依頼 後編
セミトレーラーに続いて、M24軽戦車とタイガー戦車は砂漠を走る。
戦車内は非常に暑い。俺はシャツ一枚で砲手席に座っている。とにかく、車内は蒸し暑い。中島の方は、通気性の良い服を着ているが、それでも暑そうだ。脱げないのが、彼女にとって一番の問題だろう。
「クーラーを付けたいよ。」
俺は、そんな事を言う。こんな暑さでは、護衛に集中出来るかどうか微妙だった。一度戦闘になれば、その緊張感で暑さを忘れられるが、今はただクソ暑い砂漠のど真ん中でセミトレーラーを護衛している。暑さなど、忘れれる状況ではなかった。
「今度、集落で部品を見つけるわよ。砲弾も少なくなってるから、買わなきゃいけないし。」
集落には、様々な技術を持った人の生き残りも暮らしている。彼らは、前世紀ほどの精度では無いけど色々な物を作っている。砲弾も、あの集落にとっては貴重な収入源である。
こんな世の中なのだ。安定した砲弾などの供給は高い需要を生み出す。彼らの集落は、その数少ない俺らの知る砲弾の供給源である。
「あの爺様の所にあるかね?。殆どの商品が砂漠を出歩いて、そこら辺で拾ってきたのを売っているんだぞ。目当ての物が都合良くあるとは限らない。」
その他にも、集落には雑貨屋などがある。一応、前世紀での規模的意味合いで言うと集落と言うよりは小さな村を形成していると言っても過言ではない。しかし、彼らは生き残りで集まっている為、行政なども殆ど出来ていないので集落となっているのだ。
八百屋みたいな食料を売っている店もあるが、当然の事ながら前世紀に存在した肉などがある事は極々稀である。牛肉や豚肉なども、今では最高級品なのだ。
「それでも、この戦車の部品の一部もそこで揃えたんだから。運よく見つけられれば、楽になるわよ。」
中島はそう言う。確かに、後先考えれば、クーラーが欲しい。砂漠になってしまっている為、冬などの季節は殆ど感じない。一年中夏の様な暑さである。雨も、降る事は殆ど無い。雪は、一回だけ降った。
砂漠では雪を見る事など無いと思っていた俺であるが、夜に様々な気象条件が重なると地上に届く雪が存在するらしい。それを見れたのだから、幸運だった。
「せめて、部品を安定供給できる工業が建ってくれれば。」
「無理よ。砂の上に工場を建てるのは。町工場程度の規模でなら出来るかもしれないけど。」
砂の上に従来の日本住居を建てるなど有り得ない。家は、本当に縄文時代などに実在した高床式の家が基本となっている。土台を確りと組んで、高い位置に建てて砂の凹凸ある地面と違って家を水平にしている。
他にも、砂を固めて作られた住居などを俺らは目にしている。
「捕まえたな。」
ようやくゾウリムシを捕らえた。捕らえたときには、既に日も少しずつ下り始める、午後であった。昼食には虫の肉を乾燥させて保存食にしたのを大和さん一行から分けて貰った。
「急いでトレーラーに固定しろ。」
捕らえたゾウリムシは、小型の自動車くらいの大きさである。これを、何らかの方法で放射能の影響を打ち消し、繁殖させる。
俺も、詳しい事は分からないが、放射能の影響を打ち消すには周波数が関係しているらしい。放射能に限らず、現実と言うのは全て周波数である為、必ず打ち消す周波数も存在するらしい。それを照射して、打ち消すと説明を受けた。
「おい餓鬼共。運が良いじゃないか。ここまで、何にも出会わないんだから。」
っと、M24軽戦車の乗員がイチャもんを付けて来る。俺は、それに対して
「帰りがある。行きは良くても、帰りが安全とは限らない。」
と言い返す。すると、乗員は笑いながら
「言うじゃないか。まあ、精々頑張るんだな。後ろに気を付けろよ。」
と言う。
「オジサンこそ、下には気を付けろよ。」
俺は、そう忠告する。まさか、それが現実になるとは思わなかった。
「目的の生物も捕らえたし、日も落ち始めた。そろそろ、出発するぞ。」
固定し終えたのを確認した大和さんは、俺達にそう言う。彼としても、夜に視界が限られた中での戦いは避けようと考えたのだろう。俺も、それには同意する。
「では、帰りも確りと護衛します。」
「頼むぞ。あいつ等は、どうも信用できなくてな。まだ、成り立ての素人に見えて仕方が無い。」
見ると、戦車に寄り掛かってゲラゲラと話をしては笑っている。成り立てのBDには、意外なほど最初にビクビクしている奴など殆ど居ない。経験を積んで、少しずつ冷静になっていくのは変わらないが、BDになった者の殆どは憧れで成った者が多い。
それ故に、最初は彼らの様に笑ったりしていられる。俺も、最初の方は余裕があったのだ。しかし、BDとしての困難と危険に気付き、今では笑っていられるほどの余裕を持って受ける仕事は殆ど無い。
「あの余裕が、命取りにならねば良いのだが。」
そう言いながら、中島と共に戦車に乗り込む。俺は、砲塔上部ハッチを開けて外を見ながら走る事にする。目的を達成して、帰りが達成感と無事終わった事による安心感で一番油断する。その時にこそ、一番死ぬ可能性が高いのだ。だから、依頼を終えての帰りはいつも砲塔像部ハッチを開いての警戒を怠っていない。
「昴さん、特に後方の警戒をお願いしますね。前はハッチを開けているんで、よく見えますけど。後ろは砲塔があって見えないので。」
中島も、運転手のハッチを開けて視界を確保している。俺は主に後ろ、中島は主に前を警戒するのが、通常の警戒体制である。
帰りも、セミトレーラーを先頭に後方に王虎号とM24軽戦車が続く形である。左が俺達の愛車、王虎号。右が流浪賞金稼ぎ一団の乗るM24軽戦車。
「あいつら、余裕だな。戦車長も車内に入ってら。」
M24軽戦車は、戦車長も車内に入っている。それでは、前方の限定的な視界しか確保できていない。
一番危険だった。無線で呼びかけても、返事が無い。
「おい、この漫画面白いぜ。」
M24軽戦車の車内は、乗員の暇つぶし用に埋まっていた漫画が何冊か掘り出したのを入れている。それで、乗員達は帰りの暇を持て余していた。
「なあ、頼むから外を見てくれよ。これじゃあ、前の狭い視界しか分からないよ。」
運転手は他の奴等に言うが、まるで聞く耳を持たない。彼らにとって、外での見張りは退屈なのだ。
「別に、前さえ見えていればいいだろ?走れるんだから。」
「でも、四方の視界を欲しいし、それに前と言っても地面が殆ど見えないんだよ。」
車体の関係で、戦車の運転手の位置で地面を見れる範囲は少ない。しかし、この運転手もハッチを開けて警戒すれば良いのに、それを怠っていたのだ。理由は、砂が車内に入って掃除が大変だから。
「なあ。今、変な段差が無かったか?」
車体が一瞬だけ浮き上がり、直ぐに治まったけど。通常、砂漠では有り得ない。
「石かなんかを踏んだんだろう。」
「ここはコンクリートじゃない。砂だから石を踏んでも戦車の自重で石が埋まるはずだ。それに、戦車は覆帯なんだぞ。ちょっとやそっとの石っころで車体が浮くかよ。」
次の瞬間、戦車は一瞬で速度を失った。その為、慣性の法則に従って車内の確りと固定されていない物が前に飛んでくる。人もまた、例外では無かった。
「いてえよ。確りと走らせろよな。」
そう、乗員から文句が来るが、無論運転手はブレーキなど掛けていない。それに、ブレーキを掛けても一瞬で速度を0にする事など出来る筈が無い。運転手は、不安になってハッチを開けた。
「おい、ハッチを開けるなよな。本が汚れる。」
乗員がそう言ったが、運転手の足は震えだす。そして、声にならない悲鳴を上げている。
「嘘・・・・だろ?」
王虎号とセミトレーラーは速度を落として、走っている。それは、M24軽戦車に恐ろしいものがまとわり付いているからだ。
「くそ。」
俺は急いで車内に戻り、砲塔を後ろに旋回させる。その最中に、無線からM24軽戦車乗員の断末魔が聞こえた。
「だから、外に出て警戒してれば良かったんだよ。」
俺はそう言って、M24軽戦車にまとわり付いているモンスターに狙いを定める。
M24軽戦車にまとわり付いているモンスターは、キムラグモ属の蜘蛛である。地中に巣を作り、基本はその穴で獲物が近くに来るのを待ってから捕らえて捕食する。原始的な蜘蛛として有名で、生きた化石とも言われている。
「中島、戦車を止めてくれ。」
砲安定装置を積んでいないので、一旦停車してから撃たなければならない。俺は、中島に砲撃の為の停車を命じた。
「いいけど、セミトレーラーの護衛はどうするの?」
「そのまま走らせとけ。見た感じ、あの2体しか居ないようだ。」
周辺を見ても、キムラグモの巣らしきものは見当たらなかった。なので、俺はさきに行かせる様に伝えた。恐らく、中島も同意見だったのだろう。
「分かったわ、そう伝える。停車します。」
王虎号は、ブレーキを掛けて停車する。その為、俺は安定して狙いを定められる。さっきまでは、揺れていた為に大まかな狙いしか定めなかったが、停車したので狙いを確りと付けられるようになる。
「モンスターめ。焼夷弾でも喰らえ。」
自動装填装置のスイッチを押し、焼夷弾を装填する。そして、主砲の発射スイッチを押した。焼夷弾は、狙い通り前にまとわり付いているキムラグモに命中し、炎上させる。
「よし、一体が離れる。」
炎上したキムラグモはもがきながらM24軽戦車から離れる。しかし、もう一体のまとわり付いているのはそれで怒ったのか、M24軽戦車を上に放り投げる。
「不味い。右へ5mほど進め。」
俺は急いで中島に指示する。放り投げられたM24軽戦車は、明らかに停車している王虎号の真上に落下するからだ。
「了解。掴まってて。」
中島は言うなり、戦車を急発進させる。車内は、一瞬で加速した為に一気に急激な振動が襲ったが、それも1秒未満で治まった。
案の定、M24軽戦車は先程まで王虎号が停車していた地点に落下した。そのまま、勢いに任せて砂漠の上をまるで玩具の様に転がる。そして、止まったと思いきや弾薬が爆発した。
「M24軽戦車、炎上。乗員の脱出確認できず。」
M24軽戦車が、砂漠の上で炎上している。地面が草じゃないだけマシである。もし草なら、これだけじゃあ済まなかった。
「徹甲弾装填完了、停車してくれ。」
もう一体のキムラグモを中心に円を描くように回っていた王虎号が再び停車する。それを待って、照準を微調節して発射した。
「腹に当たったな。」
キムラグモは徹甲弾を人間で言うところの腹に受け、倒れる。
「おわ・・。」
そう言おうとした時、車体が揺れる。急いでハッチを開けて確認すると、先程焼夷弾を受けたキムラグモが再び戻ってきて攻撃を加えていた。
そして、投げようとするけど、流石に60t近い重量の戦車を投げられなかった。
「榴弾を装填する。ハッチを閉じろ。」
至近距離なら、榴弾が一番効果的だった。自身にはダメージが抑えられ、なおかつ相手にはそれなりの打撃を与えられる。無理でも、怯ませる事は出来る。
「早くしてよ。こいつ、投げるのを諦めて引っくり返そうとしてる。」
中島が急かす。しかし、反対側に砲を向けてしまっていた為に旋回するまで時間が掛かる。
「バックさせろ。そうすれば、旋回する量を減らせる。」
俺は右回りで旋回させている。その為、右に居るキムラグモに対して旋回する量を減らすにはバックしかない。中島は言われたとおりにバックする。そして、停車するまで待たずに榴弾を発射した。
砲が安定していないが、至近距離なら当てる事ができる。目標が大きければ尚更だ。キムラグモが怯んだのを見計らい、続いて装填した徹甲弾を腹に命中させて倒す。
「戻るぞ。集落まではもう少しの地点でこんな襲撃があったんだ。周辺の安全確認をもう少しすべきだな。」
集落まで30分と掛からない位置でこんなモンスターが現れた事に、集落ではショックを受けているだろうと俺は思う。安全が脅かされるのは、誰でも不安を覚えるだろう。
「そうね。今回は被害が拡大する前に仕留めれたわ。残念ながら、死人も出たけど。」
中島は、炎の勢いが弱まりだしたM24軽戦車を見る。その目は、同情に満ちている。幾ら餓鬼と言われても、こうなっては可哀想としか思えない。
「連中は警戒を怠ったんだ。こうなっても仕方が無いよ。経験を積まないと、この仕事が危険だって解んないから。」
俺も、成り立ての頃を思い出して言う。俺も、成り立ての頃は警戒を怠る事が多かった。今回の事で、より一層警戒の重要さを理解したのだ。
ただ、救えなかったのが残念だ。あそこでもし、焼夷弾ではなく徹甲弾を撃っていたら、もしかしたら救えたかもしれない。
「まさか、言ったとおりになると、悲しいな。」
忠告した通りになってしまった。『下に気を付けろ。』が、結果として彼らを死なせたのではないかと考えてしまう。
(駄目だ。この仕事は、こんな悲しんでいたら続けていられない。俺達は生き残って、依頼を完遂した。それで、十分だ。)
俺は、そう自分に言い聞かせた。中島も、ハッチを閉じて戦車を走らせる。今回ばかりは、俺が全周囲を警戒する事になったのであった。
M24の乗員は、この物語に出てくる砂漠の賞金稼ぎが如何に危険な仕事かを読者の皆様に分かっていただく為にわざとこんな末路にさせて頂きました。