ほんとのところ
「《隠し井戸》からでた水は、どこかへ流れでておりましたか?」
また、ダイキチのくちが動いた。
男はダイキチをみずに、穂をのばしはじめた稲の影を目で追いこたえた。
「 《隠し井戸》の水は『本家』の脇の小川にながれ、田にひく水と合って流れ込むようになっておりました。そのおかげでうちの親戚筋の田はみな育ちがいいと、 ほんとのところは『本家』に近いものたちしかしらぬことでしたが、村のほかのところへは、むこうの山にあるお寺の厄除けのお札をいただいているので、それのおかげだといつも口にしておりました」
わんわんとひびき、じりじりとせまるような蝉のこえで、男のこえもかき消されそうなほどになっている。
ダイキチは懐からだした手ぬぐいを手といっしょに袂にひきこみ、そっと、脇からながれる冷や汗をぬぐい、こんどはおのれの言葉をだした。
「 ―― では、村のひとたちはその《隠し井戸》のことはご存じないわけで? そんな井戸のことを、その方はいったいどこで耳にいれたのでしょうねえ」
この問いに、おとこの目がようやくダイキチをとらえた。
「 それはわたしも不思議におもいましたが、『かなりまえ』に一度来ているようなことを申しましたし、そのときにも井戸のことをきいていたようで、『だアれも、おしえてくれないまま
で、ひきあげるしか』なかったと・・・」
部屋にあふれていた蝉のこえが、ふっ とやんだ。