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「ちゃーっす、四季文房具店っすー。おめーら大人しくしねーとぶっ飛ばすぞコノヤロー」
港にある小さな倉庫。そのドアを開けた春一は、開口一番言った。もちろん、顔には百パーセントの笑顔が張り付いている。
中を見渡すと、三人、いや、三匹の妖怪がこちらを向いていた。倉庫の中では十数匹の犬や猫が鳴いていた。
「おめーらの悪事は全部割れてんだ。っつーか、これ、現行犯ね。お前らは枢要院の連中に引き渡すから」
ようやく事情が呑み込めた三匹の妖怪は、目の前の春一を敵だと認識したらしい。その内の大柄な一匹が、手に角材を持ってこちらに向かってきた。
「オイオイ、俺は平和にいきたいんだぜ?できることなら…お前をぶっ飛ばしたくない」
「舐めんなガキがっ!」
振り下ろされた一撃を躱した春一は、そのまま横に跳んでポケットから黄色い呪符を出してそれを手に巻いた。この呪符は対妖怪用で、今回のような膂力の強い妖怪や、防御力が高い妖怪にも効果がある。普通の素手では歯が立たないが、呪符をつけていれば別だ。更に、手に付けるだけで蹴りや肘、膝も強化される。と言っても防御面が強くなったり、敏捷性が上がったりするわけではないので、あくまでも攻撃だけを特化させる呪符である。呪符に書かれている梵字を草書体で書いたような文字は、春一の個人的な趣向である。
「全く…ラヴ・アンド・ピースって言葉を知らないのか、お前は」
「お前の最初の台詞の時点でラヴもピースもねぇよっ!」
「うん、それは否めない」
「否定しろや!」
激しく突っ込む妖怪を笑顔で受け流して、春一はその妖怪達をギッと睨んだ。
「テメーら…やっていいことと悪いことの区別もつかねーのか?」
「あ…?」
「ペットを盗むことで小さな子供が泣くのに、お前らはそういうことをするんだな?」
「オメーはまだガキみてぇだから教えてやるけどよ…俺らは金が欲しいからやってんだ。コツコツ人間と一緒に働くなんてやり方よりよっぽど稼げるしなぁ」
へらへらと笑いながら言う妖怪に、春一の纏う空気が変わったことを、夏輝は肌で感じていた。妖怪の負けだ。
「俺は今、言いたいことが二つある」
「あー?」
「一つ…俺はもう成人してるから、少なくともガキではない。そして二つ、善悪の区別もつかねぇテメェらの方がよっぽどガキだ馬鹿野郎!」
春一が言い終わった瞬間に、妖怪が吹っ飛んだ。その巨体が横に吹っ飛ぶ。春一が妖怪の横面を殴りつけたからだと気付くのには、夏輝でさえ一瞬時間を要した。
「オイ…」
地獄の底から這い上がってきたような声で、春一が小さく言う。残りの妖怪二匹は、伸された仲間を見てすっかり怖気づいている。
「テメーらもやんのか?コラ」
拳を見せながら言う春一に睨まれ、二匹の妖怪はぶんぶんと首を振った。それを見た夏輝が、妖怪達を拘束するため呪符でできた紐を取り出す。
「一件落着だ。さーて、枢要院に連絡すっかー」
春一が携帯電話で枢要院に連絡を付けた十分後、彼らはやってきた。枢要院の者達と二、三言交わすと、春一と夏輝は倉庫を後にしようとした。その時。
「春一、ちょっと来てくれよ」
「あ?」
妖怪の内一人が、春一を呼び止めた。春一は不機嫌そうに返事をして、仕方なくその妖怪に近づいた。
「ジャケットの内ポケットに一枚の紙が入ってる。手紙だ、読んでくれ」
「あぁ?」
「いいから」
ある種懇願するような目つきで頼む妖怪を見て、春一は渋々彼のポケットを探った。すると、確かに一枚の紙片が入っていた。
「確かに渡したぜ」
そのやり取りを終えると、妖怪は枢要院に連れられて倉庫からいなくなった。春一は倉庫の中で、その紙片を広げた。
するとそこには、不可解な数字と文字が書かれていた。
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す い ち り
「何ですか、それは」
「わかんねぇ。まぁ、いいや。帰んぞ、夏」
「はい」
春一の胸の中で、何か煮え切らない想いが渦巻いていた。