さとの田んぼ
二、
むかいにすわった男は、庭に面した障子をみつめていた。
部屋の真ん中にともしたろうそくのあかりが、障子にあたり、そのあかりで男の顔を浮かび上がらせている。着物が濃い鼠色なので、顔だけがいやに浮いてみえる。
「 ―― 気づけば田んぼを手伝うのがあたりまえで、暑くなるまえの時期から、米をつくるのにいそがしくなりまして。わたしの里では毎年いい米ができ、おかみにおさめる米もそのころは間に合っておりまして、暮らしもどうにか成り立っている。いや、いま思うと、ひもじいと思ったこともなく、それどころかわたしの育った家は、村の中ではかなり大きな家でございました。親戚の者もいっしょにくらしていたとはいえ、いつもそばにだれかがいて、面倒をみてくれる。手習いも、家で教えるのがうまい者が、こどもたちをひと部屋にあつめて相手にしたりしましてね。 それが、大きくなってゆくと、女のこどもは子守だとか奉公で村からいなくなって、気づけば男も村からでていて、家の中にいた親戚の数もいつの間にかへっていました。 そのころから、ひろかった田んぼが親戚の中ででも分けられるようになったんですなあ。まあ、それでも初めのころは助け合っていたのが、いつからかすっかり、別で田植えもするようになりましてねえ。まあ、それはそれでしかたがないことでしたけれど、そうするとね、どこそこの田んぼは育ちがいいとか、あそこは水のはいりがいいとかで、けんかになる。それがもとでけんかになって、縁をきる、とか敷居をまたぐな、とか、いいとしをした者どうしで怒鳴りあうようなことになりまして。 まあ、そういうのをみて育ったものですから、十になるころには、田んぼを手伝うのがすっかりいやになっておりました」
ここで男は、顔をあげ、微笑んだ。
ダイキチもほほえみ、すじばった手をのばしお茶のはいった湯呑をとった。
「 いや、わたくしもそのくらいのとしのころには、店を手伝うのがいやになっていましたなあ。とくに店番がいやでしかたなかった」
ダイキチには、死んだ者がみえたりする。
だから、通りを見ていても、客をみても、ときおりそういう者がまざっていて、それが、こっちをみたりするのがいやだった。
「 ―― まあ、でもこどもにはみな、そういう時期がございましょう」
湯呑をもどし、しめきった部屋のすみにいる女に目でうなずいてみせる。
ダイキチが『先生』とよぶ女はしずかにうなずきかえした。