天光病
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
チリも積もれば山となる。
いや、マジでうまいこといったと思うよ。いろいろな事象って、自分の知覚できる範囲だとほとんど積み重ねだしねえ。こう、地球の外から隕石が降ってきました、とかのレベルだとさすがに範疇から外れるだろうけど、物理的なものから体調不良とか人間関係とかまでさ。
たぶん、いまだ見つかっていない、積み重ねの結果が世の中には存在する。原因物質かもしれないし、純粋に変化に至るまでの量や時間が足りていないのかもしれない。
心配していたらキリがないし、現状を維持するだけでも消耗するものは減り続けていく。不安はあっても前へ進まないといけないのが、世界のつらいところだねえ。
過去にも先人たちによって学び取られた「チリ積も」の経験は、今にも残っているものも多い。私が最近に、知り合いから聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?
知り合いの地元では、「天光病」という病の存在が伝わっているという。
その名の通り、天からの光、すなわち太陽光を浴びることによって起こり得る異常全般の総称とのこと。現在も知られる日焼けや日射病なども、かつてはこの天光病にカテゴライズされる存在だったとか。
天光病は、ある意味で花粉症に似たような性質を持っており、個々人の許容量を超えたときにはじめて現れる症状とされる。生涯にわたって縁がないこともあれば、ごく小さいころから発症してしまう者もいたようだ。
細かな症状をあげていくとキリがなくなるほど多いとのことだが、その中でも代表的かつ特徴的な一例をあげようと思う。
朝起きて、空が何色に見えるか。
古来、天光病にまつわる言い伝えの中で、一番よく知られる判断方法だったとされる。
文字を書けない子供のうちは口頭で答えるが、書けるようになった者たちは、それぞれ木簡などに記して、いったん回収。村の皆の分が集まったところで、あらためてその結果を開示された。
誰かが話していたのを聞くと、同調して答えを同じものに曲げてしまうことがあるかもしれない。本当の自分の意見をさらしてもらうために、秘密投票めいたことをしていたんだ。
結果は多数決になる。大多数が示した色の認識が通るんだ。
青とか赤とか紫とか、おおよそ空に示される色からそうでないものまで。とにかく数が多いものが正しかった。
そうして、それ以外の色を提示したものは、天光病の恐れありということで、その治療のために時間を割かれたそうなんだ。
――突拍子もない色を提示すれば、いいように日ごろの仕事をさぼって楽できるんじゃないか?
いや~、そんな楽じゃあなさそうだよ? だって早い話が火あぶりだもの。
ああ、実際に火でぼうぼう燃やすわけじゃないけれど、肌が焦げるかという間近まで、燃え盛る松明の火を掲げられて長いこと体を消毒されるとかなんとか。
その間は木とか柱に縛り付けられて、空腹、小用、大便そのほかもろもろの自由が許されないというのだからね。おそらく、避けたい気持ちのほうが勝ると思うよ。
そうやって時間をかけて、まさに完膚なきまでに体中が熱で赤みを帯びたとき。あらためて空を見て色を答えさせたそうなんだ。
実際、それによって答える色が変わり、放免されるというのが大半。正解が事前に伝えられることはないから、いかさまをしているわけでもない。そうやって病が深刻化しないよう、みんなで努めていたみたいなのだが、そうはいかないときがあった。
その日、病の治療を行う羽目になったのは、たったひとりの少年。
彼は空を青と認識したようなのだが、ほかの皆は紫であると主張したためだ。
少年自身、焼かれるのに慣れないうちはえらく喚いたものだけれど、数を重ねればこなし方なり、あきらめのつけ方なりが身についてきてしまう。
彼は肌をすっかり赤くするまで、身じろぎもせずにじっと耐え……再度の色確認で再び「青」と答えたのだとか。
しかし皆には引き続き、紫の空が見えている。まだ治療しきれていないのかと、彼の治療は陽がすっかり高く昇るまで続き、肌がほぼ焦げ付くほどになってしまう。
さすがの彼も痛みにうめき声をあげることがいくどもあったが、自分の答えを曲げることはなく、むしろ拷問めいた治療を行っている村人側のほうが音をあげかける始末だったとか。
やがて、彼は空の色を「赤みがかった青」と答える。陽が西へ傾きかけた時間であれば、特におかしくもない返答。しかし、このときの他の皆には空が「緑」に見えていたというのさ。
さすがに違和感を覚えだす面々だったが、その時にはすでに手遅れになっていた。
ほどなく、「緑」と認識していた者たちは自分の双眸へにわかに痛みと痒さを覚えることになる。その強さの急激な増し具合たるや、自らの手で両方のまなこをえぐり出してしまった者もいると伝わるほど、壮絶なものであったらしい。
どうにか命を拾った者たちでも、両目はほぼ白濁。視力を失うか、大幅に衰えるような結果と相成った。そうなって彼らの見る空の色は、少年の答えるものと一致するようになったそうな。
治療経験の多かった彼こそが正常で、他の面々こそが天光病におかされていた、といったところだろう。
それがきっかけかは分からないが、天光病の研究と対策の手法は、物騒なものから今でいう科学的なものへ少しずつ移っていったらしい。




