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一日目・午前

今日も、である。聞こえないのだからいいのだ、いいのだけれど、うるさいことには変わりない。うっすらドアを隔てて聞こえるその「音」。声ではない。認識できない。自室のハンガーに手をかけて制服に袖を通す。ヒステリックで耳障り。まだまだ冬であり朝の着替えは億劫だ。



「おい」



ネクタイを結ぶのも1年のころこそ戸惑ったけれどもう慣れたもので、臙脂色のそれを首元にかける。ソラの兄貴のおさがりだった。というか、形見だった。ソラの兄貴は事故で3ヶ月前に亡くなった。それなのに、あんなにフツウなソラはとてもとてもとても強いのだと思う。ぼくなんてペットのハムスターが死んで半年引きずったのに。ソラの兄貴は死ぬ前に、「泰時くんと仲良くな」と言ったらしい。正直、重い。



「泰時」




「泰時!」



「は、」




寒いはずだ。窓が開いていた。その縁に座っていたのは紛れもない昨日のあいつ。しかも、名前を、ぼくの名前を呼んだ。


「う、わあぁぁあっ!」

「そんなに驚くなよ。俺らは昨日も会ってんだから」

「あ、あんなの会ったことに入らないだろ。ていうか俺がちょっと見ただけだし」

「は?何言ってんだ?会っただろ、えーと、ほら、あそこで、『ガッコウ』で」

「会ってねー!」

「この服お前のガッコウのだろ?」


確かに、目立つ緑のジャージはぼくとソラの通う学校が指定するものだった。その下には謎のロゴのシャツ。便所サンダルを履いてよく窓辺にしゃがめるものだと思う。両腕両脚とも袖をまくっている。だらしない感じで伸びている黒い髪は後ろで束ねてあり、頭には蛍光ピンクのフチの眼鏡。左の胸元には、金色の糸で名前が刺繍されている。『神戸』…こうべ?そういえば、ソラの苗字も神戸……


「お前、頭イイな。もう察したろ」

「…そりゃどうも…」

「よし、そうなりゃ話が早い。やっぱりお前は協力に値する人間だ」


「俺の名前は…ネコとでも呼んでくれ。またあとでな、泰時」



そういうと、そいつは屋根と屋根の間に消えていった。もちろん、飛んで。あっけにとられて馴染みの青い朝の空を見ていると、母親の怒鳴り声、音がドアを叩いた。
















そういえば、なんでぼくはさっきあんなに冷静だったのだろうか。しかも、めずらしく本心から話していたような気さえする。とりあえず、こんなに面白いことは共有しなくてはならない。教室の薄ら笑いのトモダチではない、もちろん屋上のソラと、だ。昨日のように、あの階段を駆け上がる。大空が見えてくる。昨日と変わらない、不変を願った。


「ソラ!いるか!」

「どうしたヤス。今日もそんなに急いで。」


ため息に似たなにかが漏れた。よかった。やはりあれは夢だった、気のせいだったのだ。そこにいたのは制服をだらしなく着た、オレンジプリン頭のソラ。いつも通りのだるそうな目とその下にあるクマ。その瞳は、ゆるゆるとぼくを見た。


「ソラ、聞いてくれよ。今日の朝、」

「それよりも俺の話を聞け泰時」

「………え…?」

「このソラという娘の記憶を探らせてもらったが…モグラに関係することは何一つなかったな。お前の記憶と、兄の記憶。あとは変な数式やら呪文やらちかちかする画面やらだったよ。じゃあ本題に映るが」

「ちょ、ちょちょちょっと待て」

「なんだ?」

「え、待てよどういうことだよ。全然わかんねえ」

「それを今から説明するんだよ。いいから黙って聞け。」


信じられないことは、2個も3個も続く。見かけはソラなのに、こいつはソラでないのだ。



「いいか。俺―ネコは、ネコであったネコでない。ソラあっての俺だ。」

「はあ……」

「寄生虫みたいなもんだよ。俺自身は本当は精神と記憶のカタマリで、体が無いからこの世界にはいられない」

「てことはお前は別の世界からきたのか」

「そういうこった。問題は俺の世界で起こった。ある一つのカタマリがこっちを乗っ取りにかかった。そいつが、『モグラ』。」


ソラの姿でこんなに小難しいことを喋るから、なんだか深刻なのに可笑しかった。リアリティーがない。ペラペラで、チープな物語だ。


「そいつは、ある人間の体を手始めに乗っ取った。だが、そいつが強かったせいで完全にはできなかった。」

「その人間って」

「ソラだ。俺が使ってるこの体は半分のソラ。ソラ自身の密度が半分で低かったから俺は自由に姿を変えられたんだ。この辺の地域で他の奴の体は使えるほど精神が強くなかったよ」

「え、じゃあもうモグラはその辺に潜んでんのか」

「そうだ。それに、半分のソラはいくら精神が強くても俺たち異世界の者の寄生に耐え切れない。…おそらく、3日が限度だ。」

「3日………」


今日と明日とあさって。3日なんてそんなものだ。そんなもので、ソラが、この世界から消えてしまう。消える。物語ではないのだ、これは。現実だったのだ。ソラの兄貴のように、あのハムスターのように、いなくなって二度と新しい表情を見ることもなくなってしまう。その2つは突然やってきたが、これは「その時」がちゃんとわかっている。


それならすることは1つじゃないか。

ぼくのキャラではない。でも、なりふり構ってられない。



「おれはソラを消させない。モグラにこの世界を乗っ取らせるのもごめんだ」

「よし。じゃ、ヤス、頼むぞ」





皮肉にも、この日の空もきちんと青かった。そして、その不変さが安心できて、羨ましくて、少し、いや大いに恐ろしかった。なぜなら、嵐の前には水面ひとつ遊ばないという相場が決まっているからだ。





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