成長
朝の森は、うっすらと白い霧に包まれていた。
ユリアはまどろみの中で、かすかに誰かの声を聞いた気がする。
――まだ、早い。
その言葉が何だったのか、目を覚ましたときにはもう思い出せなかった。
けれど胸の奥に、ほんの少しだけ“ざわり”とした感覚が残っていた。
「……変な夢、見た気がするな」
ユリアは首を傾げながら、顔を洗うために桶の水面を覗き込む。
そこには、心なしか丸くなった自分の顔が映っていた。
「……あれ?ちょっと顔、丸くなってない?」
昨日の昼食と夕食――じゃがいもづくしの記憶がよみがえる。
ポテトフライやポテトサラダ。それに加えてスープ等々。良い環境で、たくさんの魔力が捧げられたじゃがいもの料理はどれも美味だった。
「森の飯は旨いからな。太るのも修行のうちじゃ」
朝食を作りながらエハルオーが笑う。
「そんな修行いらないですーっ!」
ユリアは勢いよく椅子を立ち、腕を回した。
「よし、私、運動します!ではひとっ走り行ってきまーす!」
「朝食前には帰ってくるんだぞー!......はぁ......」
玄関を飛び出し、森の小道を駆けていく。
朝の空気はひんやりしていて、頬に心地よい。
鳥のさえずり、朝の木漏れ日、適度に湿った土の匂い。
ユリアの呼吸は軽く、走るたびに身体が森に溶けていくようだった。
――最初のうちは。
ふと、森の奥から風が止んだ。
鳥の声も静まり返り、空気が変わる。
「……あれ?」
どうやら、気づかないうちに離れた場所に来てしまったようだ。
「周りが見えてなかったなぁ......」
周りを少し探索してみると、木々の隙間に、淡く光るものが見えた。
興味を抑えきれず、ユリアは足を向ける。
そこには、掌ほどの石のようなものがあった。
けれどただの石ではない。
内側で小さな鼓動のように光が脈打っている。
「……きれい」
手を伸ばした瞬間、胸の奥が微かに熱を帯びた。
同時に、森の奥から低い唸り声が響く。
(え、まさか……!)
「わあっ!」
ユリアは咄嗟に手を前に出した。
「......ん?」
目を開けると、ツタが獣に巻きついていた。
「もしかして、芽吹き魔法!?成功したんだ!......って喜んでる場合じゃなかった汗」
あたふたしている間に、騒ぎにつられて他の獣が寄ってきていた。
仲間なのだろう。こちらを睨みながらにじり寄ってくる。
「あっ......」
覚悟を決めた瞬間――
閃光が走り、獣たちが燃えた。
起こった元をみると、杖を構えたエハルオーが立っていた。
「まったく……森を走るのは勝手だがな、お前ってやつは」
「え、えへへ……すみません」
ユリアが頭を下げると、エハルオーはため息をついた。
「見たのか、あの光る石を」
「うん、すっごく綺麗でした!でも、ちょっと怖かった……」
「だろうな。森の中には“触れぬ方が良いもの”もある。あれは魔物の卵だ。お前にはまだ早かったな」
その言葉を聞いて、ユリアはなぜか胸がどきりとした。
“まだ早かった”――その響きに、どこか懐かしさを感じたのだ。
「はぁ、お前は何故こうも負担の大きいことに巻き込まれるのだ? 早く家に帰るぞ。せっかくの朝食が冷めてしまう」
「……また太る修行ですか?」
「ははは、そりゃあ楽しみな修行だな」
そう言って二人は笑い合った。
穏やかな風が、森を再び包み込む。
けれど帰り際、ユリアがふと振り返ると――
さっきの石が、まだ叢の影でかすかに輝いていた。




