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「何しに来たの、お前ら」
琉妃香ともすっかり仲直りをしていた春一は、なんてことない風に二人を迎えた。いつも通りの三人の風景だ。
「いやーハルがバスジャックの被害に遭ったっていうかラ、お見舞いニ」
「ついでに夏兄にアップルパイ作ってもらおうと思って。これ、材料」
「…どっちがついでだよ」
「どっちかって言えば前者かナ」
「寧ろ百パーセント前者だね」
「お前ら、帰れ」
とても0円とは思えない笑顔を満開にしながら言う春一に、丈と琉妃香は早速紅茶やコーヒーの準備を始めた。
「何ヨ、ソレ」
夏輝がパイをオーブンで焼いている間、丈と琉妃香はテーブルの上にポテトチップスを並べて、それを三人で食べていると丈が言った。彼の視線の先には、春一が先ほどからずっと睨めっこをしている件のメモ。
「妖怪にこんなこと言われたんだよ。意味わかんねーし」
「ハルが馬鹿だからじゃない?」
「お前の顔面にアップルパイ投げつけてやろうか」
「そしたらお前の顔面潰してやんよ」
「んデ?これが何を言いたいか何もわかんねーワケ?」
「全く」
「こういう暗号ってのはサ、案外子供でもわかるようになってんだゼ」
丈が得意げな顔でそのメモを春一の手からひったくる。
「よくあるじゃン。意味不明な文章の下に『しりとり』って書いてあって、『し』と『り』を取って読むと意味がわかるとカ」
「そんな簡単なことかよ?」
「例えばだヨ。この『死が二人を別ち』ってのはヨ、一見結婚式の誓いの言葉みたいだけド、実は二を四で割ることだったりしテ」
「何となく通るけどさー、2÷4の答えって0.5でしょ?だから何、って感じになんない?」
「甘ぇよ琉妃香。『まだ幼い長息だけが残った時』ってのがポイントじゃねぇのかナ」
「具体的に言うと?」
春一が若干真剣みを帯びた顔で丈に聞く。丈は相も変わらず得意げに、メモを手でパシリと打ちながら春一と琉妃香を見回す。
「『幼い』ってことは『小さい』ってことだロ?長息ってのは最初に生まれた長男のこト。つまり…」
「…小数点第一位?」
「5ってことじゃねぇのかナ」
二人からため息が漏れる。合っているかはわからないが、辻褄は合う。
「丈センセー」
「何かな琉妃香君」
「じゃあ5は何を意味してるの?」
「そ…それはだなァ…。それは一旦置いておこウ」
咳払いをする丈に、二人は白い目を向けた。しかし丈は汚名を返上するように尚も言葉を続けた。
「じゃあお前ら『全てが無になりそこから全てが始まる』って意味わかんのかヨ!」
「お前にはわかってんのか?」
「『無』ってのは『ゼロ』だロ?リセットした上でゼロから全てが始まル。全部リセットしてゼロからまた始まるもんって言えバ…」
「日付?」
「春一君、正解。つまりこれは日付が変わる午前零時を表してんじゃねーかナ」
「丈すっごい!え、じゃあさじゃあさ、最後の『申命記一章八節』っていうのは?」
「俺思うんだけどサ、これって新明町のことじゃねぇ?ほら、こっから東に行くとあるだロ?」
「新明町?じゃあ、『一章八節』ってのは番地か?」
「かもネ。ちょっと調べてみろヨ。新明町1-8番地」
春一はパソコンでマップを出して、該当する地区を表示した。すると、ちゃんとマップ上に矢印が出た。実在する番地だということだ。航空写真を見ると、どうやら今は空き地らしい。
「時間と場所がわかったんだから、あとは日付…。さっきの5が日付だとすると…」
「五日の午前零時、新明町1-8番地で何かあるってことダ」
「今日は三日だから、明日は夜更かししなきゃだね」
「参ったなぁ。俺五日は大学一限からなのに」
台詞とは裏腹に、春一の顔には笑みが張り付いていた。




