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食べられるほう

作者: 夜村凪
掲載日:2026/04/16

 僕が勤めているのははっきり言ってブラック企業だ。

 朝九時から二四時まで働いて、手取りはたったの17万円。休日も月に七日だけ。どこにも出かける気力がなくて寝ていたらあっという間に夜がやってくる、そんな生活も四年が経った。

 毎月家賃と光熱費、クレカの支払いをしていたら口座のお金はなくなるので、食費などはクレジットで。そうするとまた来月の請求が高くなって、支払いを済ませると残高がなくなる、の繰り返し。

 どこかに不労所得か、非課税の大金が落ちていないかなと荒唐無稽なことを考えながら今日も帰路につく。自宅の近くのコンビニの扉をくぐるころにはもう二五時だ。

 コンビニに入り雑誌を眺めていると、ふと下腹部に水っぽい気配を感じる。お手洗いは一番奥、バックヤードの扉のすぐ目の前だ。

 さすが深夜のコンビニ、セルフレジの液晶がやたら眩しく光るだけで、人の気配はない。お手洗いを借りるため声をかけるのも少しだけ緊張してしまうので助かる。

 お手洗いに入る直前、右手にあるバックヤードの窓をふと覗くと、眩い光が見えた。

 そんなことはないと思いつつもう一度見ると、そこには一人の店員が弁当に向けて手をかざす姿があった。おそらく廃棄の弁当なのだろう、乱雑に積み上げられたそれは、店員から放たれる光とともに、冷たく光る銀の延べ棒へと変わっていく。

 一瞬そのままお手洗いに行こうとしたが、いやいやともう一度目線をバックヤードに移す。店員はなんでもない様子で銀をロッカーにしまっていた。

 超能力?魔法?見間違い?何が起きているんだ?ひとまず膀胱が限界だと叫んでいるのでお手洗いに入り用を足す。便座に腰掛けながら頭の中を整理するが、この世のものとは思えない光景が目に焼き付いて離れない。

 そして何より、羨ましい。

 僕にもものを銀に変える力があれば、こんな困窮した生活とはおさらばなのに。毎日コンビニ弁当の生活から脱却して、銀を元手に不動産や株で大儲け……。

 お手洗いを出た僕は、弁当とお茶を抱えてレジへ向かう。心臓が抱えたお茶をはじき出そうとする。聞いてみようか……。でも、見間違いだったら頭がおかしいと思われるに違いない。

 ちょうどバックヤードから出てきた店員が、レジに立つ。

「温めはいかがされますか?」

 何か言った気がする、温め?弁当か。首を振り、不要の意思を伝える。目が泳ぐ。首の位置はここが初期位置だっただろうか……。

 店員を見れば無表情でバーコードを読み取り続けている。先ほどまで、非科学的な力をふるっていたとは思えないくらい、平静という言葉がよく似合う。

 そのまま支払いを終え、結局先ほど見た光景について聞くことはできず、まぶしい店内を後にした。

 

 自宅のアパートに着き、弁当を口に運びながらあの光について考える。錬金術というやつなのだろうか、それとも魔法なのか。いずれにしても、超常的な何かが起きていたことには違いない。あの店員もきっとただ者ではないのだろう。漫画やアニメでしか見ない、魔法使いのような存在。

 だとしたらなぜコンビニでアルバイトなんかしているのだろうか……。今日みたいにものを銀に変えて売れば、きっとすぐにお金持ちだ。働く必要なんかないのでは?そもそも、あんなバレやすいところで魔法なんか使わないだろう。おそらくそういう異能力みたいなものはできるだけ隠しておくものだ。

 そうだ、あれは見間違いだ。さすがに疲れているんだろうな……。

 色んな疑問に蓋をするように、そのまま布団に倒れこんだ。


 翌日、僕はまた激務を終え、体を引きずるようにコンビニへと吸い込まれていく。夕飯はどうしようかと陳列棚を眺めていると、昨日の出来事を思い出した。

 あれはなんだったんだろうか、と考えているうちに気付けば足はバックヤードの前へと向かっていた。息を飲み込み、扉の窓を覗き込む。そこには昨日の店員が椅子に腰かけているのが見えた。

 そしてその手元には、一本の鈍く光る金属の塊が置いてあった。

 やはり、昨日のは見間違いではなかったんだ。何らかの力で、ものを銀に変えている。これは聞いてみるしかない。あわよくばその力を僕の手にも……。

 手早く弁当とお茶を選ぶと、レジで店員を呼ぶ。バックヤードから無表情な店員がすぐに出てきて、いつも通りの手際でバーコードを読み取る。

 今だ、聞こう。

「あの、銀……」

 そう口からこぼれたところで店員と目が合う。その瞬間、先ほどまで開いていた喉が急激に閉まる感覚を覚えた。

「銀色のタバコ……。38番、お願いします……」

「はい、38番ですね。少々お待ちください。」

 何をやっているんだ。せっかく聞こうと思ったのに。

 結局今日も、弁当とお茶、それからタバコをぶら下げてコンビニを出る。明日こそ。明日こそはあの店員に話しかけるぞと意気込んで、軋むアパートの扉を開いた。

 シャワーを浴び、弁当をかき込みながら考える。あれはやっぱり本当に銀に変えていたんだ。あの力の使い方がわかれば、僕のこの苦しい生活からも抜け出せるかもしれない。まずは家賃、光熱費の支払い、クレジットの請求も一気に払って自転車操業から脱却する。それで、銀を売って得たお金で生活しながら、新しい仕事を探すんだ。というか、もはや働く必要なんてないのかもしれない。

 そこまで考えて、すっかり冷たくなった白米を口に押し込み、弁当のごみをビニール袋に戻した。


 そしてまた翌日。

 いつも通りコンビニに辿り着く。今日もあの店員はいた。レジに立っている今がチャンスだ。

 弁当とお茶のいつものセットを抱えてレジに向かう。手汗と結露でお茶が手から滑り落ちそうになるのを支えつつ、カウンターに商品を置く。

「あの……。」

 意を決して話しかける。口が乾いて今すぐ目の前のお茶を流し込みたい気分だ。

「昨日、なんかしてましたよね?あの、弁当を銀に……」

 そこまで聞いた店員は、いつもの無表情を少しだけ崩して目を見開く。しかしすぐにいつもの調子に戻る。

「あー、バレちゃいましたか。秘密にしといてくださいね」

 そう言って淡々と袋詰めを続ける。

「秘密って……。どうやってるのか、教えてくれませんか?あれさえあれば……」

「そんないいもんでもないですよ。とにかく店長にバレたら怒られちゃうんでどうかご内密に」

「そこをなんとか!絶対秘密にするんで、弟子にでもなんでも!お願いします……」

 店員は顔を上げこちらを見ると、少しにやりと口角を上げる。

「しつこいと、あなたも銀に変えちゃいますよ?」

 次の瞬間、店内に響いた入店音が会話を強制的に途切れさせた。

 さすがにほかの人もいる店内で問い詰めるわけにもいかず、渋々レジを後にする。店員の無機質な挨拶が、背中に響いた。


 次の日は休みだったが、一日中コンビニでの出来事が頭から離れなかった。

 店員は「そんなにいいもんでもない」と言っていたが、その割には毎日弁当を銀に変えているじゃないか。本当に羨ましい。

 どうにか聞き出せないかと、仕事のある日と同じくらいの時間帯にコンビニへ向かってみるが、あの店員は休みのようだ。いつもは見ないおじさんの店員が立っている。

 バックヤードへ向かっていく姿が見えたので追いかけてみる。少しの期待を持って窓を覗くが、事務作業をしている大きな体が見えるだけだった。

 いつかあのおじさんも魔法を使うんじゃないか、そう思って見ていると窓越しに目が合う。咄嗟に目をそらし、自然体を装ってお手洗いに入る。

 鏡の前で深呼吸をして、冷静さを取り戻す。そんな誰もが使える力じゃないか……。今日は帰って、明日また仕事帰りにあの店員がいるか確認してみよう。

 お手洗いを出て自動ドアに向かう途中、おじさんの店員に少しにらまれたような気がする。背中が冷たくなる感触を覚えながら、コンビニから出た。


 また翌日になった。

 今日は特に忙しく、足が重い。喉も乾いたし腹も減った。お金さえあればこんな仕事していないのに……。

 コンビニへ入っていくと、相変わらず無人のレジ。きっといつもみたいに裏で弁当を銀に変えているのだろう。本当に羨ましい。僕は薄給でこんなにすり減っているというのに。

 眉間にしわを寄せ、バックヤードを覗く。そこにはいつも通り店員がいたが、いつもと違う点もあった。

 廃棄の弁当を銀に変えるのではなくて、食べ始めたのだった。せっかく無限に金品と変えられる廃棄の弁当を、食べる?今の僕には理解できない状況だった。しばらく見ていたが、その後も魔法を使う様子はなく、食べ終わった弁当をゴミ箱に押し込んで、事務作業を始めた。

 納得がいかず、うわの空で選んだ弁当を持ってレジに向かう。出てきた店員は、変わらず無表情だ。

「今日は、あれ、やらないんですか?」

 思わず聞いていた。魔法を使わない理由がきっとあるはずだ。対象が限定的とか、いわゆるMP不足?とか……。

 だが、帰ってきた言葉はある意味意外なものだった。

「ああ、そうですね。なんというか、お腹すいていたので……。」

 おなかが、すいていたので?

「いやいや、銀ですよ?ひとついくらになると思ってるんですか。廃棄の弁当なんかよりよっぽどいいものが食べられるじゃないですか!」

「んー。食べられるもののほうがよくないですか?」

 理解ができない、何万円にもなる素材をそのまま食べるだなんて、僕だったら。きっとお金なんていくらでもあるだろうに、わざわざ。

 そんなことを考えているのが表情で伝わったのか、店員は変わらず無表情で続ける。

「そんな欲しいなら、ひとつ分けましょうか?銀。ちょっと重いですけど」

 そう言ってバックヤードに引っ込んでいく。呆気に取られていると、手のひらより少し大きい銀の延べ棒を持って出てきた。僕に近づくと、その冷たい塊を手渡す。

「これ、口止め料ってことで。絶対秘密にしてくださいよ?」

「ありがとうございます!いいんですか、こんなの!」

 思わず小躍りしそうな僕を横目に、店員は弁当を袋詰めし、手渡してくる。その袋を受け取ると、お礼を言いつつコンビニを後にする。

 先ほどまでの疲れが噓のようだ。足が軽い。使い方は教えてくれなかったが、こんな臨時収入があるとは。これがあればしばらくは……。

 リュックに銀をしまいながら上司の顔を思い浮かべる。今はあいつに何か言われても、どうでもいい気がして自然と笑みがこぼれた。

 道中、コンビニでお茶を買い忘れたことに気付く。少し割高だが臨時収入もあったことだ、と自販機のラインナップに目を移した。

 上段の麦茶を買おうと、指を伸ばす。と、そこで一度立ち止まり、リュックを前向きに抱え小銭入れを開く。

 そこには10円玉が四枚、1円玉が二枚。リュックの中には冷たく大きな銀の塊がひとつ。

 リュックの中で存在感を放つ延べ棒、自販機でほのかに光る140円の麦茶。

 肩を落とし、小銭入れをリュックにしまいなおす。銀が入って重くなったリュックのぶん、足取りは少し重く帰路についた。腰のあたりに当たる質量が、少し冷たい。

 

 次の日もコンビニに立ち寄った。今日も特別お腹がすいた。帰ったらシャワーの前にでもすぐにご飯にしよう。

 目の前に並ぶ弁当は心なしか輝いて見える。

 いつも通り弁当とお茶を抱えて、レジに向かう。レジにはいつもの店員がいつもの無表情で立っていた。

「温めはいかがなさいますか?」

 お願いします、とだけ答えて小銭入れを取り出す。店員は電子レンジに弁当を入れながら、少し意外そうにしてこちらに目線を移す。

「あれ、今日は聞かないんですね」

 そう聞いた店員に対して、レンジを指さして答える。

「今日はお腹減っちゃって。すぐ食べたいので」

 一瞬、店員はその目を見開いていたが、すぐに普段通りの伏し目がちになる。温めの終わりを告げる電子音が鳴り、弁当を袋詰めしながら呟く。

「すぐ食べたい、そんなときもありますよね」

 コンビニからの帰り道、リュックがやけに軽く感じた。太ももに当たる、唐揚げ弁当が温かい。

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