未来を見据えて
衣擦れの音と共に、日陰ができました。誰かが私に、コートをかけてくれました。
「ハクアには、この太陽の日差しは、きつすぎる。」
ジャライドでした。私は、コートの端を握り締めました。今、彼の顔をまともに見ることができません。混乱しきった頭では、きっと私は、とんでもないことを口走りそうです。その言葉は、ジェライドをいや、皆を傷つけるにちがいありません。
「真実を知ったか? 我らは罪びと。この地で静かに死を待つ。過去の歴史を知るもの皆、この土地に近寄ることもしない。ここシスタニタータは、忘れられた村。」
淡々と話すジェライド。全てを悟りきった仙人のようです。私とそんなに年が変わらないのに、なぜこうも落ち着いて話せるのでしょう。自分の死を見つめられるのでしょうか。私には、信じられません。彼の口から、そんな話を聞きたくありません。
「全て、過去、ジェライド、未来、ある。 死ぬ、おかしい。」
一言一言をゆっくり話す。まるで、自分に言い聞かせているようです。私の言っていることに耳を傾けて欲しい。どうか、考え直して欲しいと。
「わかっているさ。それでもあまりにも大きな代償を払ってしまった。何百人という人間が亡くなり、国が滅んだ。その大きさ、悲しみは、忘れることができない。」
私は、首を振る。
「それは、あなた、理由、違う。病、事故の所為。神、違う。」
「それでも、それでも我らの罪。誰かが、罪をあがなわなければ、人々の悲しみ、憎しみは癒されない。それは、独りよがりかもしれない。偽善なのかもしれない。」
そこまでわかっていて、なぜ「死」を選ぼうとするの?
だれが、そんなことをして喜ぶの?
メリンダさんだって、まるでいけにえを捧げるような行為を喜ぶと思っているの?
私は振り向いて、冷めたような目で砂漠を見つめるジェライドの正面に立ちふさがり、
「そんな目、いやだ。前、見ない。おかしい。絶対、ゆるさない。」
そんな私の子供っぽい態度を見て、ジェライドは、少しだけ微笑んだ。
「ハクア。君は優しい。真実を知っても、僕達を助けようとしてくれるんだね。僕達が憎くはないのかい? 君の同胞を殺した人間達だよ。」
私は、首をブンブン振るう。涙が飛び散る。
「ちがう。いや、でも・・・。メリンダさん、苦しんだ。とっても悲しかった。事実。でも別。
私、生きている。ジェライド、生きている。何が、悪い。」
言いたいことの半分も言えていない。もどかしくって腹が立ってくる。それでも、今、彼らに私の思いを伝えなければ、彼らは永遠に死の鎖に、囚われたままだ。ジェライドは、細い腕で私を抱きしめた。痩せ細った体に、こんなにも力があるのかと思うほど、強く抱きしめられました。
「君が何者でもかまわない。僕は、君の僕になろう。常に寄り添い、従い、守り、愛しもう。どうか、許してくれないか?」
私は、彼の腕の中で暴れました。
そんなの望んでいない。なぜ急に、そんな話になった? 彼の考えていることが全くわからない。
彼の体温を感じるほど、近くにいるのに・・・・。
私は、神の使いじゃない。ひれ伏されるなんて、まっぴらごめんだ。
「いやだ! 私、神、ちがう。人!」
私は恥も外聞も掻き捨て、泣き叫びました。
「わかっているよ。ハクアは、僕達の命を救った。それを感謝してもいいだろう? 僕が、呪われた先祖の末裔だとか、神に背いた神官の子孫だとか、そんなものを別にして、僕自身が君の側にいたいんだよ。君のこの先、歩く姿を近くで見ていたいんだ。」
なんとなく彼が、私に好意を抱いていることは、わかっていました。その視線、行動に私へのなんらかしらの感情を伴いつつあるのを見てみぬ振りをしていました。人は、危機的状況の中で、生存本能を強く感じます。その中に、子孫を残す。という欲求を満たしたがります。
私は恐れていました。
私にすがりつきたいという心、死ぬ運命に従う心、生きたいとう心、奥底に眠る欲求。彼らの方が私より、よっぽど複雑です。その中で、ジェライドが、私に求めるものは何なのかと密かに悩んでいました。この洞窟で生まれ育った彼らの世界は、あまりにも狭い。だから、広い世界に目を向けて欲しい。それを知った中で、私を選んでくれれば、きっとジェライドに「ありがとう。」といえたかもしれません。
でも、今はダメなんです。彼の思いには答えられません。
それに嫌なんです。これ以上、私を混乱させないで欲しい。思い煩わすことなど止めて欲しい。
「友達。ジェライド。友達。」
何度も繰り返す。まるで、その二つの言葉しかしらない子供のように繰り返しました。
「お願いだよ。我が侭を言っている僕を許して欲しい。君の側にいることだけでも許して欲しい。君に答えを求めるとかじゃないんだ。」
「近く、いる。しもべ、いやだ。私、神、違う。」
ジェライドは、笑った。振動が私にも伝わります。
「わかったよ。案外、頑固なんだね。さあ、顔を上げて。ハクアには、笑っていて欲しいんだ。」
ジェライドは私の頬を手で挟み、顔をあげさせられました。私の涙を口で吸い取り、
「水分補給。」
そういって、笑った。私もなんとか笑顔を作って、再び彼の胸に顔を埋めました。
「みんな、話す。ジェライド、一緒、いる。」
私は、神の使いではない。ただの人間。それを皆に話そう。理解してもらえるまで、何度でも話し合います。私は、彼らを恨むことなんてできません。メリンダさんは、この地で死んでしまいました。それは、悲しいことです。
でもそれは、遠い過去。いつまでも引きずることじゃない。彼女を想い、冥福を祈るべきです。病で亡くなった、この国の人たちもそうです。罪をあがなうとか、悔やむとか、そんな思いを押し付けられるなんて、うれしいはずがありません。
私は、今を生きている。
ジェライドたちも生きている。
きっと彼らとは、切っても切れない関係を築いていく予感がする。
私が、この世界で生きていくんだという未来を見据えて・・・・・。
すいません、恋愛フラグ、ようやく立ちました。