ちからいし
「 いや、ごあいさつは、ねエ、もうかなりまえにいたしましてねエ。ですが、そのときには、井戸がどこなのか、 だアれも、 おしえてくれないままで、ひきあげるしかございませんでねエ」
「 ・・・しらねえよ。そんな井戸なんて」
顔をそむけて用意していた棒を持ち、草のしげった川上にむかう。
だが、ほんとうは知っている。
この村にはむかしから、よそ者と、田をもたない者には教えてはいけないという《隠し井戸》がある。
それは、『本家』の何代目だかしらない《ミキエモン》の夢枕に《神様》がたち、この村でしばらく休むことにしたのでここを掘れ、としめされて掘り当てた井戸で、その井戸がでてから、この村はずっと水にめぐまれ、稲が虫にひどくやられたこともない。
次の代の《ミキエモン》は、これはきっと水の守り神さまにちがいあるまいとして、立派な社をたてておまつりしようとしたところで、また夢に《神様》が現れて、このことは他へもらすな、とくちどめをして、社も祠もつくるなと命じたという。
そこで、この井戸の神様は、『本家筋』に近い縁者だけでまつり、いまだに村のそとにはしられていないはずだった。
「 さようでございますかア。それはまた、惜しいことでございますなア。いやア、その井戸がどこか知れれば、 ―― あなたをこんな村から出してさしあげましょうになア」
「おれを?」
おもわず足をとめふりむいた。
また、石をふむ音などしなかったのに、男は近くに立っていた。
こんど十四のとしになるこちらと、上背はさしてかわらないほどで、ねずみと似た顔がすぐそこにある。
「その井戸にはきっと、わたくしが探しております『力石』という石が沈んでおるのでございましょうよオ」
「『ちからいし』?」
そんなはなしはきいたことがない。
男は小さな目もくちもほそめうなずくと、いやなわらいかたをした。
「『力石』といえば、力くらべをする石としてございますがねエ、それとはちがいましてエ、その石は、中から『水』がわくのでございますよオ」
「・・・へえ」
あの井戸をみればわかるが、竹筒を通って湧き出ているのは、そんな石から湧くなどという量の水ではない。