シラサギ
この部屋は障子をあければ立派な池がある庭をながめることができるのだが、いまは隣の部屋とを仕切るふすまもしめている。
閉められて風も通らなくなった部屋の中、男は涼しい顔のまま、『百物語』のはなしをはじめたのだ。
この屋敷での『百物語会』は、《不思議話》好きが縁でしりあった《一条のぼっちゃま》が認めた者しか加われないし、ダイキチも、この屋敷に入る者はえらんでいれているのだが、むかいにすわるこの男のことを、ダイキチはしらない。
「 わたしの家は、まあ、わりあてでもらった田がかなり大きい方でしたので、手間もかかりまして。田植えの時期には、わたしは雇いの者に仕事をおしつけて休んだり、あそびに抜け出したりして、帰ってくると親にひどく叱られるのをくりかえして、懲りずにおりました。あと何年かしたら、村をでてどこかへ奉公すると勝手におもいこんでおりましてね。 あるとき、おなじように田んぼを嫌っているひとつ下の親類のこどもに、あとすこしでこの村をでる、といいましたら、笑われましたよ。『おまえンとこはおまえが《跡継ぎ》なんだから、村を出られるわけがない』と。 いやあ『跡継ぎ』なんてものは、お武家さまか、どこかの大店か、なんて、米をつくる百姓にはまったくかかわりのない決まり事だとおもっておりました。ところが、うちがつくる米は、村の中でつくる米の割合でだいぶをしめていて、この先もずっとつくらなきゃいけない、なんてその子におそわりましたよ。そのうえ、その子の親はじぶんたちの田んぼをもっていないので、もうすぐ母親の縁者がいるクニへでてゆく、なんていう。 ―― そのときに、水をはってあった田んぼから、鷺が、ばさばさっと、とびたってゆきましてねえ。まっしろなその姿が、なんだかいやに目に焼きつくようで、・・・それから、 もう・・・ なんだか田んぼをみるのもいやになってきた・・・」
男の目は、ダイキチを通り過ぎて、なにかを追うようにうごく。