依頼 前編
-自宅-
「もうじき出来るぞ。」
蛇を焼く積りだったが、中国伝統の料理の一つである蛇スープを作ることにした。結構、味も調っていて美味なスープである。俺も、子供頃にキャンプで食べた記憶がある。
『分かってるわよ。匂いが来てるから。この虎さん、本当に不機嫌なんだから。砲塔だって、回転遅いから。油差してるのよ。』
声は、部屋の片隅にある段ボールなどで作った簡易伝声管を辿って伝わってくる。これも、彼女が作った。家自体も、彼女が設計して俺が力仕事をした。
彼女には驚かされてばかりである。戦車を運転できるし、整備も出来る。更には家だって設計してしまう。力が無いのが、恐らく分かっている限りでの彼女唯一の弱点。
「道理で油臭い訳だ。伝声管を閉じるぞ。」
そう言って伝声管を閉じる。そうすれば、声は一切聞こえてこない。
良い匂いが部屋中に漂う。煮えてきた証拠だった。
「あちちち。」
手袋で鍋の取っ手を持ってテーブルに置く。そして蓋を開けると、今まで蓋の隙間からしか出ていなかった匂いが一気に放出される。その為、部屋は一気に匂いが篭り始めた。
「貴方って、男なのに珍しく料理は得意なのね。」
格納庫から呼んだ、中島は蛇スープを食べている。彼女は料理も出来るが、殆ど戦車整備を行っているため、俺が料理を作るのが日常である。最初は今ほど上手いって程でもないが、人間慣れれば自然に上達する。
「この家も大分完成してきたし。」
この部屋の家具も、殆どが拾い物である。放射線の影響を受けていないだろう、埋まっている物を掘り起こして使っている。水も、放射線の影響を受けていない非常に深い地点の地下水を組み上げて使っている。
「今度、近くの村では簡易浄水場を作ろうとする動きがある。その為、私達は原生動物を捕らえる一団が編成されたそうよ。私達は、その護衛を依頼するって、さっき近くの集落から使いが来たわ。」
原生動物は、下水処理を助けている微生物の中の一種である。一番有名なのがゾウリムシ辺りだろう。
「やっぱ、そこは一番確認されている数の多いゾウリムシを狙うだろう。他の細菌類等は捕らえたらしいから。」
「そうね。その集落は何らかの方法で放射線の影響を無効化しているらしいし。でも、水全部を無効化するのは不可能だから、やっぱり浄水場が欲しいのね。」
水不足はまだ起こっていないが、いずれは深刻な問題になるのは目に見えている。だから、早期に手を打とうとする考えなのだろう。俺もそれには賛同する。早期の対策が、自分達を救うのだから。
「先に風呂に入るね。覗いたら、分かってるわよね。」
「分かってるよ。」
そう言って中島は風呂に向かう。今まで、先ほどの注意をされなかったことなど一度も無い。
しかし、こんな水不足の可能性を指摘していた最中に風呂に入ると言うとは。流石は国が無くなっても日本人。日本人は風呂がなければ死んでしまうと言われているほどだからな。
そう言えば、イギリス人はどうなのだろう?。イギリス人は紅茶を飲まないと死んでしまうと聞いた事がある。
「出くわさなければいいけどな。無法者にも、巨大昆虫にも。」
微生物クラスは、それは巨大なモンスターになった微生物も居るが、大半は車で運べそうなサイズである。危惧しているのは、昆虫。それも最強クラスと言われている黄金蜘蛛のメスなどのモンスターや武装した無法者。それだけが、危惧する対象だった。
「海も多くが干上がっているからな。アフリカなどに生息していたサソリ等が現れても不思議じゃないし。手は考えないとな。」
核戦争の熱線によって、海の水は大半が干上がってしまった。今ではオアシス規模の海水湖が殆どである。マリアナ海溝など、一部の深い海溝の海水はまだ残っていて、小規模な海を作っているが、それも一部だけである。
そもそも、その海水もほぼ全てが汚染されている。恐らく、無事な水は地下水ぐらいしかない。
「今の内に、砲弾を積み込んでおくか。」
そう言って俺は立ち上がり、格納庫事、簡易ガレージに向かった。
「よっと。」
砲弾を装填ラックに載せる。王虎号は二人乗りに出来る様に中島が改造している。自動装填装置も、破棄されていた90式戦車を見て組み上げた。恐ろしい少女である。まだ、幼さも残っているのにそんなにも機械工作が出来たなら。
(いずれは日本を動かすほどの技師になったんじゃないか?)
そう錯覚するほど、彼女の機械に対する知識や技術は優れている。恐らく、そこら辺の工業関係者よりも知識と技術は間違いなく優れている。
「それにしても、88mmはやっぱ手動だと重いな。」
20kg以上ある砲弾を持ち上げて装填レーンに載せ、一気に押し込むのは高校生ではかなりの重労働だった。一発や二発ならまだしも、10発も20発も装填しなければならない為、やはり負担を減らす為に自動装填装置を備えた。
俺も、その事には感謝している。事実、この自動装填装置は何度か俺らの命を救った。ギリギリまで近づかれた時に直ぐに装填して反撃できたのは、自動装填装置のお陰だった。
「焼夷弾や榴弾、徹甲弾と。こんだけあればいいな。」
各装填ラックにいつもより焼夷弾多めに載せた。後は砲塔後部にある弾薬室に入れておけば良い。こっちは、通常シフトで砲弾を積み込む。
砲身は彼女オリジナル砲身。その為、焼夷弾などの特殊弾にも対応している。ただ、弱点は砲身命数がオリジナルよりも低い事。大体オリジナルよりも四分の一ほど少なくなっているらしい。タイガー戦車オリジナルは約200発撃つともう主砲砲身命数に達する。だから大体150発前後しか狙い通りの命中は期待出来ないって事。
後は、俺の見立てで交換しなければならない。どのタイミングで交換するかも、今後は重要だろう。
「良し。終わった。」
ようやく、砲弾の積み込みを終えた。そうすると、一気に暇になってしまった。暇を持て余す意味でも、俺は戦車の砲塔ハッチから車内に入った。
車内は相変わらず狭い。そりゃあ、大戦期よりは人数が少ないのだから多少の余裕はあるが。無線機なども今は取っ払って自衛隊基地から拾ってきた小型無線機を搭載している。尤も、他の車両と合同で仕事に当たるなど少ないため、乗員同士の話が出来る無線機があれば十分なのだ。
「ペダルを前に踏み込むと砲身は右。」
砲手席の前にあるペダルを前に踏み込むと、砲塔は右に回るようになっている。俺が踏み込むと、マニュアル通りに右に旋回した。
「次は後ろに踏み込む。」
ペダルを後ろに踏み込むと、今度はもマニュアル通り左に旋回する。俺は、動きは遅いと感じるが、それでも遅いだけに力強さを感じる。そんな風に調整していると
「私の整備途中の虎さんに、」
外から声が聞こえる。俺は砲手席から立ち上がり、出ようとすると
「何動かしてんのよ!!?」
車体下整備用のクレーンで車体を持ち上げられた。ハッチを開けて、俺は外を見ると、寝巻き姿の中島が居た。しかも、表情で分かる。怒っている。
「チェックしてたんだよ。頼むから降ろしてくれ、揺らさないでくれ。」
中島はクレーンを左右に揺する。それに伴って戦車も左右に揺れる。俺は、それで酔いそうになる。
「御免。もうしないから降ろして。」
その後も暫く揺らされたが、飽きたのか10分ぐらいして降ろした。しかし、俺にとってたった10分が10時間に感じられた。しかも、見事に酔った。
「悪い、ちょっと頭がクラクラする。」
「この虎さんの怒りよ。この子、不機嫌だって言ってるでしょう。」
タイガー戦車の正面装甲を叩きながら、そう言う。それも、不機嫌になる原因じゃないのかな?。第一、不機嫌だと言うなら、さっきの揺すったのは何なのだ?
「この子は私が整備しとくから、大丈夫よ。もう寝たら?」
「ああ。そうさせてもらう。シャワー浴びて、ゆっくりと眠る事にするよ。」
俺はそう言って、シャワーを浴びて布団に入った。その為、夜に彼女がどんな整備をして、そして何時寝たかも分からない。
「痛い。」
俺は戦車の砲塔上部ハッチを開けて、頬を摩りながら言う。
朝、どう言う訳か彼女と同じ布団で寝ていた。そんで、朝起きておはようを言う前に顔面足蹴り。そしておまけに頬目掛けて右ストレート。
「それは、貴方が悪いんだからね。勝手に私の寝ている所に入ってきたんだから。」
ちなみに、俺は一度も夜は起きていない。つまり、彼女が恐らくは寝ぼけて俺の布団に侵入。そんで、朝に至ったのだろう。
「はいはい。俺が悪かったですよ。御免なさい。」
だが、ここで口論などしている場合ではない。ここでの最も早い解決方法は、俺が引く事だろう。だから、俺は謝る。彼女は今まで話している限り、物分りは基本的には良い方である。だから、ちゃんと謝ればそれ以上は追及しない。
「分かれば良いのよ。」
「集まったな。」
指定された場所に到着した。現地には装甲化され、一門の車載機関銃で武装したセミトレーラーとM24軽戦車が止まっていた。
「これで全員だ。さっさと出発するぞ。」
近くの集落の若い人間達のリーダー格である大和猛はセミトレーラーに乗り込む。他の集落の人間も、セミトレーラーの荷台に乗る。
「ちょっと待てよ。あんたら、こんな餓鬼共も連れて行くのかよ?」
と、M24軽戦車の乗員は言う。恐らくは、俺達と同じ同業者。あの集落に雇われた人間だろう。何を目当てかしらないが、流浪している砂漠の賞金稼ぎも居ると言う話を耳にする。
そして、彼らのような流浪の砂漠の賞金稼ぎが、無法者になる可能性が高いという事も耳にしている。
「こんな餓鬼何かと一緒に見られたら堪んねえぜ。もっと報酬増やせよ。」
「確かに、彼らはまだ子供だ。だが、腕は良いぞ。少なくとも、今回初めて会って、一緒に仕事をするあんた等よかは、よっぽど信用できる。」
確かに、俺達は何度も彼らの集落の依頼をこなしている。それを持っての信頼関係だろう。そして、今や荒廃した弱肉強食の世界に成りつつある時代。何処の馬の骨かも分からない人間を信用するのは中々難しい。
「っけ。餓鬼共、俺達の仕事の邪魔だけはすんなよ。」
そう言って同業者である男5人はM24軽戦車に乗り込む。車体から見て、恐らくは陸上自衛隊富士学校入り口付近に展示されているM24だろう。
それをエンジン組んで積み込み、動かせるようにしたのだろう。向こうも、それなりの知識を持った技師が居るらしい。しかし、5人乗ったところを見ると、装填の自動化などがされていないようだ。
「中島、どう見る?」
彼女も優秀な技師。彼女の率直な意見を聞きたいのが、今の俺の心境だった。
「恐らくは昴さんの想像通りかと。私は戦車の車体番号等詳しくはありませんが、日本だった地域であれがあるのは富士学校位しか分かりません。なので、そこから掘り出して、エンジンを組み上げたのでしょう。中々の知識の技師が居なければ出来ません。しかし、装填の自動化がなされていない所を見ると、それ程高い知識を持つ技師ではありませんね。」
中島も、俺とほぼ同じ意見だった。向こうの乗員5人の内、誰が技師かは分からないが。出来れば、話ぐらいはしたいと思った。
しかし、それは無理だろう。最初の会話で俺達を見下している事は分かった。恐らく、話し掛けても良い返答をされるか疑問だった。
『聞こえるか?』
そんな事を考えていると、リーダーの大和さんから無線が入る。
「はい。感度良好です。」
『既に伝えたとおり、今回の目標は原生生物の捕獲だ。お前達は、その護衛を任せる。生きて帰れば、賞金は砂金5kgだ。2人とも生きてたら山分けだぞ。』
「了解しました。」
『おい、餓鬼。』
無線で割り込みが入った。同業者のM24乗員、それもさっきから俺達を餓鬼扱いする人間だった。
『お前達が死んだら、砂金は俺達が全部貰う。まあ、精々生き残れるように頑張るんだな。』
イラッと来る言葉だが、今は堪える。今は、依頼に忠実でなければならない。自分の命を捨ててでも依頼達成に徹する。それがプロの砂漠の賞金稼ぎである。
『無駄話はやめろ。これからは任務に集中するんだ。』
セミトレーラーのエンジン音が強くなってくる。恐らく、出発するの合図だろう。
「すみません。任務に集中します。」
『そうだ。では、行くぞ。』
セミトレーラーがゆっくり走り始める。こっちの速度に合わせてくれてか、装甲が重すぎてそれ以上出ないのか、25km/hで走っていくのだった。
色々、便利なように解釈を加えている部分もあるけれど。正直、核戦争後の世界を想像し切れないのが作者であります。