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「ずっと考え込んでいますね」
「夏」
リビングでずっとパソコンをいじっている春一の元に、夏輝がコーヒーを持ってきた。春一は難しい顔をして、片手でキーボードを叩きながらもう片方の手でコーヒーを持った。
「そんなに、気になるんですか。その、メモに書かれた言葉が」
「ああ。犯人の妖怪が捕まってまで俺に言いたかった言葉だ。きっと、何か意味がある」
「…捕まってまで、とは?」
春一はコーヒーカップを口から離すと、眉間に皺を寄せて小さいため息を吐いた。
「あいつは、俺にこの言葉を伝えるために、バスジャックを起こした」
夏輝が、息を呑む。コーヒーに動揺が伝わり、水面が揺れる。春一はカップをテーブルに置き、手を組んだ。
「あいつは、俺がバスに乗る前から乗車していた。それなのに、犯行を起こしたのは俺が乗った直後。
俺を待っていたんだ。そして、あの言葉…」
「…何故、わざわざ犯行を?ただ伝えるのではなく…」
「俺に、その気があれば人間を殺すと見せつけるためだろう。そして、俺に罪の意識を感じさせるため。俺が一般人を巻き込んでしまったと罪悪感にかられれば、妖怪世界から手を引くかもしれない…」
「じゃあこの犯行の裏にいるのは…」
「リアル」
沈黙が場を支配する。春一は再びパソコンと向かい合った。犯人が言った言葉に何か意味があるのかと検索をかけているが、一向に意味は分からない。
「両親が死に、まだ幼い長男だけが残った時に、全てが無になって始まる…ということですか?しかもこの申命記というのは、聖書に出てくるものですか?」
「わっかんねー。まるでわかんねーんだよ。ただ一つ言えることは、聖書にある申命記一章八節の記述はこれとは全く違う。それだけだ」
春一はソファの背もたれに背を預けて、ふーっと息を吐き出した。天井を見上げて、首を動かす。
「となると…」
「暗号ってやつだ。一筋縄じゃいかねーのは、間違いない」
ピンポーン
二人がパソコンを前にして迷っていると、家のチャイムが鳴った。夏輝が応答すると、電話機の液晶に見慣れた顔が二つ並んでいた。
『やっほー、ナッちゃん』
『夏兄、アップルパイ作ってー』
「今、開けますね」
夏輝は苦笑しながら受話器を置くと、玄関へと鍵を開けに行った。
「こんにちは」
「ちゃーっす!入るぜ、ナッちゃん」
「こんにちはー!お邪魔しまーす」
夏輝を無視して上がり込む丈と琉妃香に、夏輝は乱れた靴を揃えてから二人を追いかけた。




