ミズチ
たしかに、入れた石とはちがい色は黒いが、おなじようなかたちにみえる。
「そうだ、井戸は?」
竹筒も取りはらわれたその岩の割れ目からは、まだ水があふれでていて、水が尽きていないことに安堵する。
だが、男は、くすり、といやなわらいをもらした。
「まアだしばらくは、水も湧きましょうなア。なにしろ、《ミズチ》が棲もうとするようなところだアなア」
「『ミズチ』?」
眉をよせたこちらへ、男が手にのせた石を、ずい、と出す。
「そうでうよオ。ほら、のぞいてごらんなさいなア」
ゆびでしめす石のくぼみが、くぼみではなく、穴だというのに気づき、いわれるまま目を近づけた。
石の中だというのに、ぼんやりと光ってみえる。その、ぼんやりとした光の中で、小さな細長いものが、狂ったようにぐるぐるとまわりつづけている。
「それがねエ、ここの『力石』の正体でございますよオ。《ミズチ》ともうしましてねエ。大昔から水の力がつよい川や淵なんかにすみましてねエ、ほら、ひとをまるのみしたり、おそろしいものでございますよオ。それこそお坊さまに退治されたなんてはなしもございましてねエ、ですから、それと『力石』のはなしを合わせますと、お坊さまは《ミズチ》を石にとじこめて、その石を、水がなくてこまるところへ分けてやったのが、杖で刺して水を湧かせた、なんてはなしにかわったのでございましょうかねエ」
「こ、これが、井戸の水をだしてたってことか?」
こんなちいさな虫のようなものが?
「まあ、《ミズチ》を《スイジン》とするところもありましょうからなア。みずにすむうえ、長いからだは蛇か龍かというところで・・・、なんにせよ、おそろしいモンでございますよオ」
そういうと、こちらの手をつかんで石をおしつけた。
見た目とはちがい、いやに軽い。
「それをかわいた盆にでものせておけば、なかの《ミズチ》が水をだす。つまりは、その『石』が水をだすのでございますよオ。さあさあ、それをもってはよウ村をでなされよオ。あんたはこの村の井戸をこわしちまった」
「お、おれじゃねえ!あんたが、」
「親類縁者は許してくれるかい?一族でずっと守ってきた井戸はなくなった」
「こ、この石をかえせば、」
「返せば祟るぞ!水にもどった《ミズチ》はちからをとりもどして、井戸をこわしたおまえを祟るだろうよオ」
「おれじゃねえ、」
「おまえが井戸のありかをおしえたのによオ」
男はおかしそうにわらった。
おしえた、のか?おれが?
「 おしえたさ 蝉のこえにつぶされそうでがまんがならぬとおもうたじゃろお? ここの田にしばられたままなのかとおもうて、田を、稲を、水を、憎くおもうたろお?
まわりまわって
この村が 憎くてたまらんかったろお? 」




