あれはもしや!?」
「やっと、来たか……」
とある青年が持つ黒刀は既に血塗られ、赤い水滴がぽたぽたとおちている。身に纏っているフード付の黒のロングコートは、深い蒼で縁取られている。
目深にフードを被っているせいで顔を見ることはできないが、その特徴的な装備をする物はこの世界に一人しか存在しない。
「あ、《蒼侍》……だと!?」
《蒼侍》の異名を持つ青年は、倒れている剣士の肩を持って、近くの岩場に持たれかけさせる。
『……遅れてすいません』
《蒼侍》と呼ばれた人影は、剣士の目の前で空中に浮かぶ特注のキーボードに打ち込んで発言した。
『だいぶこちら側に犠牲が出てしまったようで』
「ああ、だがあんたが来てくれたんだ。それ以上は言わないさ」
フードの奥でフッと青年は笑うと刀から血を振り払い、そして改めて目の前の敵と相対する。
『……突撃部隊……銃王の配下か』
「くっ……まさか剣王直下の人間と相対するとはな……!」
蒼侍は再び刀を鞘に納め、そして居合の構えをとる。
「抜刀法・弐式――」
相手が引き金を引くより早く、侍は刀を抜く――
「――絶空」
斬撃は空を切り、明らかに刀の攻撃範囲外にいた筈の隊員達を一閃する。
「がっ……はっ……」
対象のLP、ゼロ。敵は全て人たちの前に斬り伏せられ、その存在を抹消された。
「……やはり、レベルが違い過ぎるか」
抜刀法・弐式――絶空。相手が銃弾を飛ばすというのであれば、斬撃を飛ばすまで。これはこのゲームでも後半のレベルでしか会得できないスキル。使える者も限られてくる。
『任務完了。只今より帰投する――』
蒼侍は刀から血を振り払って納刀を終えると、そう打ち込んでその場から帰投しようとした。
しかし――
「――ッ!」
地面に映る巨大な影を察知し、蒼侍はとっさに勇士を抱えてその場を脱した。
「ゴアアアァッ!!」
先ほどまで二人がいた場所に降り立ったのは――巨大な図体をしたドラゴン。
「くっ、まさか戦術魔物まで呼び寄せていたとは、どこまでオーバーキルするつもりだったんだよ!」
剣士は出血を手で押さえながら、突然現れた魔物を相手に愚痴をはき始める。
戦術魔物――通称TM。この世界では人間以外にもNPCとして魔物も戦いに参加させることができる。魔物はいずれも手強く、手懐けるのも一苦労なものばかりであるが、その分戦場での働きは目を見張るものがある。NPCの中にはこちら側のレベル上限を上回る存在もいて、そしてそれは魔物にも適用されるからだ。
『地上種ドラゴンとはいえ、クラスBか……レベルは70代……』
「行けるか……?」
『うーん……』
地鳴りを携えながら迫りくるドラゴンに対し、蒼侍は苦笑しながらこう言った。
『――俺、クラスSとサシで殺りあったことがあるんで』
蒼侍はドラゴンの方へと振りかえりざまに柄に手を置き、こう呟いた。
「抜刀法・終式――」
――断罪。
「ゴッ、アッガ……」
LP、ゼロ。刀身は肉体を縦一閃。真っ二つに裁断されたドラゴンは、その場に倒れ伏した。
「……流石は、蒼き侍様だ」
侍はニコリと笑って、今度こそこう言った。
『対象、完全討伐完了。只今から帰投する――』
前作「ルール・オア・レボリューション」が体験版、ということでこちらを製品版という形で引き続き一人称視点の練習も兼ねて頑張っていきたいと思います。