2-3
2-3
「リアル…」
かつて春一を追い込み、妖怪世界を我が物にしようとしていた妖怪、リアル。春一に捕えられ、今は枢要院の牢の中にいる彼が、どうして春一に挑戦状を送れたのか、それはわからない。しかし、春一にとってそんなことはどうでもよかった。リアルが自分に対して挑戦状を叩きつけた。それだけで、十分血流は速くなる。
「あんの野郎…チョーシこきやがって…!…ぶっ飛ばす…っ!」
春一は夏輝から紙をひったくると、それを握りつぶした。
「何で琉妃香の方が先に解くんだよ」
春一は、不服そうな顔をしてコーヒーを啜った。リアルからの挑戦状を受け取って数日、以来春一は不機嫌を露わにしてきたが、今日もそれは変わらない。だが、今日は若干矛先が違うようだ。
「昔ピアノを習っていたそうで、それでパソコンを見たら気が付いたと」
「そういやあいつ小学校の時ピアノやってたっけ…。ああ…そういうことか…」
春一は全てに合点がいったように頷いた。
「つまり、あの数字がピアノでいう指の位置を表し、『すいちり』という言葉がキーボードのかなを表していた。その通りに指を置くと…」
「『Real』というアルファベットが浮かび上がるというわけですね」
春一は頷いて、コーヒーをグイッと飲み干した。
「さて、俺は出かけてくる」
「どちらへ?」
「駅の本屋。あそこが一番品揃え良いからな」
「お気を付けて」
「あいよー」
春一はバス停でバスを待っていた。車かバイクで行けば早いのだが、駅周辺では駐車料金を取られる。それならばバスで行ってしまった方が安い。
発車時刻を三分遅れて、バスがやってきた。春一はバスに乗り込んで、前部の二人掛け座席の奥に座った。そしてバスが発進する。すぐ先の信号が赤だったため、停車した時だった。
「お前ら、動くな!」
突然、左側の一番前に座っていた男が立ち上がって銃をこちらに向けた。
バスジャック。その単語が乗客の脳内に再生される。
混乱の声が車内に響き渡る。女性の悲鳴、男性のうろたえる声。
「静かにしろ!」
銃声が轟いた。男が放った一発が、天井に穴を穿つ。今度は男女問わず、悲鳴を上げた。
「おい、下手な運転してみろ、お前を撃ち殺すぞ!」
運転手に銃口を向けると、運転手の男はびくりと身を震わせて必死に頷いた。
「お前、来い!」
男は、右側の一番前に座っていた女性を乱暴な手つきで引き寄せた。彼女のこめかみに銃口を突き付けて、腕を首に回している。女性は必死にもがいていたが、銃口を一層強く押し付けられると、涙を流しながら大人しくなった。
「助けて…」
嗚咽を交えた人質女性の懇願が、虚しく宙に舞う。
「あのさ、人質、っていうのかな。交換しない?俺と」
そんな中、まるで空気を読めていない呑気な声が車内にのんびりと伝播する。
「…は?お前、何言ってる?」
若干呆気に取られているバスジャック犯が春一の方を見る。車内の混乱も一時停止をしたように、皆が春一を見つめている。
「いや、だから。俺が人質になるよ。それとも何、女の人じゃなきゃヤダ?エッチー」
「ふざけんな!何だテメーは!」
「大学生」
「そんなことを聞いてんじゃねぇ!」
「じゃあ何を聞いてんのさ。漠然とした質問じゃ的確な答えは返せない」
「お前…死にたいのか?」
「まさか。でもほら、俺が身代わりになったら、格好良いじゃん」
「…それだけか?」
「まぁね」
「…お前は最初に殺してやる」
「じゃあ、交渉成立ってことでいいかな?」
犯人の男はゆっくりと女性から腕を離した。代わりに春一の眉間に銃口を突きつける。春一は両手を上げて、犯人の男と相対した。