石を持ち村をでろ
「 ああ、あなたはこの『力石』のはなしをご存じない。その石はさるお坊さまが杖を突いたところから生まれ、水に苦しんだ村をすくったというはなしがございますよオ」
「坊さん?じゃあ、ちがうな」
言ってしまってから、しまったとおもうがもうおそい。
「ああ、ここの『力石』は、そういうはなしではないのでございますなア?」
「いや、その、」
「まあ、ちがうはなしで伝わっておるところもございましょうヨオ。 ―― それよりも、」
ずい、寄った男がネズミをおもわせる顔をよせ、くちもとに手をあてると声をひそめた。
「ここで村を出たほうがよオございましょおよオ。それとも、まだここにおりますのでエ?わたくしは、その『力石』をさがして集めているンでございますよオ。これがまた、あちらこちらに散っているふしぎな石でございましてねえエ。それを集めてほしがる、もの好きな金持ちに売り渡すのが仕事でございましてねエ。 ですが、―― どうもおまえさん、みたところ、この村を出たくってしかたがないって顔をしておいででしょうよオ。よろしいよろしい。わたしもあんたぐらいの歳のころに村をとびだしましてなア、こうしていまの仕事にありつけたわけでエ、気持ちはわかるんでしょうヨオ」
「そんなこと、」
「 井戸のありかをおしえてくれたら、そこに沈む『力石』をあんたにゆずってやろう 」
「・・・・おれに?」
「いやなにねエ、わたしも苦労してみつけた不思議な石を、金をもらうとはいっても、いつも金持ちたちに簡単に買い上げられるのが、毎度なんだかくやしくってしょうがなくってねエ。だからさア、ここでみつけた『力石』をおまえさんに渡すことを思いついてエ、なんだか胸がはれたような気がいたしましてねエ」
「いや、おれア銭なんて持ってねえし、」
「いやいや、いらんいらん。わたしはねエ、おまえさんみたいな若いひとに、もっとひろい世をみてきてほしいよオ。だからといって、こんなわたしがおまえさんをどこかに紹介もできないでしょうよオ。 いちばんいいのはねエ、井戸から出した『力石』をおまえさんが見世物にして渡り歩くのがいいよオねエ。こりゃア、客があつまるよオ。なんなら、高い金をはらってくれる客だけをあいてにするのもいいよねエ。いいかねエ、わたしがあいてにしてるような金持ちたちはきっと目にした『力石』をほしがって、高い金で買おうとするだろうがア、けっして売ったりしてはだめだよオ。見せるだけの商売をすればいいんだからようおオ」
男は前につきだした首をゆするようにわらい、こちらの肩をつかんできた。
「 ―― ほかへ売ったりしないで、ずっとおまえさんが持つといい。 それだけ守れば、『力石』はずっと水を出し続ける。飯もくわない文句もいわない石のおかげで、おまえさんはずっと楽にくらしていける」
男の真っ黒で小さな目がこちらの目をのぞいてくるのが嫌で目をぞむけようとしたのに、気づけば案内したおぼえもないのに、《隠し井戸》のある山に二人で立っていた。