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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

老人ホームのデスゲーム 二十四時間もち吸いチャレンジ

作者: まくらない
掲載日:2026/05/19

気がつけば、人生の半分を、老人の口に餅を入れ続けることに費やしてきました。

私の名前は秋元浩司、四十一歳、株式会社ナノラ・コンテンツ・スタジオ所属のチーフディレクターです。本日、業界誌『ローカル放送』からの取材を受けるにあたり、これまでの仕事の経緯について自由に語ってよろしいと言われましたので、自由に語らせていただきます。

私が最初に企画した番組は、二〇一八年に東北系の独立局で深夜帯に放送された『孫の来ない夜に』という、独居高齢者の孤独を描く真面目なドキュメンタリーでした。視聴率は〇・二パーセントで打ち切りになりました。次の『介護士が泣いた夜』も〇・一パーセントで打ち切られました。次の『介護士が殴られた夜』は〇・四パーセントを取りましたが、内容が暴力的だという理由で第二回放送が中止されました。次の『介護士が殴り返した夜』は……まあ、それは、もう、いいんですよ。それは。

転機は二〇二二年の正月でした。総務省消防庁が毎年公表する統計のなかに、「正月三が日の餅による高齢者窒息搬送数 七百二十九件」という数字があるのを、ご存知でしょうか。私はこの数字を、コンテンツにできるんじゃないか、と、思ったんです。

仕方ないんですよ、こういう仕事をしていると、数字を見れば、コンテンツにできるんじゃないか、と、思ってしまうんです。仕方ないんです。

企画書を通すまでに九ヶ月かかりました。それで、当初の名称「正月三が日伝承文化継承プロジェクト」を、編成局長の田崎が独断で「二十四時間もち吸いチャレンジ」に変更し、配信は土曜深夜帯にずらされ、放送ではなく自社プラットフォームでの配信となりました。配信プラットフォームならば放送倫理機構の管轄外だ、という田崎の判断でした。第一回大会の同時接続者数は四万七千でしたが、第三回大会では三億九千二百万に達し、これは日本の人口を超えているのではないかとの指摘がありました。指摘はありましたが、特に何かが起きるわけではありませんでした。

公式競技規程の主要部分を以下に再掲します(第七版、株式会社ナノラ・コンテンツ・スタジオ著作、令和七年改定)。


第一条 本競技における「もち」とは、新潟県魚沼産こがねもちを原料とし、含水率四十二パーセントに調整された、一辺四十ミリの立方体を指す。

第二条 出場者は要介護度三以上、かつ家族の同意書および本人の口頭または視線による同意を得た者に限る。

第三条 出場者は、開始合図から二十四時間、もちを口腔奥(口蓋垂より咽頭側)に保持し続けることを目的とする。

第四条 嚥下、吐出、咳嗽、いずれの方法によるもちの排出も失格事由とする。ただし、出場者本人の死亡は失格事由としない。

第五条 競技中、医療スタッフによる救命処置は実施可能だが、出場者および家族は事前同意書によりこれを放棄できる。第三条との両立は本人の選択による。

第六条 競技中の発話は逐次テロップ表示する。ただし「やめたい」「助けて」「死にたくない」「これを企画した者は地獄に堕ちろ」等の発話は誤嚥に伴う反射性発声と見なし、テロップ表示の対象外とする。

第七条 競技中、出場者は名誉のため餅を吸い続けるのではなく、孫のために、または地域社会のために、餅を吸い続けるよう推奨される。条文として推奨される。

第八条 ここから出してください。私はもう七年もこの企画をやっています。最初の年に三人の老人が死に、二年目に十一人が死に、三年目に二十四人が死に、四年目に三十九人が死にました。死者の家族は皆、葬儀の翌週には番組への感謝状をくださり、それを編成局長の田崎が額に入れて社長室に飾っています。社長室の壁が、もう、感謝状で、見えないんです。助けてください。

第九条 本規程は、出場者およびその家族の安全と尊厳を最優先する。


もちというのは、糯米のデンプンが主にアミロペクチンで構成されているために、加熱して糊化させたあと冷却するとβ-デンプンに戻りやすく、その途中の段階で粘弾性が最大化される、いわば中間相の食品です。糊化温度はおおよそ六十二度から六十八度、咽頭の温度は体温の三十六・五度前後ですから、口腔内に投入されたもちは、咀嚼によって唾液と混合される間にβ化が進み、表面が粘膜への接着性を獲得します。本競技で言う「吸う」とは、咽頭の輪状咽頭筋を緩めた状態でもちを保持し、かつ嚥下反射を起こさないようにすること、もう少し正確には、出場者の意識を「もちが咽頭にある」という感覚から外し続けること、を指します。

つまり、本競技で試されているのは、もちを保持する技術ではなく、もちが咽頭にあるという事実から意識を逸らし続ける技術なのです。これは、介護施設で長年生きてきた人にとっては、馴染みのある技術です。仕事を続けるとは、そういう技術を身につけることなのです。仕方ないんですよ。仕方ないんです。

第三回大会のリアルタイムコメント欄から、午前三時前後の抜粋を以下に挙げます。


鳥居キヌさん がんばれ

鳥居さん いま動いた

餅が見える

鳥居さんの目から餅が見える

笑った

8888888

やめろ

やめたほうがいい

通報した

もう通報されてるよ

警察ロケ来てるって

w

wwww

ぐえ

ぐえ

ぐえ

鳥居さん 立ち上がった

食堂に向かってる

普通にご飯食べに行ったwwww

失格

失格

第一回優勝者もこうやって食堂行ったよな

ふつうにご飯食べてた

美味しそうだった

私の祖母も

餅を喉に詰めて死にました

でもこの番組見て

笑ってます

ありがとう

ありがとうございます

私の祖父も死にました

ありがとう

私の母も

私の父も

私も死にます

ありがとう

888888


私はね、よく言われるんですよ、「お前のやってることは殺人ではないか」「お前は人間か」「お前は介護施設を破壊している」「お前は文化を侮辱している」「お前は私の祖母を殺した張本人ではないか」と。

でも、考えてみてください。

第一に、出場者は全員、本人の同意を、口頭または視線によって表明しています。口頭表明ができない方も、視線同意の規定によって参加できる。これは介護研究の領域で長年積み上げられてきた手法で、私の発明ではありません。

第二に、餅による窒息は、本企画の有無にかかわらず、毎年正月に、全国で数百件、起きているのです。私はそれをコンテンツにしているだけです。コンテンツにすることで、誤嚥という社会問題に光を当てているとも言えます。光を当てているだけで、減らしているわけではありませんが、減らすのは私の仕事ではありませんから。

第三に、これは仕事なんですよ。私は、餅を吸わせたくて吸わせているのではなく、仕事として、上から降りてきた企画を、回しているだけなのです。私の上には、プロデューサーの井上がいて、その上には、編成局長の田崎がいて、その上には、社長の宇治原がいて、その上には、株主がいて、その上には、何かもっと別の、もっと大きな、私には見えない何かがある。あるんです、必ず。

第四は、まあ、考え中なんですけども。

仕方ないんですよ。仕方ないんです。

第三回大会の終盤、優勝候補だった鳥居キヌ氏(九十六歳)は、ゴール三分前に咽頭を緩め、もちを食道に流し込みました。第四条により、失格です。本人は受賞インタビュー(失格者にも形式上のインタビューが行われます)で、以下のように語りました。


「孫の顔をもう一度見たかった。優勝したら、餅は私の咽頭の中にずっと残るんでしょう。それは、私が嫌だった。私は孫の顔が見たかった。だから、私は失格になりたかった。失格になって、餅を飲み込んで、孫の顔を見て、それから死にたかった。失格になっても、孫はもう来てくれないのは、わかっている。でも、餅は、飲み込みたかった」


鳥居氏はインタビュー三十分後、控室で倒れ、搬送先の病院で死亡が確認されました。死因は脳梗塞、咽頭部に異物の残留はありませんでした。

「以上が、私がインタビューで申し上げたいことの全てです。念のため申し上げますが、これは私個人の語ったことであって、株式会社ナノラ・コンテンツ・スタジオの公式見解ではありません」

——というのが、株式会社ナノラ・コンテンツ・スタジオのチーフディレクター秋元浩司氏(四十一歳)が、二〇二六年三月、業界誌『ローカル放送』第二百三十七号インタビューにて語った内容である。なお、秋元氏は同インタビューの掲載翌週、自宅マンションの台所で死亡しているのが発見された。死因は窒息。喉に詰まっていたのは、餅であった。

——というのが、業界誌『ローカル放送』第二百三十七号の発行から二週間後、同誌の編集長である私(中田)が、追悼記事として書いた内容です。本誌『ローカル放送』は、第二百三十八号を最後に休刊することが、本日、決定いたしました。最後に、読者の皆様に申し上げます。来年も、正月には、餅を、食べましょう。私たちは、餅を食べないと、何かが、終わってしまうような気がするのです。仕方ないんです。

——なお、本『ローカル放送』第二百三十八号(休刊号)に掲載された中田編集長の上記文章は、印刷所からの納品の翌日、中田氏自身も自宅で餅を喉に詰めて死亡したため、結果として中田氏の遺稿となった。本号の編集後記は、後任の編集長である鈴木によって書かれている。鈴木は編集後記の最後に、こう書いている。「今年の正月は、餅を食べるかどうか、迷っている」。

後日談① 番組『二十四時間もち吸いチャレンジ』は、秋元氏の死亡を受けて第七回大会で打ち切りとなった。

後日談② 打ち切りから半年後、別の制作会社が『二十四時間水ようかん溶かしチャレンジ』を開始した。出場者は、要介護度三以上、口腔内で水ようかんを二十四時間溶かし続けることを目的とする。死者の累計、現在のところ十四名。

後日談③ 打ち切りから一年後、東日本の餅消費量は前年比四百二十パーセント増となった。理由は調査中である。

後日談④ 打ち切りから二年後、厚生労働省老健局は、正月三が日における高齢者の餅の摂取を「文化的義務」として再定義する通達(老健発第〇一二〇号)を発出した。違反した場合の罰則規定はない。罰則規定はないが、文化的義務である。文化的義務なんだから、仕方ない。

後日談⑤ 打ち切りから七年後、編集後記を書いた鈴木もまた、餅を喉に詰めて死んだ。今年の正月は、餅を食べるかどうか、迷ったまま、迷い続けたまま、迷うことで一日が終わり、夜中に台所に立って、迷ったまま餅を焼いて、迷ったまま口に入れて、迷ったまま死んだ、というのが、鈴木の家族が後日語った内容である。鈴木の家族もまた、餅を食べる予定である。来年の正月に。

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― 新着の感想 ―
人の心がないのかな、と思いました
2026/05/19 22:52 書いた人は
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