プロローグ
前世紀の人々の繁栄は、もはや過去の物となった。
いまや、前世紀に存在した国家など無い。何処かの国が発射した核ミサイルが世界を荒廃させた。今や、砂漠は地球の一部では無かった。むしろ、緑の自然が地球の一部となった。
ここは日本、正確には日本だった所。その、日本もまた例外では無かった。核戦争の影響で、国土の90%以上が砂漠に変わった。一部はまだ残っているらしいが、周辺を見渡す限り、そんな事は全く信じられない。
「ねえ、そろそろ戻ろうよ。」
愛車の王虎号、俗にタイガー戦車と呼ばれていた戦車の運転手、中島楓。年齢は16才。女子には珍しく、機械関係は非常に強い。本人曰く高校入学式の当日に核ミサイルが降って来たらしい。
桜が減り始めた時期の入学式の日に、突然空は光った。その後、熱線が襲い、日本を含め、世界各地が焼け野原になった。その後は酷い。世界中が、次々に核を応射。そして、結果が世界中の砂漠化だった。
「そうだな。燃料も補給しなければいけないし。戻るか。」
王虎号の砲手である、俺事『高富昴』。年齢17歳。俺も、進級したばかりの始業式の日に核ミサイルが降って来た。運良く、始業式をサボって学校の近くの地下街を歩いていた為、核爆発は逃れられた。
「そろそろ、整備してあげないと。この虎さん、最近不機嫌だから。」
「そうだな。」
王虎号。タイガー戦車は、どう言う訳か地中に埋まっていた。恐らく、大戦中に日本軍が極秘で欧州から持ち込み、それを本土決戦兵器として隠していたらしい。だが、本土決戦は行われず、戦車は武装解除を嫌った軍人たちによって地中に埋められたようだった。
「この子、地中から掘り出した時は大変だったのよ。エンジンは掛からないし、汚れてるし、中は砂まみれだし。」
「感謝しているよ。まさか、戦車のエンジンを組み上げて、実際に運転まで出来たんだから。俺じゃあ、動かせないよ。」
「女の子にやらせるかねえ?男の子って、機械に強いと思ったのに。」
黒髪を振り、後ろを見ながら中島は言ってくる。男全員が、機械に強いって訳ではない事ぐらい、彼女は分かっていないのだろうか?
「あのなあ。男が全員、機械に強いって訳じゃない。むしろ、君は女性としては珍しいよ。」
女性が機械に強いとは、俺は彼女に会うまで微塵も思っていなかった。
「はあ。今日は何にも出会わなかったし、燃料の無駄だったね。」
この世界では、核戦争の影響で凶暴化したり、巨大化して暴れまわるモンスター。・・・・・前世紀の昆虫や微生物など、爬虫類なども居る・・・・・それを退治するのが、兵器を与えられた者の使命だった。それ以外にも、無法者と化した人間を相手にするのも我々、砂漠の賞金稼ぎ、BDの仕事だった。
「中島、後ろ向いての運転はやめてくれないか?」
中島は、今までずっとこっちを向いて運転していた。幾ら砂漠で、障害物が無いとはいえ、砂に足を取られると面倒になる。
「分かったわよ。とにかく、家に向かうわね。」
この荒廃した世界で、俺と彼女は出会った。彼女は、俺と似たような物だった。違うのは、彼女は真面目に入学式に行こうとしていた。しかし、乗った地下鉄が彼女を守った。地下は、核爆発の振動によっての被害しか殆ど受けていない。出口に近い所は、熱線が襲った形跡はあったが。
地下鉄から這い出した彼女と、地下街に俺。地下街は、丁度地下鉄の駅が会った為、這い出した彼女はまず駅のある地下街に入った。そして、そこで俺と出会った。
「急いでくれ。燃料に余裕が無いときの戦闘は御免だからな。」
燃料に余裕が無いときの戦闘は殆ど自殺行為である。途中で燃料が切れれば、後はなぶり殺されるしかなかった。
「分かってるわよ。この時に出会っても、とにかく逃げるだけだから。」
王虎号は進路を変えて、俺たちの家に向かった。
この世界の家は、もはや前世紀みたいなコンクリートの家は少ない。むしろ、砂漠でコンクリートの家は熱が篭って危険だった。だから、数少ない残された木を使っての家が多い。殆どが焼けた木であるが、普通に前世紀に生えていたそのままの状態の木もある。
数こそ少ないその木であるが、それを上手く使って自分たちの家を作る。俺たちみたいに、個人で生活している家は珍しい。殆どは、生き残った者達で集落みたいなのを築いて生活しているからだ。
放射線の影響が、まだ日本は少ないほうだった。他国では、いや他の国家が存在した場所で、核の放射線の影響が強い地域では人が暮らせない場所もあるらしい。戦車みたいに装甲で覆われた物でなら通過できるが、生身なら一瞬で被爆する。
「この辺も、昔は大都会だったのに。今ではそんな物は見るも無残に破壊されてしまったな。」
都会でも、その上空の爆発で消滅した都会が殆どだった。しかし、小規模の都会では、標的を外されてまだ残っている物もあるらしい。
「コンクリートも見当たらない。昔の道路だったアスファルトも、溶けて今では砂漠の一部。」
「中島、頼むから砂に足を取られんでくれよ。日も傾き始めているから、視界が確保されているうちに帰りたいんだから。」
「分かってるわよ。」
核戦争の後、実際に黒い雨が降ったらしい。でも、俺達はそれ所ではなかった。必死に生き延びようと砂で埋もれ始めた地下街から脱出し、地上の惨状を見た。
あの、世界最大規模の経済大国として、繁栄を享受し続けた日本の無残な惨状。そして、最後のラジオ放送から入った核戦争勃発の報道。それが、日本の最後の、そして世界最後の放送だった。
「見えたわよ。」
俺達は、この荒廃した世界で生き延びられるのだろうか?いや、そもそも、終わりなど存在するのだろうか?
「車庫に止めるわ。今夜は徹夜で、この子の整備をしないと。」
「微力ながらも、手伝うよ。」
車庫と呼べるものだろうか。僅かに溶けなかった、見つけた破壊された建物の残骸を組み上げて造られたガレージ。中には、見つけたか、自作した整備道具や工作機械一式が置かれている。それに、戦車パーツや外部取り付け武装なども自作や元自衛隊基地等に残された物を拾って来て、置かれている。
「そんな事はいいから、夕食でも作っててよ。手伝うと、時間が掛かる事のほうが多かったんだから。」
俺は、機械にはあまり強いほうではない。多少の知識がある位だった。元々、俺は測量士を目指して勉強していたから、砲撃は出来るけど機械に強いとは言えない。
「分かったよ。今日は前回の依頼で仕留めた蛇を焼くよ。」
この荒廃した世界に、まともな食事など無い。最初は抵抗したが、今では仕留めたモンスターの肉などを食べている方が多いのだ。人とは、命が関わると順応力が急激に高まるらしい。普通なら、今でも抵抗しただろうけど、状況が状況なだけに一週間と持たずに順応できた。
「元の生活に戻るのは、恐らく無理ね。」
「国家消滅の今、弱肉強食に近い世界だからな。」
ガレージの外には、夕日で紅く染まった砂漠が広がっている。俺達は、近くの集落に住む人たちの依頼が主な生計を経てる。後はモンスターなどを仕留め、その様子を写した一部始終をそこらの数少ない金持ち達に見せて娯楽料として金を貰う。
金持ち達は、常に娯楽を欲した。そして、モンスターを討伐する一部始終は、彼らにとって最高の娯楽だった。だから、その料金も、俺達の数少ない収入源だった。後は、仕留めたモンスターの肉などを売ったりとかも収入源である。
「明日は何か仕留めないと、食料も尽きるわね。」
「そうだな。」
俺はガレージから出て、夕食の用意をする為に家に入った。